第15話「Dランクダンジョン【空久保】」

『のど飴でも飲んでおけ』

「サンキュー隊長」


 次の日、声が枯れ気味の俺にロボットであるアギダイン──隊長がのど飴をくれた。


「今日は学校から直でダンジョン行くから、全員メダルに入っててくれよ」

『了解』


 メダルに入っていなければ隊長はPCを、アリスは漫画を、秋月丸は昼寝か訓練をやっていただろうが、残念ながら今日はそれは出来ない。

 登下校の一時間すら惜しんだ俺は、彼らをメダルに戻し、学校へ向かう。

 メダルキャラはメダルにいる間、意識はどうなっているのだろう? 実はメダルの中には家があって滅茶苦茶快適だったりするのだろうか?


 秋月丸は首にペンダント型のメダルケースに仕舞い、アリスと隊長は腰につけたメダルホルダーの中だ。答えを聞くことは出来ない。

 学校につき教室に入ると違和感を覚える。


 いつもならこの時間帯には真那が既に教室に居て、俺が席につく頃には寄ってきて挨拶をしてきた筈だ。

 だが、真那は教室の何処にも居ない。

 そして、放課後になっても真那は登校してこなかった。


 ◆


 ここはとあるダンジョンの入口がある冒険者支部。人気がないダンジョンな事もあり、ロビーには人が居ないため先に秋月丸達を出す。

 アリスが昨日買った服はメダルではないため、服は家においてきて今は最初から着ていた動きやすい服装に戻っている。


 そして、電子機器などのダンジョン内に持っていけない物はロッカーにしまい込み準備を整えていた。

 隊長には『発声装置』を取り付けた。

 無駄遣いするなと言われそうだけれども、やっぱ文字より言葉でのコミュニケーションの方が良い。


「ダンジョンの時間だ!」

「ガウッ!」

「……」

「テンション高いですね」

「そりゃ待ちに待ったダンジョンだからな」

「ココはどんなダンジョンなんだ?」

「Eランクダンジョン【空久保】。不意打ちしてくる敵とかはいないから入ってから少しずつ説明する。じゃあさっそくレッツゴー!」

「いや、先に情報交か──ああ、もうっ」


 秋月丸と一緒にテンションを上げて前に進む。一瞬、隊長が何か言いたそうにしていたが、俺たちを止めるにはもっと早く言うか首輪でもつけないと。

 さっそく死んでも文句言いませんよ的な書類にサインをしてダンジョンの入り口へ。

 冒険者カードを入り口にかざしロックを解除。入り口が鎮座している部屋へ向かう。


「寂しい部屋ですね」

「Cランクダンジョンとか、人気のダンジョンとかなら広告が貼られてたりするらしいけど、このダンジョンは別に人気ないしなぁ」


 そのせいで壁に貼ってるとしたら『Dランクダンジョン【空久保】』という看板くらいだ。


「そういえば、この前隊長さんが召喚者同士が同時に門を通っても別の場所に出るって言ってたんですけど、私達メダルに戻ったほうが良いんじゃ……?」


 PCで何を調べてるのかと思えば、ダンジョンについて隊長は調べてたのか。


「メダルと召喚者は一緒に出る仕組みらしいから大丈夫だ」

「ならよかったです」


 アリスはほっと胸をなでおろす。


「じゃあ行くぞ」


 部屋の奥に置かれていた石の門。飾りっ気のないこの部屋にお似合いな無骨さだ。

 俺たちは奥が見えない中央の光に向かって足を踏み入れた。

 門の先には、湖が広がっていた。

 青い空。白い雲。涼しい気温に生い茂った草木。森の中にある湖は随分と絵になる。


「ここが楽園か」

「わぁー。綺麗な場所ですね!」

「水か……」

「ガウガウッ」


 俺と真那は景色の綺麗さに見惚れていたが、人間以外に景色を鑑賞する心はないらしい。

 多分隊長は顔を顰めていそうだし、秋月丸は敵はいないのかっ!! と匂いを嗅いでいる。

 少し呆れてしまいそうになるが、今日はここにピクニックをしに着たわけではない。


「それで、ボスは何処にいるんだ?」

「ボスならいない。今日の目的はコレだ」

「あ、お金ですね!」

「正解だ。と言うわけで隊長、やる気出して行こうか」

「何故俺にだけ……と思ったがアリスは何故かやる気だな。昨日なにかあったのか」

「ちょっとな。まぁ、何もなしでやる気を出すってのは難しいし一つ考えたことがある。今回の稼ぎ次第で、今後も隊長に『発声装置』を使えるかが決まる」

 

 やはりやる気を出すのにはご褒美が一番だ。

 しかし、喜ぶと思ったが隊長の反応は芳しくない。手を口に当ててうーむと唸っている。


「嬉しくなかったか?」

「そういう訳ではないが……。もうすこし優先するものがあるだろう」

「多分大丈夫だ。色々計算してみたけど、『発声装置』を買うくらいの余裕はありそうだし、それとも別のヤツのほうがいいか?」

「いや、そういうことなら発声機で頼む。声がない状態だと連携が取りづらい」

「確かに、雑談もしにくいしな」

「いや、そっちは困ってないが戦闘中にいちいち文字を読む余裕がないだろう」


 もっと日常的欲求からの望みかと思ったら非常に合理的な判断だった。バーサーカーかな?


