第8話 アオの芽生え

 スライムを討伐する。

 そうは言ったものの討伐するのはユウトではなく、ルナでもなく、アオだ。


 投げやりな所は申し訳ないのだが、今のユウトには眼前にいるキングスライムを倒す力はゼロに等しい。

 いや、宣言しよう。

 ゼロだ。


「よし! アオの『相手を凍らせる』能力を使ってスライムを凍らせるんだ!」


「う、うん……」


 アオは右掌をキングスライムに向ける。

 その手は少し震えているようにも見えた。


「凍って、凍って、凍って……」


 聞こえないくらいの小さな声でアオは願う。

 だが、その願いは儚く消える様に、キングスライムは一向に凍ろうとはしなかった。


 それどころか、キングスライムはアオの方へ徐々に距離を詰めてくる。


「逃げろアオ!」


 ユウトは咄嗟にそう叫んだが、その声はアオには届かなかった。

 アオは恐怖のあまりそこで固まっていた。


 このままではアオがキングスライムの餌食にされてしまうと思ったユウトは、直ぐにアオの元に駆けつけ、腕を掴み逃げようとする。


 ユウトが傍に来るとようやく我に返ったようだった。


「一旦逃げるぞ!」


 そう言ってユウトはアオを連れてそこから逃げようとする。


 だが、アオはそこに立ったまま動こうとしない。


「だめ! ここで逃げたらだめ!! 私はもう……、もう逃げない!!!」


 そう言い放ったアオの顔は信念に満ちていた。

 これは紛れもなくアオ自身の覚悟だ。


 アオはユウトが思っていた程弱くはなかった。

 むしろ逆だ。

 己の過去に立ち向かっているアオは強い。


 だったらユウトも逃げるなんて無粋な真似はやめようと意気込む。


「だったら俺もここで戦おう! どんな時でも一緒に居るって言ったしな」


 アオの手を握り、逃げない事を断言する。


 その時、ユウトはアオとの間に繋がりを感じた。

 勿論、手を握っているのだから、繋がっているのは当然。

 しかし、そんな単純な物ではない。


 そう、この繋がりは……『力』。


 その瞬間、アオの能力が一つ増える。

 それと同時にアオのレベルが跳ね上がる。

 一気にレベル30まで上がった。


 ユウトはアオのもう一つの能力を見てその理由を確信した。


[能力 共有]


