第3話 修行の日々(2)
※
ところで、ゼンがラザンと修行の旅に出た当初、ゼンは勿論それまでフェルズの城壁の外に出た事は、リュウ達との野外任務を数回こなしただけで、国外はおろか、フェルズの隣りに位置する村や街にすら行った事のない、旅の初心者だった。
それでも、ゼンなりに、冒険者はこう旅をするのだろう、との予想があった。
まず、村や街に着いたら、その場所の冒険者ギルド支部に行き、そこで師であるラザンのランクに応じた仕事を受けて、迷宮等に行くか、野外の討伐任務をこなすかして、その地での仕事を終えたなら、また次の街へと、行商の護衛等を受けて、馬車に同乗して行く。
漠然と、そんな風に考えていた。
そして、普通の冒険者なら、その予想はそれ程の差異はなく、その様に旅を進めるものだ。
ゼンは、リュウ達、西風旅団のメンバーから、フェルズへ来るまでの旅の話を聞き、自分もそんな風に旅をするものだとばかり思っていた。
自分の師匠、『流水のラザン』が、そんなまともな冒険者だとは知らなかった時期の、甘い夢想に過ぎなかった。
『転移ゲート』を出た後ラザンは、いきなり飛竜で「この国の、僻地。強い魔獣が出そうな場所まで飛んでくれ」と注文を出したのだ。
その時、ゼンはまだ知らなかったのだが、古代文明の遺産であり、大陸の形を模して、楕円形に、大陸の要所要所に配置された『転移ゲート』は、転移系の空間移動術が不得手な人間にとってなくてはならない重要施設であり、それが使用出来るのは、とんでもない使用料を払える、裕福な商人か、貴族、王族等を除けば、国から特別な許可を得た者、そしてA級以上の冒険者のみに与えられた特権だった。
そして、そのすぐ側には大抵、どの国でも貴重な飛竜を擁する竜騎士団が存在した。
国賓待遇で迎えてもおかしくない賓客が、その国の何処へ向かおうとも即座に対応出来る様に、とゲートを囲む街が発展していった結果、そうなっていたのだ。
ラザンはそれを承知の上で、修行に最適な土地へと一足飛びに向かえる、最適の手段を選んだのだった。
当然、それなりの料金を取られはするが、ラザンとて、密かにそれだけの財産は蓄えていた。倒した高ランクの魔獣を、冒険者ギルドを介さずに、裏の店に流す等して……。
某ギルマスが癇癪を起こしそうな手段で貯めた高額の金銭。
それで、戸惑う竜騎士に、自分とゼンと、一緒に乗れる大き目の飛竜を依頼し、一路、目的の僻地へと向かわせた。
そこは、広大な森に囲まれた小さな岩山だった。
一部、なだらかな場所もあって離着陸が容易だったので、竜騎士は飛竜をそこに着地させたらしい。
「ここが、この国のいわゆる『魔の森』ですね」
『魔の森』とは、人の手が入っていない、魔物の多い森に大抵名付けられる定番の名前で、各国に一つや二つはあるのが当前だ。地図上では、地名が最初に入り、~~の魔の森、とつけられている。地元民にとっては単に、魔の森、でしかない。
「森の丁度、中心近くにこの岩山があるが、ここが一番奥にあたるのか?」
ラザンは大太刀を肩に乗せ、森全体をを睥睨する。
「いえいえ、まさか。あちらに見える山脈側の方が奥です。山岳地帯の方にも、それなりなクラスの魔獣が確認されてはいますが、こちらの森の方が、魔物の数が多いと思いますよ」
山の方ではなく、森の方に降ろしたのは、そういう意味合いの様だ。ラザンの注文通りと言えるだろう。
「うんうん、弱いのやら多少強めのやら、ゴロゴロいるな。悪くない」
ラザンはニタニタと余り良い印象を感じない、いつもの笑みを浮かべる。弱い魔物は、ゼンの相手にさせるのに手頃だ、と思っている様だ。
※
そちらとはまったく関係なく、ゼンは異国の風景に、自分でも意外な程、郷愁の念を感じていた。
フェルズを出発してから、まだほんの数日しか経っていないと言うのに、あの、城壁に囲まれた、ずっと生活していた場所が、懐かしい……。いや、場所は問題ではなかった。
ゼンが求めてやまないものは、彼を養子として迎えたいとまで言ってくれた商会長、少ししか役に立たない子供を、仲間としてパーティーへ勧誘してくれた西風旅団の四人、彼等のいる、その場所、彼が自分の居場所だと思えた所こそが、ゼンが戻りたい場所だった。
見た事もない広大な森に、遥か彼方には、峻険な山々が連なる尾根、山脈が一方を塞ぐ壁のようにそそり立っている。
もう、戻りたいと思った所で、すぐに戻る事など叶わない遠く彼方の国へ、自分は来てしまったのだ、と肌で実感する。
だが、それで良かったのだ。
自分の周りで起こる突然の不幸、理不尽な死。それが、彼等にこの先絶対に起きないと、どうして言えるのだろうか。
今まで何もなかった事が、もしかしたら、たまたまでしかなかったのかもしれない。いや、あるいは、あの、異常なオークキングとの戦い、それすらも、自分が原因で起きたのでは?
