【短編】ど近眼悪役令嬢に転生したので意地でも眼鏡を離さない!

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第1話

「白状しよう」


 私ことアリアーティア・ローランス公爵令嬢(15)は、物心ついた頃から信じられないくらい目が悪い。超絶ど近眼である。


 どのくらい悪いかというと、鼻先にくっつくくらい目の前にあるものを極限まで目を細めてやっとそれが何かわかるくらい悪い。

 ただの勘と慣れでそのぼんやりした世界でもなんとかしのいできた。


 もちろん、この世界にも眼鏡というものは存在する。


 しかしどちらかというと近眼用ではなく老眼鏡のようなものだった。そう、老紳士やおじいちゃん執事がつけるようなものだし、さらにはガラスなのでかなり重い。

 ような薄い加工などという技術はにはなかった。


 つまり、決して女性が……うら若き乙女がつけるものではないのだ。

 女性にだって視力の良くない人はいるはずだし、老婦人は自宅用に眼鏡を持っているが決して人前ではつけない。

 ≪女性の眼鏡姿ははしたない≫そんな風潮なのだ。


 眼鏡族に対してなんとも差別的な世界である。

 まぁ、お色気ムンムンの女教師の眼鏡姿――――などなら多少は需要があるかもしれない。一部のマニアだけにだろうが。

 ただしそれも、軽くて薄い銀縁眼鏡とかプラスチックやべっ甲フレームならの話である。私としては黒縁の細身タイプの眼鏡でレンズはやや薄め、出来れば強化プラスチックであればさらに良い……


 ゲフン、ゲフン。話が反れたので、申し訳ないと素直に謝ろう。決して眼鏡フェチではないので誤解だけはしないで欲しい。


 結局何が言いたいかというと、私は超絶目が悪くて眼鏡が無いと何も見えない。

 そして私の視力に合わせた眼鏡は牛乳瓶の底のように分厚く丸い、ベン○ーさんとか学園漫画に必ず出てくるようなガリ勉キャラ的な眼鏡になってしまったのだ。


 初めて自分の顔を見た私(5歳)の感想は、牛乳瓶の底を目に貼り付けた銀髪の女の子。である。鼻と口は……うん、普通。


 はっきり言って目に黒線を入れた犯罪者レベルでイマイチわからなかった。私付きの侍女ハンナによれば瞳の色は美しいエメラルドグリーンらしい。


 しかし眼鏡生活は快適だった。本も読めるし周りの人間の顔もわかる。手探りしなくても壁にぶつからない。最高だ!

 そんなるんるん生活が終わりを告げたのは7歳。思いのほか早かった。

 貴族令嬢には避けてとおれない壁。デビュタントである。


え?もちろん眼鏡で行きましたけど?だって見えないし。


 慣れてる我が家(屋敷)ならまだしも、なんか王子が同い年だからって王城でデビュタントパーティーが行われるってどんな試練さ?

 そんなの裸眼で行ったら誰が誰やらわからないし、花壇に突っ込む自信すらある。

 さすがに王子がわかりませんでした。なんてなったら速攻死刑になりそうなので両親も眼鏡で行くのを許してくれた。


 ただ想像して欲しい、着飾った瓶底眼鏡の銀髪少女の姿を……いや、もはやドレスを着た瓶底眼鏡だ!

 流行りの可愛いドレスも高価なアクセサリーも形無しなくらい、瓶底眼鏡は同い年の子供たちの標的となった。


 デビュタントはもちろん失敗。お笑い芸人も裸足で逃げ出すくらいの笑い者にされた。

 たぶん身分的には私より下であろう令嬢たち(金髪縦ドリルを発見!)にどん底まで見下され、わんぱく盛りの令息たちには馬鹿にされ、さらには王子らしき男の子からトドメのひと言。


「お前の家には鏡が無いのか?」


※訳「そんなみっともない顔でよくここにこれたな? 恥ずかしい」となんとも嫌味ったらしい顔で言われたのだ。

 金髪碧眼の童話に出てくるような見た目の王子だったが、どうやら中身は腐っていたようだった。


 私は恥ずかしさと悔しさで泣きながらその場を飛び出しなんと歩いて屋敷に帰ってきてしまった。

 私を待っていた馬車の御者は真っ青になっていたらしいし、王族に失礼を働いてしまったと両親もあわてふためいたらしいが……傷付いただろう娘のメンタルの心配は全くしない辺りがどっぷり貴族社会の闇を痛感する。


