第24話 イコンな二人 6

「どういうきっかけで仲良くなったか?」清人は尋ねた。


「そう」


「きっかけか…うーん………」


 清人は頭を抱えた。真子は依然として真っ直ぐ清人を見つめていた。


 しばらく熟考した後、清人は真子の方を向いた。


「ごめん、春川さん。ちょっと何がきっかけで仲良くなったとか思い出せないんだ。入学当初から同じクラスで色々と話してて、それで……って感じにしか答えられない」


「そうなの」


「うん、ごめん」


「謝る必要はないわ。こちらこそ無理言ってごめんなさい」


 そう言って真子はもう一度コーヒーを口にしたが、カップを置くとまた


「徳井君のことはどう思っているの?」と尋ねた。


「健次郎? 健次郎は……俺たち三人の中だと一番普通な人っていうか」


(普通な人って)


 隣の席で健次郎は少しショックを受けた。


「いや、普通な人っていうのは『凡庸』って意味じゃないんだ。常識があって、俺や善幸がたまにいき過ぎたことするといつもそれを引き止めてくれる感じで……だから健次郎にはいつも感謝しているよ」


「そうなの」


「健次郎が野球部なのは知ってるでしょ?」


「ええ」


「本当に部活に熱心に打ち込んでいて、そのことは本当に尊敬しているんだ。先輩も後輩も多いから、板挟みになって苦労してる話とか何度も聞いたけど、先輩に対しては敬意を持ちつつも言うべきことは言って、後輩に対しては優しくも厳しく愛を持って教えている」


「なるほどね」


「俺が困っている時も率先して相談に乗ってくれるし、感謝してもし足りないくらいだよ」


 健次郎は隣で聞いていて気恥ずかしい気持ちになった。でも、それを大きく上回って嬉しい気持ちだった。


「村岡君は?」さらに真子は尋ねた。


「善幸は……とにかく変な人って感じだな。そうでしょ?」


「そうね」


(『そうでしょ』『そうね』!?)善幸は愕然とした。


 健次郎と一花は笑いを堪えつつも静かに頷いた。


「善幸は何と言うか『天才型』なんだと思うよ。正直言って俺は善幸から学ぶことって物凄い多いんだ」


「そうなの」


「うん。あのバイタリティーと行動力は見習いたいと思ってる。文ちゃんと一緒に新聞部を頑張ってやっていて、文章も本当に面白くて独特な感性がある感じがする」


「確かにそうね。面白い記事を書くわよね」


 善幸は思わず叫びたくなるほどの嬉しさがこみ上げていた。何より文学に精通している二人から『文章が面白い』と評価されるのは、新聞部部長として至高の喜びがあった。


「二人から学び、助けられることが多いのね」


「……そうだね。俺たち三人は、他の人からも『どうやって仲良くなったの?』みたいに聞かれることがあるんだよね。まあ性格とか趣味嗜好とかが全然違うからなんだろうけど。でも性格や趣味嗜好が違うからこそ、自分に無いものをお互い持っていて、学び合えることができるんじゃないかな」


「……確かにそうね。でもそういうことって大の大人でも中々できないことだと思うわ。価値観が違う人を認めない人というのは凄く多いから。それができて円滑に交友関係を築けるというのは誇って良いことよ」


「そうかな。ありがとう」清人は少し照れ気味に答えた。


「蘇我さんのことはどう思ってるの?」


「蘇我さんは……あれ、前も言わなかったっけ?」


「そうね、もう一度聞きたいの」


 あまりにも真子が飄々とした感じで言うので、清人は特に疑いもせずに答えた。


「蘇我さんは、やっぱり学級委員の仕事をきっちりやるケア上手な人ってイメージだな。それはずっと変わっていない。本当に真面目で、話してても柔和な雰囲気が伝わってきて話しやすい人だよ」


「確かにね」


「春川さんはどう思ってるの? ぶっちゃけ春川さんの方がずっと仲良いでしょ?」


 真子は少し戸惑いの表情を見せた。清人は「あれ、無茶振りだったか?」と一瞬考えたが、どうも急に話を振られたからという理由で戸惑っている感じでもなさそうだった。真子は少しためらって


「……そうね、蘇我さんには私も感謝しているわ。私に積極的に話しかけてくれるのは彼女ぐらいだから」と答えた。


 清人は教室でよく話をしていた真子と一花の二人を思い出した。


「私も彼女にはたくさん助けられていると思うわ。感謝しないとね」


「そうだね、俺もかなり助けられてる。蘇我さん一人にクラスのこととかも任せてしまっているしね。今度から手伝える部分は手伝っていきたいね」


「本当にね」


 隣の席の一花は、嬉しいを通り越して顔を赤くして泣きそうな表情をしていた。


 一花にとって、真子と清人の二人がここまで自分を見てくれていて、さらにここまで褒められるとは全く思っていなかったからだ。


 一花は我慢していたが、耐えきれずに嗚咽した。声を出さないように気をつけていたが、どうしても無理で声が出てしまった。


 健次郎と善幸は嗚咽している一花を慰めようとしたが、あまり声を出すこともできず、一花のすすり泣く声を止めることができなかった。


 清人は隣の席で嗚咽の声を聞き


「大丈夫ですか?」と尋ねた。


 実は清人はこの時にはまだ隣に三人がいることに気づいていなかったが、善幸は早とちりで「もう無理だ」と判断し、決心した。


 善幸は席を飛び出し、清人の前に現れた。


「清人!」


「善幸、どうしてここに?」


「心の友よ!」


 善幸は思いきり清人の肩を組んだ。


「え、ジャイ○ン!?」清人は咄嗟のことで驚いた。


 すると隣の席からさらに健次郎と一花が出てきた。清人はもうパニックだった。


「え、三人ともいつから……?」


「悪い、鎌倉駅で待ち合わせをしている時から」


「ごめんね、でもさっきの言葉嬉しかったよ。ありがとう」


 一花は少し赤くなった目で言った。


 一花の言葉から察するに、さっきの会話は全部聞かれてしまっていたと考えると、急に清人は恥ずかしくなった。あまりにも正直に三人への思いをぶちまけてしまったからだ。


 清人はふと真子の方を見た。真子は意味深な微笑を浮かべているだけだった。


「春川さん、まさか……」


「……あなたの『正直の美徳』は、もっと多くの人に知ってもらうべきよ」


 真子はまた、飄々とした感じで言った。

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