第7話



あれから数日経って私は何かそわそわしていた。あの奈々ちゃんの好きな人の件がとにかく頭を占めていた。

直接聞きたいから次会った時に聞けばいいかと思ってまだ何にも聞けてないけど気になって仕方ない。

上手く行ったかな?ちゃんと付き合えた?それとも……いや、絶対上手く行くはず。あの子いい子だもん。上手く行かなかったら理由によっては相手を粉微塵にしてやりたいけどどうだろう?可哀想だから早く幸せになってよ本当に……。




次会えるまでの日々が長く感じ過ぎてふとした時にまで気になってしまう私にひいちゃんは気味悪げに話しかけてきた。


「朝海なんかどうしたの?変な酒飲んだの?」


朝早い時間に来てご飯を食べながら卓上カレンダーを異様に見つめていたのをひいちゃんは引いた目で見てきた。


「いやさぁ、こないだ美女と友達になったって言ったじゃん?その子ね、もういい人いるみたいで話し聞く限りだと行かないと損しそうな人なんだよね」


「へー。あぁ、奈々ちゃんだっけ?まだ行ってないの?」


「あ、そうそう奈々ちゃん。詳細はまだ分かんないんだよねぇ。次会ったら直接聞こうと思ってるんだけど行けたかなぁ?」


「いい人なら行けたんじゃない」


ドライな反応をされたが私はそわそわしてしまう胸の内を話した。




「行けたよねぇ?だって話を聞く限りだといい感じの人だったんだよ。もう絶対上手く行ってほしくて落ち着かないんだけど私」


「なんか不気味だから落ち着きなよ」


「いや、それは分かってるんだけどなんかもうダメなんだもん。どうしようひいちゃん。なんかあった時のために直接聞きたいから聞かないけど……気になり過ぎてもう心配」


「親かよ」


「確かに」



的確な突っ込みを入れられてハッとするも心配は消えない。こんなに人の幸せを願うのっていつぶりだろう?って感じだけど散々泣いてるのを見てるから幸せになってくれないと私が辛い。


「でもね?こないだ会った時もさ、また泣いててさ~。まぁ、別れたばっかだから泣いちゃうのも分かるけど可哀想でさぁ~」


「人生七転び土砂災害だもんね。泣くよそりゃ。しんどい時の方が多いもん」


ひいちゃんの人生の表し方に私は非常に納得した。

人生は失敗の方が多いがその失敗で沢山の事を学べる。しかし、起き上がるのはとても大変なのだ。


「それね。本当に。まじで毎日生きてるだけ偉いよね?」


「ね。いろいろあり過ぎると涙も出ないし。辛い日々ありすぎて過去を忘れたいもん」


「分かる~。幸せに迷走し過ぎて男漁りに走ったり、幸せがそもそも分からなくなったりさ……幸せって人によって全然違うし本当に何かしら努力しないとなれないもんね。はー、もう幸せの話しやめよう?病むから違う話ししよう?」


「そうだね」


幸せについて考え出すと確実に沈むので私達は安定のお酒の話をした。ひいちゃんとは最近飲んでないから飲む約束をしといた。ひいちゃんは私の人生の波乱を見てる人なので定期的に飲んでいるが楽しい話をして楽しい時間を送りたいと思う。


私はそれから安定のジム通いをしつつ奈々ちゃんとの予定の日まで過ごした。

そして当日。待ちに待って心配だった私は更に心配になっていた。だけど、今日聞いてみてダメだったって言われたらどうしよう…。奈々ちゃん泣きやすいから号泣しそうだしなんなら私も泣きそうなんだけど……。


あんないい子だから上手く行ったと思いたいけど、もはや今は怖い。とにかくダメだった場合は必死に慰めて相手はもう殺そう。あんないい子泣かすとか警察が許しても私は許さん。絶対許さん。女を泣かすってクソだもん。



私は奈々ちゃんと約束した待ち合わせ場所に二十分前に来て死にそうなくらいの心配と不安を感じながら待っていた。

どうしよう……。あんなに人生頑張って生きててさ、ここでも見放すって神様なら有り得る話だけど自分見てるみたいで辛すぎるよ。昔クソみたいな男引いて頑張っても人生上手くいかな過ぎて泣いてた自分を思い出してしまう。あれは男に幸せを求め過ぎてた自分もいけないんだけど、あの時は酷く荒れていたからあんな荒れさせたくないし切実に幸せになってほしい。


どうしても自分と被ってしまう奈々ちゃんに思いを馳せながら考え過ぎて病みそうになっていたら奈々ちゃんがやってきた。奈々ちゃんは綺麗に笑っていた。


「あっちゃんお待たせ。ちょっと待たせちゃった?」


「いや、全然待ってないよ。奈々ちゃん今日なに食べたい?ちょっと軽く食べてからダーツ行こうよ?」


相変わらず可愛いし笑った顔は素敵なんだけどもうここで今日はどうやって話をそちらに持って行くか考えていた。……上手く行ったよ絶対。もしかしてダメな場合は慰めたらいんだよ私。大丈夫、落ち着け。


「うん。じゃあ、今日はお肉とかどうかな?」


「あ、ありあり。お供します旦那」


「ふふふ。じゃあ、私のよく行くとこにしよ?」


「うん。ありがと奈々ちゃん」


並んで笑って歩きながら奈々ちゃんの様子を窺った。

普通に明るいし暗い様子はない。明るく振る舞っているだけかもしれないが変なところはないし、希望が見えているのでは?と思うも奈々ちゃんはちょっと困ったかのように言った。


