第10話 人生は一人にたった一つ

 ユウト達は宿の一階にある食堂に行き、食事を終えた後ギルドへ向かった。


 目的はクエスト達成の報告とドロップアイテムの引き渡し、そして冒険者ライセンスの作成とついでのランクアップだ。


 ドロップアイテムである『スライムの心』をギルド長に渡した時の顔ときたら、笑いをこらえるのが難しいほどに滑稽なものであった。


 ギルド長もまさかユウト達がクエストを達成してくるとは思ってもいなかったらしく、それを伝えた時は数秒間固まっていた。

 自慢の小髭も萎れた草状態。

 そのせいでパーティーメンバーが増えた事にも気にしていなかった。


 冒険者ライセンスはユウト、ルナ、それにアオの分まで作ってくれた。

 正直、アオの分は不可能だと思っていたが、名前が前のと変わっていた為だろうか、疑われる事がなかった。

 アオもアオで新しいライセンスが言葉にもならないぐらい嬉しい様子で、飛び跳ねて喜んでいた。


 冒険者ライセンスを受け取った事でユウト達のレベルが明らかとなった。

 ユウトはレベル10にルナもレベル10に、更にユウトは、魔法が使えるようになった。


 魔法と言っても使えるのは1種類。

 炎の魔法だけだ。

 しかもこれが凄く弱い。


 炎を出せるのは人差し指からだけで、大きさも例えるならチャッカマンか、ロウソク程度の弱火だった。

 まるで人間チャッカマンにでもなった気分だった。


 能力も最弱で、それに吊られてか、魔法までも最弱になってしまう。

 嬉しくもないセットだ。

 どうやらユウトは最弱に好かれいているらしい。


 驚くべき事はもう一つ。

 アオだけは変わらずレベルが25だった。


 キングスライムを凍らせたのは紛れもなくアオ自身だが、最後にとどめを指したのはユウトとルナが、石で凍ったスライムを砕いた時だった。


 今回のMVPは勿論のことアオだ。

 このクエストの達成は、アオの能力があってこそのものである。

 だが、アオのレベルは1つも上がらなかった。


 正直落ち込んでいると思っていたが、アオはあまりレベルの事は気にしない様子だった。

 逆に冒険者ライセンスをまじまじと見て感動していた。

 どうやらアオにとってはライセンスの方が最重要事項だったようだ。


 今回のクエストの報酬は100万エマと冒険者ランクが無条件で上がると言うものだった。


 元々冒険者ランクを上げるためには100個程このギルドで依頼を受けなければならないらしい。


「ルナ、悪いけどこれから行く所あるから、俺の分も冒険者ランク上げといてくれ」


「……分かりました」


 ルナは何処へとも聞かず、了承してくれる。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤

 


