第4話 修行の日々(3)



 ※



 レイス公国の、南に広がる魔の森にゼンとラザンが入って、すでに1ヵ月は経とうとしていた。


 森の一角、多少ひらけたその場所は、ラザンが大太刀を一振りして出来た、人造の広場であった。そこで二人は野営をし、頻繁にやって来る魔物を、大体はラザンが倒し、一部の弱い魔物や、ゼンには手に余る強さの魔物を弱らせてからゼンに相手にさせたりもしていた。


 今は、魔物が来ていない時間。二人は相対して鍛錬をしていた。

 

 さすがに狩り過ぎて、森の魔物に警戒をさせてしまったのかもしれない。


 ゼンが、木剣の一撃を、何度かラザンに撃ち込む。


 ラザンはそこらの木の枝を、“気”で強化した物で軽々と受けている。最初の出会いの時と、同じ様な状態だ。


 ゼンの、当初は『流水』の物真似に過ぎなかった型は、ラザンの指導である程度、様になって来ている。ただし、ある程度、でしかない。


 ラザンは、ゼンに型を教えながら、動作の修正点となる個所を、遠慮会釈なしに打ち据えて来た。骨が折れる様な力は込めないが、それは青黒い痣となって、ポーションを飲まなければ、翌日以降も痛むのが確実な痛打だ。


 ゼンはその厳しい指導に、ただ一言の弱音も吐かず、黙々と修練を続けている。


 《 強くなり、フェルズに戻る。》


 単純明快な目標に向かって、一心不乱に集中し、ラザンの厳し過ぎると形容してもおかしくない教えを、日々着々とこなしていた。


 それが実って、ラザンが打ち据える個所は、日毎に少なくなり、ある程度の型や動きは習得しつつあったが……。


 まだ、似た様な動きをしているだけで、それは単なる模倣の域を出ない。


 それも仕方ない。『流水』の真髄は、“気”により、相手の技の向きを自由自在に制御(コントロール)する事にある。まだ“気”をまともに使う事を知らないゼンでは、表面の型を真似する以上の事は出来ないのだ。


 それでも、ゼンがラザンと最初に会った時よりも、体力も腕の力も、そこそこついて来てはいた。


 だが、それでもその一撃一撃は、異様に軽かった。


 それは、ゼンが幼いから、という面を差し引いても、同い年の子供と比較すれば、その軽さは確実に際立つ。


 その理由は、ラザン程の上級者でなくとも見当がつくものだ。


 ゼンのその、背の低さ、小柄な体格が、どうしても攻撃の貧弱さに繋がってしまうのだ。


 それは、戦いにおいて、致命的な欠点になりかねない。


 ゼン自身も、それが分かっていて密かに悩んでいた。


 だからこそ、ラザンはそれを解消する為に、体力作り、食料の過剰摂取等を続けさせていたが、効果はまだ微々たるものでしかなかった。


 ゼンはもう十歳で、スラムでの貧困生活が祟って、ある程度の体格、体重がすでに定まってしまっているのかもしれない。あるいは、そうした体質なのか。


 どんなに裕福な暮らしをしていても、無駄にデカく、太くなる者もいれば、背が伸び悩みガリガリな者もいる。これは、生まれつきのもので、どうしても改善出来ない事もある。


 だからラザンは、ビシャグの様に体格に恵まれた者が、力任せのいい加減な戦い方しかやらない事に、ひどい苛立ちを覚えていたのだ。


 それでも、まだゼンは成長期だ。突然背が伸び、体格が良くなる事もあるかもしれない。


 それは、希望的な未来でしかないが、可能性はゼロでもない。


 しかし、今ただそれを願って、何も手を打たない事は、時間の浪費に他ならない。


 ラザンは、ゼンの軽い一撃を、強めに弾き飛ばし、ゼンは後方に倒れ込む。


「ゼン。現状の自分の攻撃の欠点は、自覚しているな?」


 ラザンがいったん手を止めて、ゼンに問いかける。


 ゼンは悔しそうに顔を歪めて頷き立ち上がる。


「なら、少しでもそれを改善しろ。攻撃を重くするのは、別に自前の体格や腕力に頼らずとも補える面がある」


「……どうやって、ですか?」


「攻撃に、全身の力、全ての力を乗せるんだ。移動する時の勢いなんかもな。それは、後々教える“歩方”でやるとして、現状では、剣を振る、腕の振り、のみならず、全身で剣を使え。踏み込み、腰のヒネリに体重を乗せ、自分自身を一本の剣に見立てて攻撃をする」


