第3話 奇妙な二人 3

「春川真子嬢! 蘇我一花嬢! 我々と一緒に帰りませんか?」善幸は大声で二人に声をかけた。


「俺たまにあいつの度胸が羨ましくなるよ」健次郎がボソッと言った。


「俺もだ」


 清人はそう言いつつも、善幸のこの度胸は新聞記者として必要なのだろうなとも考えた。


 真子と一花は驚いて振り返ると


「あ、賀野君!」と一花が声を上げた。


「ちょうど今賀野君の話してたんだよ!」


 一花は無邪気な笑顔でそう言った。清人は真子の表情を注意深く観察したが、真子の方は特に変化が見られなかった。


 こうして結局五人で帰ることになった。どうやら一花と健次郎・善幸は藤沢、清人は大船、真子は鎌倉が最寄駅だということが分かった。


「そういえば清人の話って何?」健次郎が尋ねた。


「ほら昨日雨が降った時に、お婆さんに折り畳み傘を貸していたじゃない? あれのこと」


「何と! さすが清人! これはまた記事にさせていただきますぞ!」


 三人は口々に清人のことを褒めた。清人は照れくさそうに笑いながらも再び真子の反応を窺ったが、相変わらず真子の反応は分かりづらかった。


(俺に興味が無いんだろうな)


 清人は若干悲しくなったが、まあそれもしょうがないという気持ちになった。


「ね! 春川さん、賀野君って本当に凄いよね!」一花が真子に話を振った。


「凄いと思うわ。中々できることではないもの」

 

 真子は静かに、でもはっきりとした口調で言った。思いがけない真子からの賛辞に


「そ、そうかな……」としか清人は答えられなかった。


「お、清人照れておるな?」


 善幸が茶化しそうな感じになったので、健次郎は慌てて話を遮った。


「そういえば春川さんって歩いて帰るのって珍しくない?」


「確かにそうだよね、いつも車だもん」


 真子は基本的に車通学だった。いくら私立といっても駅に近いこの高校でわざわざ車で送り迎えされている生徒は珍しく、それもまた真子=高嶺の花のお嬢様のイメージを際立たせていた。


「最近父の仕事が忙しくてね、これからしばらくは電車で通学しなさいって」


「お父さん何の仕事してるの?」


「作家をしていて…ペンネームは『二階堂栄一』と言うの」


「二階堂栄一!?」清人と善幸は同時に驚いた。


「びっくりした、知ってんのか二人とも?」


「もちろん! 二階堂栄一といえば重厚な社会派作品を手がけるノンフィクション作家の重鎮ではないですか!」善幸は興奮気味に答えた。


「俺も代表作は読んだことある。『教育飢餓』っていう、確か子供の貧困をテーマにした作品を」清人も柄に無く少し興奮していた。


「へ~そんな凄い人がお父さんなんだ!」一花は目を輝かせて真子を見つめた。


「ありがとう、父の作品って結構大人向けだから、賀野君と村岡君が知っていて驚いたわ」真子は笑顔で答えた。


「確かに、清人はともかく善幸が知ってるなんてな」


「いやいや、この前テレビにも出ていた! ダンディーな英国紳士のようなおじ様だったので凄く印象的で……」


 そこから先は、しばらく真子の父のことで話が盛り上がった。そうこうしている内に茅ヶ崎駅に到着し、東海道線の上りのホームで五人は電車を待っていた。


「あれ? そういえば清人のお母さんも作家じゃなかったっけ?」健次郎が口を開いた。


「え、そうなの!?」


「それは初耳ですぞ!」


 急に家族の話を振られたので、清人はうろたえた。あまりに期待されている感じだったので、清人はおそるおそる答えた。


「いや母は童話作家なんだよ、ペンネームは『夜川そら』って言うんだけど……」


 五人は静まりかえった。どうやら誰も知らないらしい。


(だから言いたくなかったんだ)そう清人は思った。


 過去に母のペンネームを伝え、こうやって静まりかえることがたびたびあったからだ。


 健次郎も少し申し訳なさそうな顔をしていた。健次郎まですべらせたような空気にしてしまったのは本当に申し訳ないと清人は思った。しかし


「今度お母様の作品を貸してよ」


 沈黙を破るように、真子は屈託のない笑顔で言い切った。


「あ、うん。ちょっと最近色々出してるから最新作を渡すよ」


 清人は正直嬉しかった。童話というターゲットが限られているジャンルに興味を持ってくれたこと、そうでなくても気を遣ってくれたのが嬉しかった。


「あ、今度私にも読ませて!」


「お、俺も」


「俺も!」


 他の三人も口々に読みたいと言ってくれた。清人は少し感激した。気を遣わせてしまったのは申し訳なかったが、本当に良い友人だと思った。


 そうこうしている内に4番ホームに電車が到着した。わりと早く着いたので帰宅ラッシュにぶつかることも無く、乗客の数もまばらだった。五人は順番に乗り込んでいった。


「そっか、だからお父さんが車で迎えにきてたんだね」一花が口を開いた。


「そうね。父は作家だから家にいることが多くて、時間の都合がつけやすいから」


「そうなんだ。そういえば賀野君のお父さんの方はどんな仕事してるの?」


 清人は一瞬たじろいだ。どう言うべきか迷った様子だったが、意を決して答えた。


「父親は会社経営をしているんだけど、三年前に離婚しちゃって…だから俺は今母と二人暮らしなんだ」


「あ、そうなんだ…ご、ごめんね、変なこと聞いちゃって……」


「いやもう三年も前のことだから全然大丈夫! 父親ももう再婚してるし!」


 清人は慌ててフォローした。何度も一花に気を遣わせてしまったのが申し訳なかった。健次郎と善幸は事情を知っているのであえて何も言わないでいてくれた。


 そして電車は藤沢駅に到着した。時間でいうと茅ヶ崎~藤沢間は7分程度だったが、とても密度の濃い7分だったと清人は思った。


 両親の離婚の件をいきなり二人に話すことになるとは思わなかったが、この二人の人の良さに、あまり隠し事をしたくないと清人は思った。


「じゃあ二人ともまた明日ね」


「お疲れっす」


「清人! また会う日まで!」


 一花・健次郎・善幸の三人は藤沢駅で降りていった。三人を見送って、清人は何かを忘れているような感じがした。


(あれ、これって……?)


 清人は愕然とした。三人が藤沢で降りれば、真子と二人きりになるということを今の今まで気付かなかったのだ。


 ふと真子の方を振り返ってみると、真子はこちらをただただ真っ直ぐに見つめていた。

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