 そして子供のしたことだとなんとかお許しをもらえてほっとしたのもつかの間。私は次の日に原因不明の高熱を出し倒れた。


 なんと1週間も意識不明で医者からは命の危険も危惧されたらしいのだが……1週間後、熱が下がった私は愕然とする。


 “あ、これラノベの世界だ。”と。


 なんと私は大好きだったライトノベル……ファンタジー系恋愛小説≪君の瞳に恋したボク≫に登場する悪役令嬢に転生してしまっていたのだ!


 あー、なんか納得した。


 悪役令嬢アリアーティアは目付きが悪くていつも人を睨み付けていて口を開けば嫌味たらしいことばかりいう女の子なのだが、まず目付きが悪いのは近眼だったからだ。

 嫌味たらしいことを言う理由は後になってわかるのだが、まずこの世界には写真などは無い。

 貴族などは絵師に自分の姿絵を描かせて他の貴族に身分証明書と一緒に送ったりしてるのだが、だいたい3割増し……否、かなり別人に描かれていることが多い。

 アリアーティアは誰かに会うときは先にその人の絵姿を眼鏡をかけて確認して覚えてから裸眼で本人に出会っていた。

 しかしいざ本人に会うとほっそりした絵姿と違ってちょっと、だいぶ、かなり太っていたり顔のパーツが違っているのだが見えないから絵姿のままのつもりで話す。


 ぶよぶよ体型の男性に「たくましい体でたのもしいことですわ」とか、ニキビを気にしてどう見ても厚化粧が酷い令嬢に「あらあら、素晴らしいお肌ですこと」などと、相手を睨み付けてニヤリと笑いながら言うのである。

 本人はにっこり笑ってるつもりだが、目を極限まで細めているせいかなぜかひきつるのだ。


 しかも何度同じことをやらかしてしまってもその相手が絵姿と全く違う容姿をしているとは思わないらしい。……いや、次こそは真実の姿だと信じているのだ。

 毎回侍女に忠告されても「せっかく絵姿を送ってくれたのに最初から疑うなんて失礼だし」と考えるようだ。

 ……天然か馬鹿なのか、今は自分なので認めたくはないがあえて言おう。ちょっと、いやかなりおバカさんだと思う!と。

 とりあえず、社交能力は欠片も無いことだけは確かだ。デビュタントで眼鏡を笑われ傷付いたアリアーティアは眼鏡を隠して生きていたのだろう。









 ……と、いうのを全部思い出した。というか、#悪役令嬢__アリアーティア__#としての人生未来の記憶が流れ込んできたのだ。

 私は日本人でアラサーのしがないおふぃすれでぃだったのだが、確か連日勤務10日の徹夜明けでやっと家に帰れるとフラフラしながら歩いていた時に愛用のど近眼用眼鏡が落ちて「メガネ、メガネ~」をしていたら暴走トラックに轢かれて呆気なく死んでしまった。


斉藤有紗、享年28歳。もれなくど近眼。


 なんでその日に限ってコンタクトをしていなかったのか。徹夜明けで辛くなってはずしたんだよ!


 すみません、おふぃすれでぃとか嘘です。工場勤務(事務管理)の派遣社員です。ちくしょうあのブラック企業め倒産しろ。

 あ、今月給料未払いだったじゃん!社長ハゲロ。


 まぁ、そんなことは今となってはどうでもいい。あの時の私の唯一の楽しみはこのラノベ≪君の瞳に恋したボク≫を読んで小説の世界を妄想することだけだった。

 彼氏ナシ、お金ナシ、妄想だけが楽しみのアラサー。うわぁ、悲惨。



 死んだ魚のような目になって遠くを見つめたあの日。今となっては懐かしい7歳の思い出だ。


 ついでに暴露しよう。お気づきの方もいるかもしれないがこのラノベのタイトル。


≪君の瞳に恋した


 このラノベの主人公は……なんとあの王子なのだ!王子はある日ヒロインと出会い、運命の恋に落ちてしまう。

 自分とヒロインの仲を邪魔する悪役令嬢と戦いながらヒロインを立派な令嬢に育て上げて周りにヒロインを認めさせ最後は結ばれる。そんな物語。


 そう、王子の婚約者の悪役令嬢がヒロインを睨んだり嫌味言ったりそれはもう嫌がらせをしてくるから、王子があの手この手でヒロインを守って最後は悪役令嬢を断罪して死刑に……って、それ私やん!死刑になるの私やん!