疑心暗鬼に捕らわれたゼンには、理路整然と、それが何故起きたかを、ギルドマスターとその秘書官が説明してみせたというのに、そうとすら思えてしまうのだ。
だから、自分の命を救ってくれた、治癒術士の……。
ゼンは、いつも考えまい、思いだすまいとした記憶にまで考えが及び、ハっと正気付いて頭を振り、暗い考えを文字通り振り払った。
力なき者、未熟な子供の、悲惨な末路。
結局のところ、不幸や不運な運命、それに抗うには、自分自身の力を求めるしかない。
運命を跳ね除けるぐらいの、強い力を。その為の、修行の旅だ。
でなければ、それは旅団のメンバーにも害を及ぼすかもしれない……
あの、闘技会での、楽園の様な光景、その最後に、自分の奥底から沸き上がった、暗い、醜い想い。黒髪の彼女への………
………この想いも、この旅の間に、どうにかしなけらばならない。誰も知らない、知られてはいけない感情。そうでなければ、自分は決して帰る事など出来はしないのだろう。
ゼンが一人、物思いにふけっていた脇では、ラザンがこの森の魔物の情報や、周辺の村や街の情報収集をしていた。
「……と、こんな感じです。街は、南と西に、高い壁を築いた街があり、冒険者ギルドもそちらにあります。村は、あるにはあるのですが、森から時折あふれ出る魔物に手を焼いていて、常に危うい状態です」
「ふむ、成程。時に、この森の魔物、全滅させちまうと、何か不都合があるか?ギルドがあるって事は、魔物の素材目当ての仕事が、ギルドに来てるんだろ?」
「……え、ぜ、全滅って、この広大な森に、どれだけの魔物がひしめいているかは、説明―――」
竜騎士は、言葉を止めて、まじまじとその、どこかくたびれた皮鎧を纏った、飄々とした掴みどころのない、剣士らしき冒険者を見直す。
転移ゲートを抜けて来たのだから、A級以上の冒険者である事は分かっていたが、ここはフェルズとはまったく縁のない、遠い国であったので、そこの『三強』だの『ラザン』だの、という名前も知りはしなかった。
それでも、騎士団で一番大きく気の荒い自分の相棒が、この剣士に対して異常に緊張して、警戒しているのは、相棒である騎士には伝わって来ていた。今も、グルルル、と喉を鳴らして、警戒を解いていない。背に乗せるのも、最初、かなり嫌がっていたのだ。
竜騎士は、中腰になって森を見下ろす剣士の背を見やる。
無防備な様に見えて、一分の隙も見いだせなかった。今ここで、自分が斬りかかったとしても、勝利する自分の映像が、少しも浮かばないのだ。
(もしかして、とんでもなく強い冒険者なのか……?)
