第11話 顔が似ている別人と、顔が似てない当人

 特に用事もなく、寄る所が無かったユウトは一足先に宿に戻った。


 ルナとアオは冒険者ギルドで事を済ませたら買い物をすると言っていた。

 なのでユウトは今日泊まる分の宿代を払う為に宿のカウンターへ向かった。


「あ、2階の部屋を借りてる人だね! 今日も泊まるの?」


「あ、ああ」


 今回も思いっきり避けられ、怯えられると思ったが、カウンターにいた少女は意外にも積極的に話しかけてきた。

 だからこそ、その一言しか言えなかった。


 まるで人が変わったみたいな変化だ。


「きょ、今日はかなり積極的だね」


 まるでおっさんの変態発言の様な切り返しをするユウトに、カウンターの内側にある椅子に座っていた少女はきょとんとした顔になる。


「今日は? 私、貴方に会ったのは今日が初めてなんだけど……」


 その言葉に思わずユウトは、記憶喪失やドッペルゲンガーという言葉が脳裏に浮かんでしまった。


 そう思うほど、目の前にいた少女が昨日話した。

 いや、避けられた薄いピンクの髪の少女と似ていたからだ。


 謎を解明するべく、ユウトは自分の能力を使って調べようとする。

 しかし直に答えが返ってきた事と、昨日、能力を使って見ていなかった事に気づいたユウトはそれをやめる。


「お客さんが会ったのは多分私の妹じゃない? 私達、双子でこの店をやってるから」


 双子と聞いて直に納得する。

 顔の形は似ていたが、そもそも髪の色が別物だった。

 目の前の少女は赤みがかったピンクの髪をしている。

 それに加えて髪の長さ肩まで。

 昨日の少女は腰まであった。


 しかし、双子といっても性格はかなり違うようだ。


「そういえば妹さんの方は何処に?」


「今は……休憩中かな? 私もあんまり分かんないけど」


 姉の方は偽の笑みで言ってきた。

 心配だと、笑みの裏側に書いている。


 家族を知らないユウトにとって新鮮で、羨ましく思う。


 それよりも目の前の少女の妹。

 何かあるのかとは少し思ったがそれはユウトが気にする事は無いと判断した。

 何せユウトとこの子は、ただの客と従業員という関係だからだ。

 他人よりの関係と言ってもいい。


「あの子最近おかしいのよ……。朝にお客さんを起こしに行ったら、奴隷が押さえつけられている所を見ただの、カウンターで仮眠をとっていると襲われそうになっただの。私、少し心配なのよねぇ。頭でも打ったのかしら?」


 その心配話にユウトは苦笑するしか無かった。

 なにせ今の話の内容が心当たりしかないからだ。


 しかも妹さんは酷い誤解をしているようだった。

 押さえつけられていたのは、ユウトの方である。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ユウトは双子の姉の方に、宿代の1万エマを渡すと2階の借りていた部屋に戻った。


 そして再び洗面台の鏡で自分の顔を見る。


「本当に誰だ?」


 ユウトは鏡に映った自分の顔を見ながらそう呟いた。

 今言った事はユウト自身の本心だ。決して心が病んでいる訳ではない。


「てか、眼鏡無かったんだな。今更だけど……」


 生前ユウトは眼鏡を掛けていた。

 神と話をした、奇妙で美しい空間でさえも、魂で構成されたユウトは眼鏡を掛けていた。


 しかし今はどうだろうか。

 鏡に映ったユウトは眼鏡が無く、生前の眼鏡が似合う黒髪ではなく、白髪。

 絹の様な髪と言った方が聞こえが良いが、残念な事に絹の様にサラサラしていなかった。


「しかも俺、ちょっとだけ若くなったか? 2歳くらい」


 と言っても、顔のパーツからして生前、18歳のユウトとは別の物であったので、比べようがない。

 しかし、雰囲気で考えると若干であるが、若く見える。


「つまりあれだな。この体は元々ここの世界の物で俺の魂が入り込んだって訳だな」


 その考えが一番都合が良く、更に納得のいく答えであった。

 そもそも生前の体がこの世界に来るのは無理がある。

 バラバラになったと思われるあの体では。


 一人で考え、一人で納得したユウトは部屋の窓付近にある椅子に腰を掛ける。

 そしてユウトは手前にある机に置いたスライムのドロップアイテムである『スライムの心』を見ていた。


 このアイテムはユウトがスライムを素手で一発で倒した時にドロップしてきた、思い入れのある物だった。

 ユウトはそれを能力を使って見る。


 能力名 [ドロップアイテムの性質が見える]