 おうふ……やべー。なんかこのままいったらヤバイのだけは確かだ。もはやエグい将来しか待っていない。

 小説には詳しくは書かれていなかったがけっこうエグい殺され方をするはずだ。

 ラノベで読んでいた時は「ヒロインを守る王子、格好いい!」と思って読んでいたけれど、まさか内面が女の子に嫌味を言ってくるような男だったなんて!と考えると100年の恋も覚める勢いである。


 ということは私はこれからあの王子の婚約者になるわけ?なにをどうしてそうなるのか訳がわからないんですけど。

 あいつ、私のこと目の前で馬鹿にしてきましたけど?あんな中身の腐った最低男なんざこっちからお断りだ。


 これは、どうにかせねばなるまい。なぜかはわからないがせっかく大好きなラノベの世界に転生したのだ。例えそれが死刑確定の悪役令嬢だろうと、あんな王子のせいで殺されるなんて絶対嫌だ!

 こうなったら、絶対死亡フラグを回避してやる!


 そんなわけで7歳の私は頑張った。まずは王子の婚約者を回避するため眼鏡と共に図書庫に立て籠り王国の歴史からなにから調べまくったのだ。

 この世界の貴族はほとんどが平均10歳で婚約している。

最初のタイムリミットはあと3年!


 そして偶然の産物だったのだが発覚した王子の婚約者になってしまう最大の理由。


 なんと私はわずかだが魔力持ちだったのだ。


 この世界はファンタジーだがみんなが魔力を持っているわけではない。滅多にいない魔力持ちは貴重な存在であった。

 魔法が使えるってわけではないのだが、魔力持ちには必ず何か特別な才能があると言われている。魔力持ちとなれば周りからは丁重に扱われるし、王家は魔力持ちを血筋に入れたいと躍起になるだろう。

 王子の婚約者に抜擢された理由はこれに違いない。でなければあんなに顔面を馬鹿にした女を婚約者に受け入れるはずが無い。

 そして#悪役令嬢__アリアーティア__#がどんなに悪評があってもみんなが絵姿を差し出し嫌味(誤解だが)を言われても我慢している理由もやっとわかった。#悪役令嬢__アリアーティア__#が魔力持ちだからだ。

 いくら王子の婚約者って言っても、アリアーティアより権力のある相手も黙ってるから(いや、陰口は叩かれているが)変だなとは思っていたのだ。


 というわけで自分が魔力持ちであることをひた隠しにした。侍女のハンナだけは知っているが私の味方なので両親にも内緒にしてくれている。

 そう、魔力持ちだとばれなければただの眼鏡令嬢なので王家に目をつけられる確率はゼロである!


 さらに私は引きこもりを続けた。小説内のアリアーティアは眼鏡を外して友達を作ろうと躍起になっていたがそれがすべて失敗に終わっているのはわかりきっているので、将来のために勉強あるのみ!


 そして10歳になり、最初のイベントである婚約者選びの日が来た。そこには数人のご令嬢がそれはもう豪華に着飾って並んでいている。あ、私の眼鏡を見下してきたあのときの縦ドリルだ。

 みんな「え? ほんとに10歳?」ってくらいばっちりお化粧して重そうなダイヤモンドをぶら下げている。


 うわー宝塚も真っ青な厚化粧。……え、私?すっぴん眼鏡ですけど、なにか?


 いやほら、眼鏡が重いから化粧とかしてもずれてとれちゃうし、鼻当てのとことか汗かくし。

 あの眼鏡を外した時にできる鼻当ての形がいやなんだよなぁ。それにまだ10歳じゃん?お肌ピチピチじゃん?今からそんな厚化粧してたら将来お肌ボロボロよ?