 行くべき場所へ向かっている時、少し複雑な気持ちだった。


 アオと出会ったのはきっと運命だ。

 あの日、数ある奴隷の店からあそこを選んで、アオがあの能力を持っていた事はまさしく運命だ。


 ユウトは正直、運命論を信じる者ではないが、この時だけは運命だとそう思ってしまった。


 そう考えているうちに目的の場所に着く。

 ユウトは今回の報酬の7割である、70万エマが入っている袋を強く握り大きく息を吸う。

 そして息を吐く。


 この場所に入るにはまず、心を落ち着かせる必要がある。

 なにせこの店の店主は『心を読む』という能力を持っているからだ。

 そこからユウトは自分の心の声を消してその木造りの扉を開けた。


「よし!」


 その扉を開けた後、ユウトは目を疑った。

 そこにはまるで待っていましたと言わんばかりに、老婆が仁王立ちでそこに立っていたからだ。


「聞こえたよ。今の心の声」


 ユウトは心を読まれた事がショックだということより、その行動に意外性を感じていた。


 ユウトは老婆に来る時間を伝えていなかった。

 だとしたらこの老婆は常時能力を発動していた事になる。


「その通り。元冒険者なめるんじゃないよ!」


「あッ……」


 まただ。

 動揺のあまりまた心の声を漏らしてしまった。


 このままだと色々な事を聞かれかねないと思ったユウトはさっさと金だけ渡して帰ろうと70万エマの入った袋を老婆に渡そうとした。

 だが老婆はそれを受け取ろうとしなかった。


 何故かと思っていると老婆はその理由を話してきた。


「お前さんの考えは奴隷は物じゃない。そもそも奴隷じゃない。そうだろ?」


 ユウトはその時ようやく自分の矛盾に気づいた。


 ユウトはアオを奴隷としてではなく、1人の女の子としてパーティーに誘ったはず。

 そんなユウトがここでお金を払うとうい行為は、ユウトがアオを奴隷であると認めた事になる。

 それだけは駄目だ。


 ユウトは渡そうとしていた袋を自分の元へ戻して老婆に言う。


「やっぱりこれは渡せない……」


「それでいい」


 老婆は納得したように頷く。


「少しお前さんと話がしたい。茶入れるから中に入りな」


 そう言うと、老婆は中に案内してくれた。


 奴隷がいる前でお茶を飲むのかと思ったが、どうやら違うようで、ユウトを個室に案内した。

 老婆が寝泊まりしているところだろうか。


 ユウトは個室へ行く途中、奴隷の方へ目をやった。

 同情の目を向けようという気は無いが、やはり見てしまう。

 と、ユウトはある事に気づく。


「なあ、婆さん……。少し聞いていいか?」


「なんだい? そんな怪訝そうな目をして」


「奴隷の数が減ってる。それも手前に置いてあった奴らだ! 婆さん、あんた言ってたじゃんか、奴隷は売らないって! あれは嘘だっのか?」


 ユウトはそこそこの声で言う。

 奴隷には聞こえず、老婆にだけ聞こえる声で。


 その言葉を聞き、老婆は笑を浮かべる。

 ユウトはその老婆の反応に不信感を抱いたが、直にそれは消えた。


「よく見てるが、よく見てないねぇ」


「何言ってるんだ?」


「お前さん、彼女らの顔、本当に見てるかい? 見てないなら今すぐその目でちゃんと見な! そのあとお前さんは同じ事が言えるかな」 


 まるで挑発するように言ってきたので、ユウトは老婆の言う通り見る事にした。


 するとどうだろうか。

 牢屋に入れられ座り込んでいる少女等の顔は絶望とは程遠い物だった。

 暇を持て余した。

 兎に角、悲しみは感じられない。


「これはいったい……、どういう事だ?」


 驚いた気持ちを隠せず、ユウトはそれが顔に出ていた。


「なんでこんなにもみんなは落ち着いてるんだよ。ここに来る前に頭でも打ったのか?」


「馬鹿な事いってるんじゃないよ。そんな訳がないだろ! 皆ここに来る時は絶望してたさ」


 老婆は茶を湯呑に入れながら、淡々と話を続ける。

 話が見えないユウトは、設けられた椅子の存在を忘れ、そこに佇んでいた。


「つまりだ。結論から言ってしまえば、アタシもお前さんと同じ考えだって言う訳さ」


「奴隷は、奴隷じゃないって?」


 その言葉に頷きながら老婆は湯気が出ているお茶をユウトの席の前に置く。


 それに気が付き、反射的にユウトはその椅子に座る。

 そしてその熱いお茶を飲みながら、


「意味が分からない。俺と婆さんが一緒の考えってのはわかったがそれでもだ。じゃあなんで奴隷……、じゃなくてここに居ていた人の数が減ってるんだ? 売ったんじゃなかったら―――」


「移住したのさ」


「―――移住?」


 同じくお茶を啜っていた老婆の発言に大きく耳を傾け、驚いた表情になる。


 そんな老婆はもう一度茶を啜り、一つ嘆息して、


「お前さんは何を知って何を知らないか、アタシには分からないが、奴隷はこの町限定なんだ。だから移住をさせた。それは前に出てる彼女らも知ってる事さ。まぁお前さんのせいで少々面倒になったがね」


 それを聞いて理解をした。

 この町から出れば奴隷は奴隷じゃなくなる。


 それを知ってる。

 そして老婆がやってくれると信じているからこそ冷静なのだろう。

 だが、それでも腑に落ちない。


「でもなんで婆さんがそこまでやってるんだよ? 商売にもなってないし。それに食費だってタダじゃないだろ?」


 その問に、老婆はユウトの顔から視線を反らし明後日の方向を向く。

 まるで何処かにいる人を探すかの様に。


「利益が無くとも、たとえアタシと彼女らに接点が無かったとしても、アタシはそれをしたいのさ。人生は一人にたった一つの物だからね。その大切さを知ってる奴と知ってない奴とじゃ意味が違う。終わってからじゃあもう遅い。お前さんもそうとは思わんか?」


 ユウトはその事を言われ、罰が悪そうに口ごもる。


 人生は一人にたった一つ。

 当たり前の事だ。

 人生に二度なんて存在しない。

 それも当たり前だ。


 今のユウトはユウトであるが、元の世界のユウトではない。

 当たり前だ。

 当たり前過ぎて無性にやるせない気持になるのは何故だろう。


 口の乾きを感じ、水を欲していたユウトは本能のまま茶が入ったコップに口をつける。

 温かいのが感じられた。


「あぁ、そうだな。俺もそう思うよ。婆さん、ありがとう。いい話を聞かせてもらったよ。確かに、人生は一人にたった一つ、……だな。俺はこの世界で長生きするよ」


 そうして、ユウトは一気に茶を飲みほした。

 それからユウトはその場から逃げ去るようにして去っていく。

 老婆はそんなユウトを強く見送ってくれた。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 帰り道、ユウトは老婆の事を考えていた。


 老婆は奴隷を人間として見ている数少ない者の一人だ。

 やはり人は第一印象で決めてはいけないと改めて思った。


 考えていたのはたったそれだけだったと思う。

 帰りの途中、景色はユウトの脳内に保存されなかった。

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