第26話 決着


 表彰式が執り行われる。

 王様が観覧席から会場へと降りてくる。

 そこには独特の威圧感があった。

(こいつがサタン……)

 バニロは固唾を飲み込む。

 師匠であるリルカの仇敵を前にして、緊張が止まらない。

「ふむ、こいつが優勝した旅の召喚術師か。介添人はどうした?」

 リルカを探している。バニロはそれが危険な反応だとすぐに分かった。

「ここには、いません」

「そうか、君のような優秀な召喚術師を育てた者に会いたかったのだがね?」

「そう、ですか」

 バニロは知らぬ存ぜぬで通せと脳内で告げる。

「まあ良い褒美を与えよう、

「なに、とは?」

「褒美の内容だとも、金でも女でも、好きなモノをくれてやろうぞ」

「……優勝賞品は偉大なる召喚獣グランドモンスター召喚書サモンブックのはず」

「おお、そうだったそうだった。すっかり忘れていた」

 髭を撫でながら、マントを翻して進む王様。

 従者から、本を受け取る。の表装の召喚書サモンブックだった。

(白ですらない!?)

 驚きを隠せないバニロ。その漆黒の召喚書サモンブックはおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。

「さあ、これが偉大なる召喚獣グランドモンスター召喚書サモンブックよ! 受け取るがいい!」

「さ、さたん……? 大天使ミカエルでなく?」

「ん? 何か不満か?」

「……い、いえ」

 ざわつく会場内。滞っている表彰式の内容に戸惑っている様子だ。

「さあ受け取れ……」

 ぐいっと漆黒の召喚書を差し出す王様。

 バニロは恐る恐る手を伸ばす。

 徐々に距離が縮まっていく。

 段々と手に本が迫っていく。

 吸い込まれるように掴もうとしてしまう。

 その刹那――

「そこまでよ! サタン!」

 ――ユニコーンに乗り現れたのはリルカだった。

 手には白金プラチナに輝く召喚書サモンブック

「き、貴様! それをどうやって!?」

「頼れる仲間のおかげよ! さあ決着を付けましょうサタン!」


 会場がどよめく。

「姫様だ!」

「サタンって何の事だ?」

「王様になにかあったのか?」

「今から姫様がサモンバトルするのか?」

「誰と?」

「そりゃ優勝者だろ」

「エキシビションマッチってやつか!」

 そんな妄想が膨らんでいく。


「くっ! こいつに手が出せるかな!?」

 サタンは王様の身体を使い、バニロを羽交い締めにする。

「なっ!? 離せ!」

「バニロ!」

「フン! この状態ならば大天使ミカエルも召喚出来まい……!」

 状態が膠着する。

 会場も不可思議な状況に困惑する。

 そして――

「こいつをこうする!」

 漆黒の表装の召喚書サモンブックをバニロに押し当てる王様。

「――!? ぐああああああ!?」

「バニロー!」

 リルカは叫ぶ事しか出来なかった。

 そして

「……え?」

 突然の状況に驚きを隠せないリルカ。

 そしてふらふらと揺れているバニロ。

「……バニロ?」

「ふふっ……ふははははは! やはり老いぼれより若い身体のがいい! だいぶ状態を回復出来たぞ!」

「まさか、サタン!?」

「如何にも、我こそは神話の時代より人類を混沌に陥れる者サタンなり。この度は子の身体をいただく事にした」

「……今すぐバニロから出て行きなさい! どうなっても知らないわよ!」

 白金プラチナの表装の召喚書サモンブックを開くリルカ。

 魔法陣が展開される。

「ふっ、お主こそ、この身体がどうなってもいいのか?」

「くっ!」

 召喚の呪文を唱えられないリルカ。

 しかし、そこで

『サタンの声に耳を貸してはダメ』

「この声は……!」

「おのれ、まだ意識があったか!」

 そう、それは大天使ミカエルの声だった。

『私はヤーヴェ様の第一の使徒にしてサタンを封じし者、大天使ミカエル。私の力を使えば彼とサタンを分離出来ます』

「世迷言を!」

 バニロの姿を取ったサタンが叫んだ。

「……信じていいのね?」

『はい』

 すぅっと息を吸い込むリルカ。

「――神話の時代よりいずる、白金の翼よ、我が呼び声に答えよ、大天使ミカエル!」

 現れる白金プラチナの翼、プラチナブロンドの髪、白装束。リルカと同じ碧い瞳。二人は並ぶと姉妹のようであった。

「おのれ大天使ミカエル……! あくまでも私の邪魔をするか!」

『ええ、それが私の使命、行きましょうリルカ。貴女の弟子を救いに』

「ええ! 大天使ミカエル! 〈光剣フォトン〉!」

