第7話 スライムの正体

 暗闇の中、長い沈黙を経て、少女は立ち上がる。

 少女の名前はアオ。

 青い髪と青い瞳の持ち主だからアオだ。


 ユウトがつけた名前だ。


 そんなアオは、今必死に震える手を抑えさえようとしていしている。


 少女の脳裏に過去の光景が蘇っているのだろう。

 あの日スライムによって植え付けられた恐怖は今のもなお少女の頭の中に刻まれている。


「大丈夫だ。俺がついてるから」


 ユウトは苦しそうにしていた少女の手を握る。

 それに共鳴するように、少女もユウトの手を握り返してくる。


 どうやら少しは落ち着いたようだ。

 荒かった少女の呼吸が元に戻るのを感じた。

 それと同時に少女の能力について話した。


 少女自身、未だに自分の能力に気がついていない様子だからだ。


「アオの能力は『相手を凍らせる』って言う能力だ」


 ユウトはアオに軽く説明した。

 そもそも能力自体、特別複雑な物ではなかったので、その程度の説明で事足りた。


「少し気になったのですが、そのアオの能力でどうやってスライムと戦うんですか?」


 不思議そうに聞いてくるルナにユウトはクエストの紙の下の部分を指で指して言う。


「ここに書いているだろ、『スライムは水に溺れた魔物』って」


 そう言った後、ルナは「は?」と疑問を隠せない様子だった。

 しかしこれもこれで、ユウトの考えが正しかったらの話だ。


 そんなユウトはこの一文が少し怪しいと感じていた。


「俺は考えていたんだ。このクエストがなんでこんなにも高額なのかを。初めはスライムは雑魚だと思っていた。ゲームとかでも初めに出てくる雑魚敵だったし」


「ゲーム……ってなに?」


 アオが不思議そうに聞いてくる。

 この世界ではゲームすらない事に気がつく。


 説明するならばこの世界自体がゲームだと言えるが、その説明が通用するのはゲームそのものを知っている奴のみである。


「俺の故郷の娯楽みたいな物だよ。あまり面白くないけど……」


「そうなんだ。でも、私も一度行ってみたい! その故郷」


 アオは本気で行きたそうな顔をしていた。

 初めて会った時よりかは大分、いやかなり明るくなったと思う。


 だが、正直言ってアオの願いは叶わない。

 なにせユウトの産まれ故郷はこの世界にないのだから―――。


「そうだな、行けたら行ってみるか」


「うん、絶対行ける! ……その時は、私の事を紹介して」


 確証もないのに行けると言ってくるアオ。

 その後モジモジしながら『紹介して』と言ってくるが、ユウトはそれ以上聞かない事にした。


「は、話を戻すが、俺は考え直した。スライムは強いって。でもなんで強いのか、それはこれを見て確信した。『スライムは水に溺れた魔物』。これがこのクエストの肝だ!」


 ユウトは馴れない決め顔で言う。

 だが、それを聞いた二人は、ぽかんと口を開けた状態のまま何も言ってこなかった。


 ここまで言ってもなお分からないようだ。


 ユウトはため息をつく。


「だ、か、ら! 打撃が効かないんだよ! 打撃が! 『水に溺れている』イコール『ほぼ水』それがこの意味不明な言葉の真相で、スライムが強い理由だ」


 ユウトの発言の後に沈黙が訪れる。

 どうやら感服したようだ。


「そんなの誰でも知ってる常識ですよ。……ってまあユウトさんは知らなくて当然ですか」


 呆れた顔で言ってくるルナにユウトは目を丸く開ける。


 ユウトはとっさにアオの方へ顔を向ける。


「アオも、知っていたのか?」


 アオは申し訳なさそうに軽く頷く。

 それにユウトは呆然とする。


 ほぼ半日を費やして考えて、考えた末に出した答えがこの世界の常識だった事実に、ユウトは受け入れる事ができずにいた。


 恥をかいたと言うよりかは、その事実に対して振盪していた。


「そ……っいや、まだあるもう一つ! こ、ここからが本番だ! アオの能力がスライムの天敵になる! 俺はそれが言いたかったんだ。最初のは与太話だと思って聞き流してくれ頼む」


 最初の失敗のせいで大事な台詞が一気に台無しになった。


「はぁ……。分かりました。じゃあ早速スライム討伐に行きましょう」


 そう言うとルナはスライムが出現する方へ歩いていく。

 行動が早い。

 ルナは何に関しても早かった。

 食べるのも早い。

 足も速い。


「えっ! もう行くの? まだ心の準備が……」


 ユウトも歩きだすとアオが不安に満ちた声で服の裾を掴んでくる。

 アオは不安そうな顔立ちだった。

 きっと怖いのだろう。 


 一度敗れた相手に恐怖を抱くのは人としての本能だ。


 だが、ユウトはアオに、逃げて欲しくない。

 ここで逃げたら、いつかまた大事な時に逃げ出してしまうからだ。

 そうなって欲しくない。

 

 だから心を鬼にして―――。


「頑張ろう! な、アオ」


 そう言ってユウトはアオの手を強引に引っ張って行った。


 流石に強引過ぎたかと思ったが、これでいい。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ある程度歩いてから、地面は完全に叢へと変わった。