「さて、さっそくお金稼ぎと行きますか。秋月丸、レッツらゴー」


 ◆


 秋月丸がクンクンと敵を探しながら歩く時間を使って、このダンジョンの特徴を隊長たちに説明をする。


「先に敵の情報を伝えなかった理由は唯一つ。敵の種類が滅茶苦茶多いからだ」

「具体的にはどのくらいいるんですか?」

「45種。犬っぽいやつから魚や鳥まで色とりどりのモンスターがいるな。事前に一つ一つ教えてたら時間がかかる」

「昨日のうちに教えてくれれば、調べて全て覚えていた。次からは事前に連絡してくれ」

「それもそうだな。悪い」

「ガウッ」


 秋月丸からの合図。この吠え方は他の生物を見つけたときの声だ。

 俺、隊長、アリスは気を引き締めて静かに秋月丸の目線の先を追っていく。

 そこにいたのは木の上から俺達を観察している緑色の大きめな鳥。


「コイツは」


 ネットで得た情報を周りに伝えようとした時、アリスが口を挟んできた。


「【緑食鳥】。植物を主な餌として糞に種を仕込む植物型モンスターの運び屋。攻撃方法は爪による引っかきと嘴による突き。向こうから仕掛けてくることはないはずです」


 突然饒舌に解説を始めたアリスに、俺を含めて全員ぽかんとしてアリスを見てしまう。

 え、滅茶苦茶詳しい。俺よりも詳しい。

 目線を集めていることに気がついたアリスは先程までの堂々とした態度は何処行ったのか。

 顔を赤くして、けれども【緑食鳥】を視界に入れながら恥ずかしそうに口を開いた。


「いや、昔師匠から聞いたことがあって」


 個人名とランクばかり見ていて忘れていたが、アリスのメダルキャラ名は【モンスターハンター見習い】だ。

 過去に何があったのかしらないが、アリスは師匠と呼ばれる人物から教えを請うモンスターハンターだったのだろう。

 事前に調べた際にあったモンスターに強いという情報はここからか。


「どうしますか。倒しますか」


 予想外な展開に驚きはしたが、これはアリスの力を確かめられる良い機会かも知れない。


「一人で倒せるか」


 一人という言葉に驚いたようだがアリスはコクリと頷く。


「隊長と秋月丸は俺の護衛。アリスは一人で好きなように戦ってみてくれ」


 アリスの実力を正確に判断するために、ここにいる全員の視界を俺とつなげる。


「分かりました」


 アリスが素早く腰につけた短剣? ダガー? を引き抜くと緑食鳥がいる木とは別の木に向かって勢いよく走り、飛んだ。

 そしてその木を蹴り、また別の木に飛び移る。

 凄まじい身体能力。重い鎧などを着ていない、身軽な装備だからこそ出来る芸当だろう。

 あまりにも力強い蹴りは木を揺らし、別の木にいたはずの【緑食鳥】が驚きのあまり羽を羽ばたかせて空へ逃げようとしている。

 だが、アリスは更に木を蹴り空に飛び上がっている【緑食鳥】を短剣で一刀両断にする。


 三角飛び、とでもいうのだろうか。凄まじい力だ。

 秋月丸でも出来るか分からない技術だろう。

 確かこの前壁走りを練習していたが、その応用で少しくらいなら出来るか?

 アリスの視界を見ていて少し眼が回りそうだが、この力はCランクに相応しい力だろう。


「ふぅ。……どうでしたか? ちゃんと戦えてましたか?」


 先程までの勇ましい雰囲気は何処に行ったのか。いつのものアリスが戻ってきた。

 心配そうなアリスに、俺は笑顔で答える。


「期待以上だ! 次もアリスだけで行ってみようか。アリスの力をもっと見たくなってきたよ」

「えへへ。ちょっと恥ずかしいけど、がんばります」


 アリスはダガーを仕舞い空いた手を胸の前に持ってきて軽く握る。やる気充分だな。

 隊長はアリスみたく分かりやすいわけではないがしっかしりとテキパキと動いていた。さっきだって、アリスが動くと同時に俺を守るように動いていたし。


 隊長なら探せば拡張パーツで視界の一つや二つ増やせそうだし、前後左右上下全てを守れる護衛になれるかも知れないな。まぁ、そんなに視界が増えたら俺が処理しきれない気もするけど。