 剣をただ腕で使うのではなく、足腰は元より、全身を使って剣を振るうのだとラザンは言う。


 それが、小柄で体重も背もないゼンが取り得る最良の剣術だと。


「……大振りになって、隙が多くなりませんか?」


 自分がそれをするさまを想像して、ゼンが恐る恐る尋ねる。


「それを速さでおぎなえ。元々、『流水』の剣速は、神速と呼ばれる剣の速さも信条だ。相手にそれを気付かせない程の速さを身につければ、そこにつけ入る隙は生まれない。


 それに、速度は一撃の威力も高める」


 ゼンを相手に使っている、単なる木の枝を、目にも止まらぬ速さで縦横無尽振るってラザンは不気味な笑みを見せる。


「……理屈は分かりますが、今の俺に出来るかどうか……」


「一朝一夕でやれとは言わん。だが、そのまま一撃の軽さを、成長し、体重が増える事を期待して放置していても、何も解決せんぞ。旅の間の課題、とでも思え。


 お前が手数は多くても軽い一撃で、数度に渡って相手を攻撃しても、相手は倒れずに、逆に相手の威力のある攻撃が、一撃でお前を仕留める。お前の攻撃は、するだけ無意味な物に成り下がる。分かるだろ?」


「……はい」


 敵を倒せない攻撃を、いくら放っても無意味に近い。身も蓋もない話だ。


「なら、それを意識して、自分なりの工夫をしてみろ」


 ラザンは攻撃の解説をした時、魔物相手に“一撃必殺”等あり得ないと思え、と教えた。


 魔物の中には奇妙な程に、生命力のしぶといものがいて、首を跳ねてもしばらく身体が暴れまわったりする者もいれば、頭が偽物(ダミー)で、最重要な脳や心臓等が普通とは違う場所の魔物もいる。


 知恵ある高等な魔物の中には、その臓器を自由自在に動かし、隠すものさえいると言う。


 だから、常に連続攻撃を心がけ、その合間の残身、技を終えた後の気を抜かず、次のあらゆる行動への準備を、心の中で済ませておくのだと教えた。


「ひとつ、俺が手打ちではない、全身を使った一撃をやって見せる。『流水』ではないが、『居合』という、剣を抜く勢いを生かした、まさに一撃に特化した剣術だ。


 それをまるまる真似する必要はないが、参考にはなるだろう。脚を止めた一撃だが、お前には動きを加味した、連撃へと変化させて、使える様になれ」


 そこでラザンは、手本を見せる為に、一本の大木に向かって、腰を落とし、手に持つ木の枝を剣に見立てて構えて見せる。


 腰に、鞘に刺した剣と見なし、枝を位置づけ、抜いて振った―――筈であった。


 ゼンの目には何も映らなかった。


 腰から大木への横の軌道は、打つ前から予想出来るものだっだ、にも関わらず、ラザンの腕は振り切られ、いきなりの轟音と共に、大木の半ば以上まで枝で打たれ、えぐれた結果のみがそこにあった。


 哀れな大木は、そこから自重によりえぐれた横側に、地響きを立てて倒れ伏した。


 それが、“神速”という領域なのか、腰から剣(枝)を抜き、そのままの軌道で横に振った、その単純な動作が、ゼンの目には捉えられなかった。


「っと、こんな感じだ。『居合』を覚えろ、と言っている訳じゃない。あくまで参考だぞ。


 ちなみに、俺はこの木の枝を折れない様に“気”で強化をしただけだ。身体強化は何もしていない。素の力のみでやった。


 その課題を、ある程度まででいい。こなせるようであれば、次の段階、“気”の修練にも移れる」


 “気”が制御出来る様になれば、身体強化を使える様にもなるが、ラザンとしては、それに安易に頼っても、ゼンの年齢では自ずと限界が見えている。


 工夫して、ゼンなりの動きを編み出し、覚えて、弱さをカバーする事が出来なければ、ゼンは並の剣士以上にはなれないだろう。


 そう考えていた。


「は、はいっ!やってみます」


 修行が新しい段階に入る、その前の試練だ。


 それは、今までせっかく覚えた型を崩しかねない難しい注文だ。それでも、その壁を超えなければ、剣士としての明るい未来は見えて来ないのだ。


 ゼンは、基本の型を維持しつつ、どうやればいいか、自問自答し、試行錯誤して、素振りを始める。


 一度、居合の型を真似し、それを、上段、中断の構えから応用して剣速を速めようと、するが、そうそう上手くはいかず、五里霧中な感じだ。


 構えから、前よりも剣速を速め、踏み込み、身体を捻り、体重を乗せ、身体全体を駆使して一撃を繰り出す。それはあたかも、自身を一つの剣と見なして動く。


 ラザンの教えた通りに、どうやればいいか、どう動けばそれを実現出来るか、ゼンは悪戦苦闘して、かなり難儀している。


 ラザンは、泰然としてそれを眺めながら、自分も『流水』の門下生となった時には、兄弟子達にボコボコにされ、ただただ修練のみであった昔日の日を思いだす。


(ゼンは、ラザンが連日、ボコボコにしている)