 ドレスも目立たないように地味……シンプルなものにした。アクセサリーも申し訳程度の地味……控えめな感じである。

 これなら、このゴテゴテ集団に埋もれているかいないかわからない存在になれるという作戦だ!




 ……失敗しました。なぜか王妃様に「君に決めた☆ ポケ○ンゲッチュウだぜ!」並みのテンションで指名されました。王子は苦虫を噛み潰したみたいな顔して渋々従っている。親には逆らえませんよね。本心駄々漏れですよ?

 でも不幸中の幸いか魔力持ちなのはバレなかった。まぁ、わずかしかないからね。隠し通せば隠しきれるはず!

 ……ん?魔力持ちだってバレてないのになんで婚約者に選ばれたんだ?まさか、小説の強制力的な何かの力が作用したとか?謎だ……。





 そして月日は過ぎ、12歳。この頃から私は極秘作戦を決行することになる。

王子とは、良好?とは言えないが最低限の接触だけをして婚約者続行中。もちろん眼鏡ははずしません。これは顔の一部です。

 そして会うたびに「家に鏡が無いのか?」と同じ嫌味を言われるのだが、どうやら王子にはボキャブラリーというものが無いらしい。

 は?素顔を見せろ?不敬だぁ?眼鏡は顔の一部だって、いってんだろ!

 王子をガン睨みする悪役令嬢のレッテルなんか貼らせるもんか!

 眼鏡令嬢のレッテルでギリでしょうが!もはや王子に素顔をさらすのを拒否してる時点でギリアウトでしょうがよ!

 でも素顔でガン睨みしたら確実に死刑なんだからそれだけは回避する!


 その頃私には友達ができた。毎日図書庫に籠っていたらどこから入ってきたのか、頭の上に小鳥がとまっていたのだ。

 真っ白な小さな小鳥はヨダレを垂らし、かくんかくんと居眠りをしていた。そしてこてりと私の頭の上で眠ってしまったのだ。


 ……鳥って、ヨダレ垂らして居眠りするんだー。と思いながら小鳥をそのままにして読書を続ける日々。いつの間にかその小鳥に会うのが楽しみになっていた。

 私はその小鳥に「シロ」と名付け読書の合間に撫でて遊んだり餌をあげたりして過ごしていた。

 ネーミングセンス?そんなの母親のお腹においてきました。


 ハンナに「小鳥の友達ができた」と言ったらなぜか涙ぐんで喜ばれた。すみません、人間の友達がいなくて。


 そしてとうとう極秘作戦を決行する。私はプチ家出をしたのだ。

 家出と言っても夕方には帰ってくるのだが、その目的を知られないためにこっそりと行わなければならない。

 そのため長年図書庫に引きこもっていたのだ。私は朝から図書庫に入れば夜まで出てこない。

 食事はハンナが運んでくれるし、図書庫のすみには簡易ベッドとかトイレもあるので1日いても別に不便はない。つまりハンナが協力者であるため、私がこっそり図書庫から抜け出しても誰にもバレないのである。


 私はハンナに用意してもらった庶民の服を着て長い銀髪を帽子に押し込み、もちろん眼鏡もしっかりかけて屋敷を抜け出した。頭の上にはシロもいる。屋敷の近くにある林に入り込みながら私は浮き足立つ気持ちを押さえきれずにいた。


 そう、私は将来ひとりで生きていくための活動拠点を探しているのだ。理想としては人目につかないポツンと一軒家的な物件で、自給自足ができるような畑をつくれるスペースがあれば言うことナシだ。あ、ニワリトも飼いたい。食料的な意味で!

 そのために参考になりそうな本を片っ端から読んだのだ。今から実践して慣れるためにもまずは物件探しから始めたのである。


「ピィ」


 シロがパタパタと羽を広げ、私を先導するように羽ばたいた。


「シロ、どこ行くの?」


 シロの後を追うように林の奥へと進む。いやもう、すでに森?いつの間にか鬱蒼とした森の奥地?