 

 そして目の前には、青い色のしたスライムがユウト達を出迎える。

 大きさは20センチ程度。

 足の無いスライムは反動をつけ、叢を跳ねながら一生懸命生きていた。


 ユウトはスライムを能力で見て驚愕する。


【名前 スライム】

[レベル 1]


「何だこれは? レベルが低過ぎる。これじゃあ俺でも……」


 スライムには能力が存在しなかった。

 それよりもレベルが1とは想像を遥かに超える程の謎だ。


 ユウトは自分でも勝てると思い、スライムに近づき殴る。


 すると案の定、青いスライムは一瞬にして青い煙となり、ユウトの体にまとわりついてきた。

 そしてそれと同時に、地面に青く光る玉の様な物が落ちていた。


 どうやらこれがドロップアイテムの『スライムの心』なのだろう。


 だが、この気持ちはなんだろう。

 倒すべき魔物だったはずなのだが、草を食べ、必死に生きていたスライムを無慈悲にも一方的に倒したとなるとスライムが段々可愛そうに見えてくる。


 そして、酷く心が痛む。

 ユウトは後ろにいたルナ達の顔を見る。


「お、おい! そんな顔するなよ! 俺が悪者みたいじゃないか……」


「いや、ユウトさん……、流石にそれは……」


 ルナが蔑むような目で見てくる。

 何も悪い事はしていないのに。

 ただ今回の目的であるスライムを倒しただけなのに。


「わ、私は何も見てない。だから気にしないでどうぞ続けて」


 あえてもう一度言おう。

 何も悪い事はしていない。

 それよりも、アオは敵であるスライムに同情しないで欲しい。


 確かに見た目は愛くるしいかも知れないが魔物は魔物だ。

 どんな恐ろしい素顔を隠しているか知ったもんじゃない。


 だが、少し拍子抜けだった。

 レベルは1、能力は無し、おまけに打撃が効く。

 打撃が効かないと言う常識は何処に行ったのだろうか。


「これは楽勝に終るな」


 そう思いユウトはまた近くに居たスライムに近づきさっきと同じように殴る。


 だが、そのスライムはいくら殴っても消滅しなかった。

 ユウトは不思議に思い、殴るのを辞める。


 すると、そのスライムはユウト目掛けて突進をしてくる。

 ユウトはその突進を避けようとしたがあまりの速さに避ける事もできず、顔面にダイレクトヒットしてしまった。


 痛みは無い。

 だが、一瞬にしてユウトは後方へと突き飛ばされた。

 打撃自体は強いものではなかったが、衝撃はかなりの物だった。


 後ろに突き飛ばされたユウトを見て直ぐにルナとアオはユウトの側に駆け寄る。


「ユウトさん、大丈夫ですか?」


「うぅ…死なないで!」


「そんなに簡単に死ないよ。そもそも死ねないよ。……しっかし、意外と痛いな。頭じゃなくて腰が……。それに何ださっきのスライムは?」


 スライムの柔らかい体の突進で、死ぬとか笑い話にしかならない気がする。


 そう思いながら、ユウトはスライムの様子を覗う。

 スライムは、反動で激しく跳ねていた。

 まるで威嚇するように。


「本当に大丈夫?」


「心配するな、大丈夫だ。アオが思ってる以上に俺は頑丈だから」


 嘘泣きだったと思ったがアオは本当にユウトの為に泣いてくれたようで手で涙を拭う。


 ルナの方を見ると意外にも心配をしてくれていた様子だった。


 ルナには色々と迷惑をかけているのに、見捨てないで側にいてくれる。

 それが神の使いとしての仕事なのかもしれないが、それでも嬉しかった。


 飛ばされた時に腰を打って少し痛いが、ルナとアオに心配點せまいと、ユウトは平然を装い立ち上がる。

 そしてスライムを見た時、異様な光景が目に入ってくる。


「ぇ―――、スライムが、合体している!?」


 そう、さっきまで一体一体必死になって草を食べていたスライム達がある一つの青白く光るスライムへと引き寄せられていく。


 そのスライムは先程、ユウトに突進してきたスライムだった。

 そして徐々に体を大きくしていき、次第には先程は無かった目まで現れた。


 ユウトはもう一度スライムを能力で見る。


【名前 キングスライム】

[レベル 30]

[能力 融合]


 これがこのクエストの正体。

 これがスライムの正体だった。


 スライム自体は弱くとも、能力持ちが居ることでスライムは強大になったのだろう。

 いや、スライムではなく、キングスライム。


 そして、これではもうユウトの攻撃は効かない。

 レベルからして。

 いや、見た目からして敵いそうにない。

 

 だとしたら―――。


「これがスライムの本当の姿なんですね」


「……なんでそんなに動揺してないんだ?」


「ユウトさんなら何か策があるんですよね」


 ルナの言う通りユウトには策があった。

 そもそも、ユウトがイメージしていたスライムはこんな感じの奴だ。


 ユウトは笑みを浮かべる。

 その笑みは、ある一種のゲームを攻略する様に。

 無邪気な少年の鏡の様に。


「当たり前だ! さぁ、スライム討伐を始めるぞ!」

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