 この能力はユウトがスライムの心の10個目を籠に詰め込んだ時に、またしても電撃に似た衝撃と共に現れた『記憶』だ。


 その能力は、その名の通りドロップアイテムの性質が見えるという物だった。


「少し見てみるか……」


 ユウトはドロップアイテムであるスライムの心の性質を見た。

 しかし、見た瞬間ユウトはその行動を後悔することになる。


 何故ならその性質の説明が異様に長すぎたからだ。

 この設定を作った人はかなりふざけている。

 いや、ふざけていると言うよりは、楽しんでいると言った方がいい。


 文章書きになっている性質の説明は、書いている人がわくわくしているような書き方だった。

 思わずこっちも読んでいて楽しく―――、


「いだあ!! いだだだだだだだああああああいいい!!!」


 ユウトは目の内側から針で刺されたような激痛に苛まれ、思わず目を閉じる。


「いっっったぁぁぁ……」


 そう。

 ユウトの能力は使い続けると目が痛くなってしまうのだ。

 そのため、今みたいに夢中になって能力を発動しっぱなしでいると目が急激に痛くなってしまう。


 これがこの能力の弱点の1つといえる物だ。

 正直に言うとこの能力自体弱点と言っても申し分ない。


「しっかし長かったなぁ……。説明っていうから箇条書きかと思えば文章書きだし」


 そもそもユウトはスライムの心の性質を半分も読んでいない。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ユウトは少しやりたい事が見つかったので部屋を出ようと立ち上がった。

 すると、丁度ルナとアオが帰ってきた。


 帰ってくるやいなや、ルナとアオはユウトの目の前に立ち塞がってきた。

 ルナはアクセサリーを身につけ、アオは服が変わっていた。


「どう? ユウト、似合ってる?」


 アオはユウトに見せびらかすように服を見せてきた。


「どうですか? ユウトさん」


 ルナも負けじとユウトにアクセサリーを見せびらかしてくる。


 こう聞かれた時、男が答える相場は大体決まっている。

 と本で読んだ事がある。


 1.かわいい 

 二人共本当に可愛かったので、これでもいいと思った。

 だが、ユウトには少々ハードルが高すぎる。

 恥ずかし過ぎて言えない。

 没。


 2.似合ってる 

 ベタベタのベタだが、これを言われて喜ばない相手は居ない。

 更にユウトにとってもハードルが低いのでこれなら言える。

 保留。


 3.結婚しよう 

 本を読んでいた頃は納得していた自分が居た。

 今になって思う。

 あの本は燃やすべきであったと。

 アウトー!