 ※



 それまで我流で、父譲りの剣を振るい、そこらの悪党どもをなぎ倒していたが、それは井の中の蛙に過ぎなかった。『流水』は、才能ある若者を集め、少しでも『流水』を習得出来る者を捜し求めていた。それ程習得が難しい、人を選ぶ剣術なのだ。


 なので、その一門に入ってすぐに、世間知らずの天狗の鼻は完璧にへし折られた。


 そんな思い出すら、今は遠く、幻の様な日々だ……


 しかし、そんな自分と比べても、ゼンの物事を覚える習得速度の速さは異常であった。


 自分も、剣術の基礎から覚え直し、鍛えられたクチではあったが、こんなすぐに、上達が形になった覚えはなかった。


 体格から来る問題等、解決しなければならない課題がありはするものの、ラザンが教えるそれは、乾いた砂に水を注ぐが如く、教えれば教えた分だけ覚え、その身に刻み込まれて気持の良いほどすぐに反映され、返って来る。


 その愚直さ、ひた向きさには感心するばかりだ。


 天才がどうの、という問題ではない。その純粋で一途な努力は、我武者羅に一つの方向を目指し、折れず曲げず、真っ直ぐに突き進んでいる。


 『剣術を覚える』『強くなる』


 それはいい。


 だが、その理由、原動力が、『自分が好きな者達の為』『それらを護りたいが為』である事にラザンは、一抹の懸念を覚えている。


 単に、『自分が強くなりたい』と、自らの為である方が、その努力や時間が徒労に終ろうとも実ろうとも、全ては自身の為、と納得も出来るだろう。


 しかし、その目標が、『他人の為』である時に、それを失った時、ゼンはどうなってしまうのか、老婆心ながら心配になってしまう。


 ラザンは、完全に自分本位、自己中心的で、それが一番な人間であった。けれど、そのラザンですら、自分以外の全てを失った時、完全に“壊れ”、我を忘れて暴れまわり、ついには仇をとった。


 皮肉な事に、『流水』の習得で伸び悩んでいたラザンの、超えられなかった段階を、一足飛びに超えさせてしまったのは、あの惨劇のせい、と言っても過言ではなかった。


 その後も心は荒れに荒れ、救いなど何もなく、自暴自棄になりながらも大陸に渡り、流れ流れてフェルズへと行き着いた。


(それが、弟子を取って『流水』を教える事になるとは、な……)


 ラザンが闘技会を終えた後、旅に出ようと思っていたのは本当だったが、その中身は修行の旅、などでは決してなかった。


 そろそろ自分など知らない、本当に遠くの僻地、あるいは魔界にでも渡り、適当に暴れて、何処かで適当な地で野垂れ死ぬ。それこそが、自分に似合いの結末だ。


 そう思っていたのが、あの出会いで、全てが変わってしまった。


 ラザンはフっと自嘲的に笑って、まだ悪戦苦闘しているゼンへと歩み寄る。


 ゼンが、目的を持って修行をし、その結果、フェルズに戻ってどうなるかは、それこそ彼次第でしかない。


 修行が終わった、その時に、二人の道は別れ、離れて行くのだ。


 だから、ラザンに出来るのは、ただその日まで、ゼンを出来得るだけ強く、鍛え上げる、それしかないのだから……。










*******

オマケ劇場


ミ「テコ入れって、もうミンシャの出番ですの?」(ドキドキ)

リ「……違うらしいわよ。それだと修行が一足飛びに飛んでしまうから、だって」

ミ「あら蛇さん、お久しぶりですの」

リ「……別に、そんなに久しぶりじゃないですよ、狂犬さん」

ミ「一途で可愛いミンシャに、なんですかその言いう用は!ですの」

リ「一途な序列一位さんが、どこかおかしいのは確実です!」

(喧々諤々)


セ「あ~、またこういうのが始まってしまった……」

ボ「本当に、二人は仲がいいよね」(ニコニコ)

ゾ「あの二人をそう言うのはボンガぐらいだがな。まあ、多分根っこの部分は仲がいいかもしれんがね」

ガ「友情愛情、表裏一体……」

ル「ぶ~ぶ~。るーも二人と仲良くしたいお!」

ゾ「なら突撃だ。ルフなら許される」

セ「何を意味不明な事を、幼い子に言ってるんですか、あ、ルフ…」


ル「ぎゅぃ~~~ん、お~~~!」

(本当に走って、言い合いしている二人に体当たりするルフ)


セ「………」

ボ「わあ、大変だ」

ガ「…我は影也」(そそくさ逃げる)

ゾ「おー、見事にぶち当たったな」


(その後は、語る者なし……)

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