 光り輝く聖剣が大天使ミカエルの手に握られる。

『悪しき者だけを切り裂く聖剣。サタン。千年前もこうして貴方は封印されましたね』

「思い出話のように言うな! 忌々しい!」

 バニロの形を盗ったサタンが息を吸い込む。

「――神話の時代より出、混沌に落ちし者、己が呼び声で真の姿を現せ! サタン!」

 。バニロは糸で釣られた人形のように本を開いている。

 顕現するのは黒髪に漆黒の羽根を生やした黒装束の男。その相貌は鋭く、見た者を誘惑する色気があった。

「さ、たん。〈黒剣ダークマター〉」

 バニロが掠れた声で呟いた。サタンに漆黒の魔剣が握られる。

「これで同等だ大天使ミカエル、千年前の用にはいかん」

『いいえ、サタン。貴方がその子バニロから離れた時点で決着は付いています」

「何?」

 そうして、一瞬の隙をついて、使

「我を無視した!?」

『少年、少しの我慢です』

 聖剣でバニロを斬る大天使ミカエル

 するとサタンが苦悶の声を上げた。

「――がっ!? 馬鹿な!? 何をした!?」

『貴方とこの子の繋がりを断ち切ったのです。これでサタン。貴方は大魔力マクロへと霧散します。

「有り得ない! 我らが偉大なる召喚獣グランドモンスター大魔力マクロには溶けださないはず!」

『千年前とは状況が違うのですよサタン。これは正式なサモンバトル。そして貴方に出来る事はもう何もありません』

召喚書サモンブックを失った? 何を言って――!?」

 サタンに操られていたバニロが持つ召喚書サモンブックが青い炎に焼かれているではないか。

「有り得ない有り得ない! 召喚書サモンブックは絶対に破壊出来ないはず!」

『この時を千年待ちました。召喚書サモンブック過剰供給オーバーロードさせるほどの大魔力マクロをため込むのにそれだけの時間を要したのです』

「千年もずっと眠っていた理由はそれか!」

 サタンが歯噛みする。段々と消えていく身体。大魔力マクロに溶けだしているのだ。

「おのれおのれおのれーっ! 我が野望、此処で潰えるというのか!?」

『ええ、そうです。大人しく消えなさいサタン』

「お、のれ……」

 消えゆくサタン。

 それを見届けたリルカと大天使ミカエル

 ふらりと倒れ込もうとするバニロ。慌ててリルカがそれを支えようとする。

 しかし、小さな体躯では支えきれずに一緒に倒れてしまう。

「いてて……はぁ……なんとか上手くいったけど、我ながら無茶な作戦だったわ」

『いいえ、リルカ、貴女は最善手を取りました。よく頑張りましたね』

「頑張ったのは弟子と仲間よ。私、何もしてないわ……しかしよく寝てるわねこいつ。ちょっと! 重いんだけど! バニロ!」

『サタンに乗っ取られていたのです。少しは眠らせてあげましょう。膝枕でもしてあげたらどうです?』

「こんな公衆の面前でそんな事できません!」

『ほうほう、公衆の面前でなければしてあげると』

「もう! 召喚書サモンブックに戻りなさい! 大天使ミカエル!」

『はいはーい♪』

 こいつ本当に偉大なる召喚獣グランドモンスターかと思うほどの気安さだった。

 そして会場から王城よりやって来たマリアとフィル、救護班に抱えられるバニロと王様、その場を後にするリルカ達。

 あっという間の出来事にポカンとする会場。

「あれが偉大なる召喚獣グランドモンスター同士の戦い?」

「なんかあっけなかったな?」

「っていうか王様はどうしたわけ?」

「あのバニロっていう優勝者もだぜ」

「なんだったんだ今年の大会は」

 そんな混乱も時間が経てば消えていく。


 目覚めたバニロ。

「あれ? 師匠?」

 目を開けたらそこにはリルカの顔があった。

「この頭の感触……俺、もしかして膝枕されてます?」

「そうよ。感謝なさい!」

「……なぜに?」

「……大会の優勝賞品代わりよ! これぐらいしか思いつかなかったの!」

「……そっすか。ありがとうございます。師匠」

「ふんっ」

 王城の一部屋、わざわざベッドの上に登って枕をどかし自分の膝の上にバニロの頭を乗せたリルカ。

 そんな苦労も知らず。バニロは再び眠りにつこうとしていた。

「なんか今日は、疲れたっす……」

「あれだけ小魔力ミクロを使えばそうなるわ」

「俺、手伝いとして役目、果たせたんすかね?」

「ええ、充分よ。だからもう眠りなさい」

「……はいっす」

 寝息を立てるバニロ。リルカはそっと頭を撫でたのだった。

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