 今回はメダルがドロップしなかった為新たな金づる……もといモンスターを求めて歩き続ける。


『いいのか、今回は出口に向かわなくて』

「実は今進んでる方向が出口だから大丈夫なんだ。前と違ってこのダンジョンは階層がないだだっ広い空間ってだけだし、逆方向にさえ進まなければいい」

『そうか。ならいい』

「ガウッ」

「おっ。ようやく敵か」


 さっそく行こうと思ったが、音がおかしかった。

 これは既に戦闘が行われているかのような音。


「別の冒険者がいたのか」


 音のする方向には大学生くらいの男とそのキャラがモンスターと争っていた。

 人気があるダンジョンではないとはいえ、流石に俺達以外もそりゃいるよな。


「はい回れ右。別にピンチって訳じゃなさそうだし別の敵探すぞ」

「ガルゥ」


 せっかく敵を見つけたのにとガッカリしながら秋月丸が指示通りに別の敵を探し始める。

 そして5分後、ソイツはいた。

 緑食鳥とはうってかわり戦う気満々の、獣の骨がカタカタと顎を鳴らし俺達を見ている。


「あれは──」

「【ボーングル】の犬タイプ。南部の特定の地域にしか生息していない……あれ? 何処だっけ?」


 俺の解説が奪われてしまった。頑張って覚えたのだが意味がなかったような気がして少し残念な気持ちになるが、切り替えて戦闘に集中しないと。


「さっき通りに頼む」

「行きますっ!」


 さて、さっきと違い今回の敵は明確な弱点と強みが存在する。

 負けることはないだろうが、アリスが何処まで知っているのか、これで判断できるかも知れない。


「やあ!」


 アリスは気合を入れるように声を出すとともに前にジャンプし、【ボーングル】を飛び越える。

 そして飛び越えざまに鞘にはいったままのダガーをヤツの背中に投げつけた。

 鞘にはいった鞘の側面に、押さえつけられるようにボーングルは地面に転んだ。

 アリスは腰から新たに短剣を取り出し、着地。

 敵が立ち上がる間もなく柄を使って下腹部を殴打した。


 骨は砕け、犬型の骨の敵は前足だけで、体を引きずるようにアリスに攻撃を加えようとする。

 だがそれよりも前に白骨に混じった、たった一つの真紅の骨をアリスが砕く方が早かった。 


 先程までの威勢は何処に行ったのか。【ボーングル】は動きを止めて崩れ落ちる。

 Cランクだから勝つのは当然。それだけの感想で今の戦闘を言い表しちゃいけない。


「終わりました」

「分かってたのか? 赤い骨が弱点って」


 あのモンスターの弱点こそがあの赤い骨だったのだから。いや、弱点というよりも核と行ったほうが良いだろう。

 あの真紅の骨を折ったり砕いたりしない限り、奴が死ぬことはない。

 たとえその他の骨が粉々に砕かれたりミキサーに欠けられたりしても奴は蘇生できる程の馬鹿げた再生能力がある。


 赤という目立つ色だからこそ所見でもあまりにも勘が悪くない限り、戦闘能力もものすごく高いというわけでもないため勝てるだろう。

 もしも色が他の骨と変わらなかったら恐ろしいことこの上ない。


「勿論です。すっごく勉強しましたから」


 何処か誇らしげに答えるアリスに、俺は嬉しさを隠しきれなかった。

 同じCランクキャラクターでも、性能には天地の差があると行っても良い。だが、ハッキリと言える。


 アリスは外れじゃない。しかも俺がいま一番必要とするタイプだ。

 モンスターの弱点を知っていて、どう動けば良いのか分かる。

 しかもCランク以下のメダルキャラクターなんて、どいつもモンスターがメダルキャラクターになっている奴ばかりだ。

 つまり、次の大会でアリスはかなり有利に戦闘を運べるだろう。


「そうえいばドロップしましたよ! 初ドロップです」


 目を輝かせてアリスは俺にメダルを渡してくる。その眼は輝いていてドキドキ・ワクワクといった感じだ。

 正直こういうボスでもない普通のモンスターから凄いメダルが出ることは滅多に無いことだ。

 アリスの期待に答えられるようなメダルじゃ無いだろうなと、困ったように苦笑しながら俺はメダルの鑑定を行う。


 ──キャラクターメダル。【ボーングル】


「今のモンスターのキャラクターメダルみたいだ」

「えっと、じゃあ仲間になるんですか。ど、どうしよう。私、すっごく骨折っちゃいました」


 アタフタとするアリスに少し笑いながら俺は答える。


「いや、これは売るよ。少なくとも凄いメダルが来るまで基本的にはメダルは売る事になると思う」

「そうですか。ならよかったです」

「ホッとしてるけど、別に呼んだとしてもアリスの事は覚えてないと思うぞ?」


 だいたい、倒したモンスターと同種族のメダルが落ちるっていうのはよくあることだが、同一個体なのかどうかは意見が別れてるしな。

 

「ならいいんですけど」

 

 その後、アリスを主体に何十体もモンスターを倒し、空久保ダンジョンのでの冒険は幕を閉じた。


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【空久保】ダンジョン 成果

  

 獲得スキルメダル───Eランク×10

         ───Dランク×1

   キャラメダル───Dランク×1         


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