 あれー?どこをどう進んだらこうなるんだ?さすがファンタジーとしか言えない。


「ピィ」


 シロが飛ぶのをやめ、再び私の頭の上にとまった。


「ここは……」


 目の前に広がるのは、まさに私の理想そのもの。小さめの平屋の一軒家。ちょっとくすんだオレンジ色の屋根もなんともかわいらしい。その横には鶏小屋があって数羽が羽をばたつかせている。さらにその背後には畑らしきものがあり、赤いトマトが熟れていた。


 ギィと音を立てて、目の前の古びた木製の扉が開く。


「……おや、珍しいお客さんだこと」


 中から出てきたのは白髪の髪をしたふっくら体型のおばあさんだった。黒いゆったりとした服を着て小さな老眼鏡をかけ、おっとりとした微笑みを浮かべている。

 なぜだろう、シチューが劇的に上手いおばさんの絵面が脳裏にうかんだ。


「あ、あの……」


 私が何て言おうか迷っていると、私と頭上のシロを交互に見てさらににっこりと笑った。


「そんなところにいないでお茶でもいかが?」


 そしてこれは私にとって人生の転機となる出会いになった。このおばあさんはなんと薬師。魔力も持っていて、魔力を込めて作った薬は効果抜群で有名なのだそうだ。

 しかし王家直属の薬師に嫉妬され嫌がらせをされたり貴族から金にものをいわせた無理難題を吹っ掛けられたりの日々に嫌気がさし森に引きこもったそうだ。

 今はここで自給自足の生活をしながら新しい薬を作ったりしている。たまに噂を聞き付けた人間がやって来るそうだが森が意思を持っていておばあさんに悪意があったり悪いこと頼もうとする人間は迷わせてたどり着けないようになっているそうだ。本当に困っていておばあさんに頼むのが最後の砦みたいな人だけがたどり着けるらしい。

 え、ちょっと怖い。森が意思を持っているなんて初めて聞いたんだけど。こんなおばあさん、小説に出てきてたかな?と疑問に思ったが通称“森の魔女”と呼ばれていると聞いて納得する。


 いたよ、“森の魔女”!王子が悪役令嬢(アリアーティア)を毒殺するためのバレない特殊な毒を作らせようと探してた“森の魔女”!結局探せなくて諦めてたけど、森に拒否られてたのね。

 王子のやつ、ざまぁみろ!



 それから私はおばあさんと仲良くなって色々と教えてもらうようになった。料理に裁縫、畑の手入れ。もちろんクスリの調合方法まで。どうやら私は森に気に入られたらしい。

 え?シロはただの小鳥じゃなくて森の聖霊?私の魔力が居心地良くて森に連れてきた?おばあさんは森に意思を感じられるらしくそう教えてくれた。


 シロ、ヨダレ垂らして居眠りするしおやつのクッキー丸飲みするし変な小鳥だと思ってたらまさかの正体。さらに聖霊に名前をつけると契約したことになるらしく、シロは私の専属聖霊になってしまっていた。なんてこったい。

 魔力持ちで聖霊持ちなんて、何百年か前の伝説にでてきそうな人物になってしまったではないか。聖霊としての姿もあるらしいが、シロには是非とも今の小鳥のままでいていただきたい。


 そんなわけで私は毎日のようにシロと共におばあさんの家に通い、“森の魔女”に正式に弟子入りした。私の魔力はおばあさんの魔力に似てるらしく魔力を込めた薬作りもすんなり覚えられた。どうやら秘めた才能が開花したみたいだ。すでに「師匠」「アリア」と呼び合う師弟関係である。


 そして運命の15歳。


 この日私は学園に入学し、王子は運命の恋とやらをする。いつもはお供を連れているはずの王子がなぜかその日に限ってひとりで歩いていた。馬鹿なんじゃなかろうか?とは思っていても突っ込んではいけない。

 そして、なぜか急に暗殺者に命を狙われる。比較的治安の良い平和な国なのだが、ほんとうになぜか急に暗殺者に命を狙われるのだ!

 王子に毒矢が刺さろうとした瞬間、なぜか居合わせたヒロインが「王子様、危ない!」と王子をかばって怪我をする。


 おい、ヒロインよ。平民の娘がなんで王族が通る道に居合わせた?偶然ですませられる限界を越えているが、これまた突っ込んではいけない。


「君は俺の命の恩人だ!」


 はい、落ちましたー。そしてヒロインが実は王子に片想いしてたことを告白するのである。ちなみに毒矢は刺さっていない。転んで擦りむいただけなのだがラノベの王子は大変感激していた。普段王子を守って怪我してる警護の人たちにもそのセリフを言ってあげてほしい。


 と、なるのだが、そうは問屋がおろさない。このイベント、利用させて頂きます!