「ねぇ、あっちゃん?」


「ん?なに?どうしたの?」


「……私の事呼び捨てにしてって言ったのに忘れちゃった?」


「え?……」


もうその時が来たのかとドキッとしたが全く違う内容に拍子抜けした。すっかり忘れていたが言われていたのを思い出した。なんかもう頭がそれどころじゃなくて私からしたら悪いけどどうでもいい。が、奈々ちゃんからしたらどうでもよくない。私は慌てて謝った。


「あぁ、ごめん。なんかナチュラルに忘れてたわ。ごめんね?奈々ってちゃんと呼ぶねこれから」


「うん。……じゃあ、ちゃん付けやめてね?変な感じするから」


「うん。分かった」


奈々は嬉しそうにはにかんだが私はお店に着いて話しながらご飯を食べていても何か集中できなかった。

本当にどうなったんだろう?聞きたいけど聞きたくないし怖いし不安だし聞きたい状況に頭が痛い。

奈々はにこにこしているし、よく笑って眩しいくらいなんだけどなんか直視してるとそわそわする。

それでも笑って話していたら奈々はまたどうでもいい話をしてきた。


「ねぇ、あっちゃん?あっちゃんはさ、どういう人が好きなの?」


「え、うーん……、とりあえず謝ったりありがとうとかちゃんと言える人?そんでちゃんとそれなりに努力してくれる人かなー……」


私の隣から可愛らしく尋ねてきた奈々に過去を思い出しながら適当に答えた。久しく恋人がいないから忘れていた。ていうか、今は奈々の話を聞きたいのに奈々はまた聞いてきた。


「それなりにって例えば?」


「うーん……恋愛も一種の人間関係だからさ、ドラマみたいにある日ばったり出会って恋するって現実では起きないし、ある程度好きになるには時間が必要じゃん?」


「うん」


「だからその時間を相手に誘われたからとかじゃなくて自分からも自発的にできる人かな~。付き合う前から相手にやってもらう精神の人って付き合ってからも相手がやってくれるし、やってくれるのが当たり前みたいなやつ多くて疲れるし」


「うん……。確かにそうかも。いつも自分からって疲れるし、好きじゃないのかなって思っちゃうもんね。なんか、あっちゃんの恋愛感って真面目だね」


笑って言われても私は真面目なのかよく分からなかったが、疲れる人間関係はしない方がいい。心によくない。


「真面目って言うか……なんか失礼に感じたんだよねぇ。何にもしない姿勢が人の気持ちに胡座あぐらかいた自己中にしか見えなくて、そんなやつに時間かけても疲れるだけだし不満たまるし」


「そうだねぇ……。確かに元カノもそういう人だったなぁ……。何かしてもらいたいって思う人の気持ちは分かるけど自分からもしないとダメだもんね。それが恋愛だし」


「そう。それ!」


奈々が考えながら言った言葉はまさしく根本の話だった。粗大ゴミの経験が生きてきた奈々に本当に嬉しく思う。あんな泣いてたけど人生の糧になったんだね。なんかもう泣きそう……。


「もう、奈々よく分かってんじゃん!奈々は絶対幸せになるよ!私は確信した今」


「え、あっちゃんどうしたのいきなり?」


「なんか恋愛について奈々の方が真面目に考えてるから嬉しくなっちゃった。今幸せだわ私」


「え?大袈裟だよあっちゃん」


「だって嬉しいんだもん」


もうさぁ、絶対幸せになるよねこの子は。今日も笑顔素敵だし、これはもう行けたでしょ?この精神なら通るよ。不安が晴れた私は今だと思ってちょっとドキドキしながら奈々の手に自分の手を重ねて軽く握った。

絶対大丈夫だと思うけど0.1%の確率のために保険はかける。すぐ励ませなかったらクソだもん。


「ねぇ、奈々?」


「え、……なに?」


「あのさ、どうだった?好きな人。気持ち言えた?」


私の問い掛けに奈々は急に目を逸らして歯切れが悪くなった。


「え、……あぁ、それは……えっと……」


「……もしかしてダメだった?」


「いや、そうじゃないんだけど……まだ、言えてないんだ……」


いつも歯切れがいいから不安が過ったけどまだなのにほっとした。やっと聞けて良かったけどまだなのかぁ…。ちょっと奈々のペースからしたら急かし過ぎたかもしれない。私は少し強く手を握った。


「まだ関係浅いって言ってたもんね。私は逃してほしくないから急かしちゃったけど奈々全然勇気でないの?言うの怖い?」


「……ちょっと、怖い……かな…?私の事、恋愛対象として見てくれるか分からないし……最初から脈なんか、……なさそうだし……」


「なんで?なんか好みとか全然合ってなかったの?」


「ううん、そういうんじゃなくて……ただ、私が言って今の関係が失くなっちゃったらやなの。本当に好きだから嫌われたくないって……すごく思っちゃって……。あっちゃんが応援してくれて嬉しくて勇気出たのに……怖じ気づいたって言うか……。応援してくれたのにごめんね……?」


困ったように笑う奈々は切なげで心苦しかった。

いい案件故に手を出しにくいと言うのは私にはなかったけど奈々が関係を大切にしているのは窺える。

でも、だからこそ言うべきなのでは?怖がってたら何も始まらないもん。私はすかさず言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る