自分と相棒の感覚を信じた騎士は、その冗談としか思えない言葉にも、真面目に答える事にした。
「この森は、国でも持て余している場所です。どの貴族も、領地として欲しがりもしない。迷宮ではないので、暴走(スタンピート)の心配はないのですが、どうしても森の外に出て来る魔物を警戒しないといけないので、騎士団が定期的に間引きしているのですが、それも森の浅い個所のみです。うちの騎士団では、深い場所の魔物には対抗出来ません。
なので、冒険者ギルドには常に討伐の仕事が入っていますが、それがなくなったからと言って、冒険者達は困りませんよ。他にも魔物が湧く場所は、いくらでもありますから。
この森の魔物が、もし全滅してくれるのでしたら、国から感謝状が出るのは勿論、貴族への取り立てもあるでしょう」
「いや、そういうのには興味ない。竜騎士で、空から攻めてもいいんじゃないのか?」
「それも、定期的にやってはいますが、飛ぶ魔物もいるので、余り頻繁には出来ません。国としては、竜騎士は温存したい旨もあるようで、本格的な殲滅作戦をやるつもりは……いえ、やったとしても、うちでは数が足りず、完遂には至らないでしょう」
「ん。まあ、そうだな。やるなら、空と陸の両面から行かなきゃ、殲滅も無理か。分かった。遠慮しなくていい場所の様だ。安心したよ」
楊枝代わりの木の枝を咥え、ラザンはほくそ笑む。
その余裕の態度に、もしかして、と灯る、希望の光は、彼等が修行を終え、立ち去ったその後で実現する事を知る事になるのであった……。
※
場所の様子見は充分だろうと思い、竜騎士が森の傍のどの街に送るかを聞くと、ラザンはポカンとした顔をする。
「いや、ここで構わんよ。野営の準備はある程度して来たからな、ご苦労さん。帰ってもいいぜ」
そのアッサリとした言葉に、今度は逆に竜騎士の方がポカンとした顔をする。
「え……いや、でも、ここは森の中ほどですよ?魔物の領域のど真ん中です。野営するにしても、森の端の方が安全で……」
「いやいや。俺等は、修行の為にここに来たんでね。安全でない方が好都合なんだよ。
ゼン。そろそろ行くぞ」
何やら物思いにふけっていた弟子に声をかけ、岩山を軽快な足取りで少しの躊躇いもなく降りて行く。
竜騎士は、いくらなんでも無茶苦茶だ、と茫然とするが、弟子だという少年も、その後ろに従って森に向かうのを見て、やっと本気だと分かった。分かりたくはなかったが。
足手纏いとしか思えない子連れで、修行?自殺行為だろう!
止めるべきだ、と声をかけようとすると、まるでそれを見越したかのように、ラザンはこちらを振り向く。
「色々説明してくれて、感謝するぜ。これで相棒に旨い物でも食べさせてやってくれや。機嫌を損ねたみたいだしな」
と指で弾いて寄こしたのは、一枚の銀貨だった。
すでに料金は前払いで貰っていたのに、気前の良過ぎるチップだった。
口数の少ない感じだった少年も、こちらに向かい、頭を下げて師匠の続いて森へと降りて行く。その歩みにも、恐れや戸惑いは感じない。
「……正気、なのか……?」
銀貨を掴んだ手を見て、呆気に取られる一人と一匹だった。
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オマケ劇場
ミ「じゃーん。恒例になる従魔劇場ですの。今回は、あたし達が出るまでまだ間がありますので、従魔になった順番を説明するですの」
セ「そういのって、ネタバレとかじゃないのかな……」」
ミ「いいんですの!これで、早くから従魔になった序列を明らかにして、あの〇〇にはっきりさせるですの」
セ「あ~、だからボクが説明役に来てるんだ……」
ミ「では、序列第一位、一番始めに従魔になった、コボルトのミンシャちゃんですの!」
セ「別に序列とか、主様はつけてないと思うけど。あ、二番目に従魔になった、ユニコーンのセインです」
ボ「三番目はロックベアーのボンガです。偉くも強くもないけど」
ガ「序列四位、シャドウウルフ、ガエイ……」
リ「………五番目。ラミア、リャンカ、デス」
ミ「あれあれ~?いつもうるさい蛇さんは、結構後ろの方だったんですの~」
リ「こ、この犬っころ、分かっていてやってるでしょーが!」(怒)
喧々諤々。
ル「お?揉めてるお?六番目、ロック鳥のルフだお!」
ゾ「最後、七番目のソードウルフ、ゾートだ。ちなみに、某ゾ〇ドは関係ないらしい。マシン〇ボの方が元ネタだってよ」
ミ「綺麗にまとまった所で終りですの!」
リ「メタい!ちっとも綺麗じゃない!」
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