 私は王子に駆け寄るピンクの髪をした少女の横を颯爽と走り抜け王子に突撃する。


「王子様、危な――――えぇ、王子蹴られたぁ?!」


「どけや、このボンクラ王子がぁっ!」


「へぶぉあ?!」


 私は「王子、危ない! お助けします!」と叫んだつもりで王子を回し蹴りで毒矢が当たらない場所へと吹っ飛ばした。おっと、建て前と心の声が逆になってたね。すまん。


「おまっ、えっ……?!」


 突然蹴り飛ばされ文句を言おうとした王子の前で胸に矢の刺さった私がその場に崩れ落ちた。


「アリアーティア?! お前、俺を嫌っていたんじゃ」


「はい、だいきら「ピィ」ゲフン、ゲフン。

最後にお役に立てて良かったですわ……。 この矢には毒が塗ってあるようです、私はもう……ガクリ」


「ア、アリアーティア~っ!」


 ふぅ、危なかった。シロが止めてくれなかったら本音が駄々漏れするとこだった。

 そうして私はそのまま意識を失い、城に運ばれた頃には毒が回って手遅れで死亡した……。先程のボンクラ王子発言はどうやら聞き流されたらしくひと安心である。


「え? ちょっ、あたしと王子様の出会いイベントは……?!」


 そんなヒロインの声が聞こえたような聞こえなかったような……どうでもいいか。







 翌日、アリアーティアの葬儀がおこなわれた。婚約者として王子を守ったとして名誉を与えられ、立派な墓も建てられた。

 王子の婚約者の座はしばらく空くことになったが、その後ヒロインとどうなったかなんて興味もなかった。本当に運命の恋の相手ならそのうちくっつくだろうさ。












「いやぁ、我ながらうまくいったわ。 そう思いません? 師匠」


「アリアの作った“仮死薬”はわたしの薬を越えたねぇ」


 私はこれまでの苦労を思い出しながら紅茶を飲んだ。


 師匠の元で修行して2年目にとうとう“仮死薬”の開発に成功したのだ。これを飲んでキッチリ30分後から丸1日、脈は止まり顔色も土気色になるというものだ。私はこの薬をあのイベント前に飲んでいたのである。

 副作用を無くすのに苦労したけれど、これも私の魔力を混ぜてなんとか完成した。私専用なので売りには出せないがもう出番はないだろう。

 土葬だから出来たのよねぇ。墓に埋められた後、息を吹き返すタイミングでシロの聖霊の力で掘り返してもらったのだ。

 うん、シロが聖霊でよかったと心から思う。え?毒?解毒薬(万能)も得意だからもちろん大丈夫だったさ!


「ピィ」


「シロもありがとう。 後でクッキーいっぱい作るからね!」


「ピィ」


 喜んだシロはくるくる飛び回りながらヨダレを垂らした。やめれ、ヨダレが飛び散る!


 私は無事に死んで王子の婚約者をやめることが出来た。ヒロインとも出会ってないし悪役令嬢として断罪されることもないだろう。

 両親には少々申し訳ないと思っているが去年弟が産まれたので子育て頑張ってほしい。シロが弟に聖霊の祝福を贈ってくれるそうなので平和に育ってくれるだろう。

 侍女のハンナもすべて知った上で屋敷を辞め出身地の村へと帰っていった。親のあとを継いで民宿するんだって。たまには遊びにくるって約束したし手紙もやり取りしようと思う。ついでに結婚するって聞いた時は驚いたけどハンナならまるっとうまくやりそうだ。


 こうして私は悪役令嬢としての名を捨て、アリアとして師匠と一緒に暮らすことになった。


 数年後、師匠から“森の魔女”の名を引き継ぎ、瓶底眼鏡で顔を隠した謎の魔女と噂をされるようになる。

 そしてもうひとつの運命の出会いを果たすのだが……それはまた別のお話。


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