 ユウトはハードルが低い2番を選択した。

 1番でも良かったがユウトにはまだそこまでの事は言えなかった。

 3番は勿論のことない。

 論外である。


「二人共、すごく似合ってると思うぞ……」


 ユウトがそう言うと、ルナは照れくさそうにアオは、はしゃいで嬉しがっていた。


 すると、アオは、はしゃぎながらユウトにハグをしようとタックルのように突っ込んでくる。


「ぐほぉッ……!!」


 あまりの衝撃に変な声が出てしまう。

 そしてかなり痛かった。


 言うまでもなく、レベルの差で生じる痛みだった。

 アオが懐いてくれたのは嬉しい事だが、流石に毎回これはきつい。


 ユウトはいい加減アオを剥がそうと思ったが、アオの幸せそうな顔を見た瞬間それが出来なくなった。

 かわいい、ただその一言で言い表す事が出来ないと断言できる。


 ようやくアオが離れてくれたので、ユウトはルナから青色の冒険者ライセンスを受け取る。

 そのライセンスの右下にローマ字の2が刻まれていた。


「ローマ字……、だよな。そもそもこれって上がったのか?」


「上がってますよ。普通なら青の3から始まりますが、私達は青の2から始まってます」


「アオの3? 2? アオに番号付いてるの? じゃあアオは何番?」


「えぇっと……、これどう答えたら……」


 アオの唐突な疑問に答えるべく、ルナが苦悩しながらも答えを導こうとしている。

 そんな隣でユウトは自分の冒険者ライセンスを見ていた。


【名前 ユウト】

[レベル 10]

[魔力 101]


 ステータスと言ってもそこに書いてあったのは名前、レベル、魔力の3つだった。

 能力は何故か記載されていなかったが、ユウトは無能力と言ったことを思い出す。


「そう言えば、ルナのライセンスも作って貰ったんだろ? 少し見せてくれよ」


 ユウトは他人との比較でライセンスの仕組みを図ろうとルナに見せるように頼んだ。

 すると、ルナは訝しげる様な顔をする。


「女の子に個人情報見せてって、ユウトさんは変態なんですか?」


「いや、そうじゃなくて……、って女の子? いやルナって―――」


 神の使いだろっ、と言う前にユウトは口をつぐんだ。

 言うまでもなく、ルナがユウトの顔を睨んでいたからだ。


 どうやらルナは自分の正体を他人に知られたくないらしい。


「私のだったら見てもいいよ!」


 突然ユウトの服の裾を引っ張りアオはなんの躊躇もなくそのライセンスを見せてくれた。


【名前 アオ】

[レベル 25]

[魔力 0]


 そこにはユウトと同じく名前、レベル、そして魔力が書かれていた。


 アオの魔力はユウトより低い。

 と言うよりも、ゼロだった。

 どうやら魔力はレベルに比例する訳ではなく個人差があるようだ。


 しかし、その分アオは能力を二つ持っている。


「なるほどな。そういう事か。ありがとう、アオ」


 ユウトは感謝の気持ちとしてアオの頭を撫でた。

 やはり女の子と言うのか、かなり髪の毛がサラサラしている。


 そんなユウトの事をジト目で見るルナは、


「ユウトさんのロリコン………」


「た、ただのスキンシップだろ! 妹を甘やかすみたいな?」


「いも、妹…………!?」


 ユウトがルナに弁明していると何故かアオは落ち込んでいた。

 それとは別にルナは嘆息する。


「まぁともかく、俺に疾しい気持ちは一切無いから」


「一切……ない……」


「さっきからどうしたんだアオは?」


 ユウトは徐々に顔面蒼白になっていくアオに尋ねた。

 するとアオはこちらを見上げてくる。


「本当に、疾しい気持ちは無いの? これっぽっちも?」


 そうやって不安そうに聞いてくるアオ。

 その不安を解消させるべく、ユウトは真実をそのまま伝えようとする。


「ああ! これっぽっちも! 一切! そんな気持ちはないよ!」


 そう曇りの無い笑顔でそれを伝えると、アオは頭にあったユウトの手を払いのける。

 そのまま流れる様にユウトの腹にパンチをかまし、捨て台詞を吐くように、


「アオ、ユウトの事、き、ら、い!!」


 そう言ってアオは勢い良くドアノブをひねり、この部屋を出ていってしまった。


 ユウトは殴られた腹を抑えながら、


「今アオ、自分の事をアオって言ったか?」


「今気づいたんですか? そもそも今そんな事言ってる場合ですか? 早くアオの事を追いますよ」


 そう言ってルナは腹を抑え座り込んでいたユウトに手を差し伸べる。

 ユウトはその手を取ると、


「ああ、そうだな迷子になったら困るしな」


 そう言って、ユウト達は勢い良く宿を出た。

 そして走り、走り、走った。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「奴隷が名前を名乗るのは死刑だよなあ?」


 走っている最中、ユウトはある人混みに目をやる。

 と言っても、気にしていたのはその聞き覚えのある声の主と内容だった。

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