 アオが今、発現した能力はそれだった。

 さっきの繋がりを感じたのは恐らくこのせいだろう。


 アオはこれを無意識的に発動したのだ。

 そのお陰で今、ユウトとアオはお互いに共有している状態。

 すなわち、二人の力が合わさったという意味。


 ユウト達の変化に気付いたのか、キングスライムは焦りの目をした様に、一気に距離を詰めてくる。


 そしてキングスライムは腕の様な奇妙な物体を形成して、殴りかかってくる。


「必ず……、凍らせる!!」


 その瞬間、キングスライムは一瞬にして凍りつく。

 下の方から電気が走る様に。


 うめき声と共にキングスライムはアイススライムと化した。


「でき……た!!」


 そう言うと、アオは地べたに座り込む。

 一気に二つの能力を使って疲れたのだろう。

 その足は痙攣するように震えていた。


 能力を使う事は意外にも疲れる行為だ。

 長く使うとそれに比例して、体力が削られる。


 だからユウトは常に見ているのではなく、一瞬見るだけにしている。

 だが、アオの能力はどうしても常に発動しなくてはいけないし、場合によっては二つ発動する事になる。

 今回が良い例だ。


「アオはここで休憩していろ! ルナ、俺達は凍ったスライムを石で砕くぞ!」


「はい、分かりました」


 そうして、ユウトとルナは地面に落ちていた石を拾って凍ったスライムを叩き割る。


「案外直ぐ割れますね」


「そうだな! けど疲れる!」


 砕いている最中、砕かれた部分から青い煙が吹き出してくる。

 その煙は、自らの意思を持っているかの様に、ルナとユウトの体に吸い込まれる。


 全てのスライムを砕き終わると、『スライムの心』はユウトが初めに倒したのを合わせて11個になった。

 どうやらこのキングスライムは9体も吸収したようだ。


「よし、これで一件落着だな」


「そうですね! 最後はどうなるかヒヤヒヤしましたが、流石はユウトさんですね!」


 会ってまだ一日も経っていないのにやけに評価が高く、信頼が厚い。


 美女に褒められて喜ばない男は居ない。

 当然ユウトも気分が良かったが、一番頑張ったのは決してユウトではない。


 『スライムの心』も籠に詰め込む事ができ、帰路に就こうとする。


 ユウトはアオの様子を見ようと、先程座らせておいた所に目をやると、アオは疲れ切ったのかその場で爆睡状態だった。


「ルナ、悪いがこれ持ってくれないか?」


「いいですよ? けどユウトさんは?」


「俺はアオをおぶるよ。もう疲れてるから」


 アオが起きないようそっと持ちかげたが、爆睡状態だった為、気を付ける事は何も無かった。


 アオをおぶってユウト達元来た道を戻る。

 叢から叢と石畳が混在する所へ、そして石畳のみの道へ。

 満月の月明かりのみがその道を照らす。

 街灯や光の類は無く、それに伴ってか、人通りも無いに等しい。


 ここから宿は意外にも遠かった為、ユウトはルナに話題を振る事にした。


「さっきもだけどさ、なんでそんなに俺の事を……その、信用しているんだ? いや、別に嫌って訳じゃなくて、普通に嬉しいんだけどな。気になって……」


 ルナはユウトが奴隷を仲間にすると言っても、それには策があると信じた。

 更に、スライムが合体して巨大になってもユウトには策があると、そう彼女は確信していた。


「なんでだと思いますか?」


 質問を質問で返させるとは思っていなかったので、ユウトはかなり困惑する。

 そもそも、それが分からなくて聞いのだ。


「ん―――、一番しっくりくるのは……、やっぱり神の使いとしての仕事だからとか?」


 ユウトは思い当たる事を適当に述べた。

 いや、それ以外に考えられなかったからだ。


 ユウトの発言を聞いたルナは小さく笑い出す。


「ユウトさん。鈍いって言われませんか?」


「そんな事は一度も無いぞ! 逆に鋭いって言われた事はあるけどな」


「そうゆうとこですよ」


「あ? そういうこと? 駄目だ、分からない」


 ユウトが再び困惑しているとルナはまた小さく笑い出す。


 ルナの言っている事がさっぱり分からなく、ユウトは頭を掻きむしる。


 そういえば―――と、ユウトは昔の事を思い出す。

 ユウトは昔、鈍いと言われた事がある。

 気がしたが、もう忘れた。


「やっと着いたな」


 しばらく歩いてから、ようやく1万エマのする宿に辿り着く。


 宿に入ると、入口から左奥のカウンターで、食事の案内をしてくれた薄いピンクの髪の若い少女が座りながら寝ていた。


 起こすのも悪いと思ったが、何も言わずに入るのもどうかと思ったのでユウトは起こす事にした。


「おーい。2階の部屋を借りてる者だけど……」


 そう言いながら少女の肩を掴み軽く揺さぶる。

 少女はまだ眠たいようで半目のまま目を擦る。

 ようやくユウト達に気づいたのか目を大きく開ける。


 すると―――、


「ひぃぃ! ごめんなさい! 襲わないで!!」


 そう言うと少女はユウトから離れようと後方へ逃げる。

 後ろを見ていなかったのか、少女は壁に頭を激突させ、痛そうに藻掻き苦しんだ。


 今回も酷い誤解であった。


「えっと……部屋に入っていい?」


「どどど、どうぞ……」


 少女は怯えながら答える。


 隣に立っていたルナは苦笑混じりの同情の目を向る。

 更にはユウトとの距離を離す始末。

 同情するなら離れないで弁解をして欲しかったが、ルナも無理だと悟ったのだろう。


 そうして、ユウト達はアオを連れて部屋に戻る。


 部屋の間取りは、あっさりしている。

 3つのベッドが中央部に、部屋の入口から見て奥の窓付近には机と椅子があった。

 どちらも木造りである。


 ユウトとルナも大分疲れていたようで、アオをベットに横にさせ、ドロップアイテムである『スライムの心』を机に置いた後、そのまま眠ってしまった。

 

 それからなんのイベントも起こらず、その日は終わった―――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る