第22話 イコンな二人 4
二人は極楽寺切通しを歩いた。切通しは狭い道で左右が高い壁のようになっていて、周りにはお墓などがちらほらあった。
「何というか……歴史を感じる道だね」
「いわば軍用道路なのよ。敵に攻められた時にすぐに防げるように道を狭くしているの。事実、新田義貞はこの極楽寺切通しを通って幕府に攻め入ったのよ」
「へえ……」
「鎌倉はそう考えると『天然の要害』なのよね。三方を山に囲まれていて、南は海という地形だから非常に守りやすいの」
「そうなんだ。鎌倉に狭い道や坂道が多いのも、ちゃんと意味があるんだね」
「ふふ、そうね」
二人はそんなことを話しながら切通しを抜けて、長谷の方へ歩いていった。道なりに行くと長谷駅が見え、様々なお店が見えるようになった。
「長谷の方に来ちゃったね」
「どうする?」
清人は少し考えて
「せっかくだから、大仏でも見ようか」と言った。
「そうね」真子も同意した。
こうして二人は長谷駅から高徳院の大仏まで続く長谷通りを歩くことになった。長谷通りは観光客でごった返していて、極楽寺に比べると若者の数も非常に多く、外国人の姿もよく見られた。
「やっぱり凄い人だね」
「だって鎌倉観光のメインストリートだもの」
二人は人混みをかき分けながら進んだ。そしてその二人の後を、健次郎・善幸・一花の三人はついていった。
「ふう、これだけの人混みなら尾行もやりやすい」
「しかしこの辺は美味そうな店が多いな」
「見て、紫いもソフトだって!」
健次郎と一花はすっかり観光気分だった。
「ちょっと二人とも、もう少し緊張感を持つべし!」善幸は注意した。
清人と真子の二人はそのまま高徳院に入っていった。時計はまだ昼の2時を指していた。
入り口に入って少し進むと、中には大きな大仏の姿があり、大仏周辺はすでに人だかりができていた。
『荘厳』
清人の大仏に対する第一印象はそれだった。青く晴れた空の下に鎮座する大仏の姿は、どこか不自然なようでもあり、空に負けない雄大さを示しているようでもあった。
「……やっぱ凄いね、荘厳な感じがするよ」
「本当ね」
「春川さんはどう思う?」
「与謝野晶子と同じ感想ね」
「どういうこと?」
「『美男』だと感じるわ」
「へえ、与謝野晶子がそんなこと言ってたんだ」
「大仏様を見て『美男』って表現するなんて、大胆よね」
清人と真子は二人してじっと大仏を見つめた。
なるほど、『美男』と感じるのは分からないではないと清人は思った。奈良の大仏が『優雅』『慈悲』のイメージだとすると、鎌倉の大仏は『荘厳』『畏怖』といった印象があるなと清人は感じた。
「……来て良かったよ、春川さん」
「どうして?」
「何ていうか、小学生の頃に見た時とまるで感想が違ってくるというか……」
「なるほどね、それは分かるわ」
「『一度見れば充分』って訳でもないんだろうね、きっと。歳を重ねることで分かる部分、分かる魅力というのもあるんだと思う」
「お爺ちゃんみたいなこと言うのね」真子は微笑を浮かべた。
「そうかな」清人も微笑んだ。
二人はしばらく大仏の前で佇んでいたが、大仏前は徐々に混雑していった。二人は邪魔にならないよう隅の方へと移動した。
「……そろそろ戻ろうか」
「そうね」
大仏見学を済ますと二人は高徳院を出て、また長谷通りを歩いていった。
「せっかく色んな店があるから、またどこか入ろうか」
「そうね、長谷のお店はあまり入ったことがないの」
二人は店を探した。あまりにも多くの飲食店、土産物屋があるので迷ったが、雰囲気の良さそうなカフェを清人は見つけた。
「あそこにしようか」
そう言って二人はカフェ『ポラーノ』に入っていった。二人はまたしても窓際の席に座り、尾行していた三人は二人の位置を確認することができた。
善幸は店内の二人を見て、とっさにスマホを取り出して『ポラーノ』を調べた。
善幸はしばらくスマホを凝視していたが、急に健次郎と一花の方を振り返り、にやりと笑った。
「どうしたんだよ?」
「健次郎、これはチャンスかもしれんぞ」
「何が?」
「『ポラーノ』の店内写真を見てくれ」
善幸は二人にスマホを見せた。
「へ〜お洒落な雰囲気だね」一花は答えた。
「お洒落は置いといて、あの二人の会話が聞こえるところまで近づけるかもしれない」
「マジでか」
「店内写真を見る限り、このカフェは仕切りはあるものの半個室状態。つまり隣の席をのぞき見ることはできないが、会話などはある程度聞き取れることができるという訳だ」
「なるほど。隣の席が空いていれば、二人にバレずに会話が聞こえる位置までいけるってことだね」
「そうとなると今すぐ店に入った方が良いな。あの二人の隣の席が空いてるか分かんねえし」
「その通り! 行こう」
こうして三人もまた『ポラーノ』に入っていった。幸い席は自分たちで選べる形式で、三人は清人と真子の隣の席を確保することができた。
「ついてるね、私たち」
席に着いて、一花は小声で囁いた。
「全くだ。しかもこの席なら、二人がトイレに立とうが会計に向かおうが我々の前を通ることはない絶好の位置。上手くいきすぎて怖いくらいだ」
善幸も小声で話した。
三人は耳をすませてみた。そうすると隣の清人と真子の会話が聞こえてきたので、三人は机の下で互いにガッツポーズをした。
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