女装少年たちとお姉さんの淫らな日々
@papporopueeee
女装少年の電車での後悔
(や、やっちゃった……。ど、どうしよう……これから、オレはどうしたら……)
お昼を過ぎて人もまばらな休日の電車の中。走る密室の中では様々な人が好きに時間を過ごしている。
ノートPCをいじるスーツを着たサラリーマン。
雑談に花を咲かせる学校ジャージの若者。
扉にもたれかかって文庫本を読んでいるポロシャツを着た中年。
手摺を両手で握って縮こまっている少女。そう、女性だ。少なくとも傍からは女の子に見えているはずなんだ。そう言い聞かせないと、もう立っていることもままなりそうにない。
「はぁぅっ……!」
ただ立っているだけで荒れる呼吸をなんとか必死に抑え込む。周りを見るのが怖くて、奇異の目で見られているんじゃないかと不安で、目を伏せていることしかできない。
「ひっ……」
人が隣を歩くだけで心臓が跳ねて小さな悲鳴が漏れる。掌からじわじわと滲みだした汗が手摺を湿らせていく。
外を歩いている時はまだ平気だった。皆が通りすがる他人だったから。
駅の雑踏でも緊張はしたが不安はなかった。皆が各々の事で頭が一杯だったから。
電車というだけで、密室で他人と同室になるだけでこんなにも羞恥心が噴き出すなんて思ってもいなかった。もしもここでバレてしまったら逃げ場がないだなんて、そんなことは乗る前から考えればわかっていたはずなのに。
「うっ……く」
じわりと視界が滲む。情けない。こんな状況に陥ってしまったことも。こんな状況で涙を流していることも。何もかもが恥ずかしい。調子に乗って遠出なんてするんじゃなかった。親の目を盗んで自室で女装するだけで満足していればよかった。
今すぐにでも電車を降りるべきだ。頭ではそうわかっているのに、手摺にべったりと手がくっついてしまって離れない。震える体を抑えるのに必死過ぎて、強張った体が動いくれない。
電車が停車して乗降口が開く。車内に入り込んできた風が、露出した太ももをひやりと撫でた。
「ひっ……あ、あれ?」
手摺にしがみいている横を多くの人が通り過ぎていく。皆一様に電車の中から外へ。車内に入ってくる人はおらず、やがてその扉は閉ざされ、電車が走り出した。
まさか、という希望を胸にちらりと視線を右に向ける。写り込んだ視界には揺れる吊革と空になった座席。
「ま、まじ……?」
反対の左側も同様に、どこを見ても車両の中には一人も人がいない。先ほどまでの同乗者たちは全員直前の駅で降りてしまったらしい。
「か、かみさまぁー……!」
小声で神様に感謝を告げる。足腰が砕けたようにへたり込むが、相変わらず十指は手摺から離れてくれない。心臓が頭まで登ってきたかのように、脳がドクンドクンと脈打っているのを感じる。下着が汗でべた付き、肌に張り付いてしまって気持ち悪い。
「……ちょっとやりすぎたと思ってた服装だけど、結果オーライだったかな」
襟をパタパタと扇いで服内に入れた空気が、露出したへそをなぞりながら出ていく。冒険しすぎた露出度によって余計に羞恥心を煽られたが、空気の出入り口があるおかげで体が冷えるのも早い。
「汗、かいたな……あっ!」
男性は汗をかけば拭えばいい。しかし女性が注意を払うべきはそれだけではない。
「鏡、鏡……くそっ、カバンが小さい! ……でも、可愛いんだよな、これ」
小さくて機能性は欠片もないが、それでも可愛いという理由で買った新品のリュック。店員にプレゼント用かと訊かれ、否定する勇気もなく包装代が余計にかかってしまった一品だ。
リュックに手を乱暴に突っ込んで化粧ポーチからコンパクトミラーを取り出す。鏡を開くと、見慣れた面影を残す少女の顔が鏡の中に現れた。
「……大丈夫、かな……?」
汗はかいているものの、メイクが崩れている印象はない。乱暴に拭ったりしなければ化けの皮が剥がれたりはしなさそうだ。
「女の子に見えてる……よな?」
見れないような顔にはなっていないという自負はある。しかし普段の自身の顔が面影として残ってしまっているのも事実であり、特に気になるのが目元だ。パッチリお目々が表現できず、
「で、でも、知り合いに見られなければバレないだろうし、それに……」
可愛い。美少女とは言い難いが、今の自分はそれなりに可愛いはずだ。憧れていたアイドルっぽくて男受けしそうな女の子ではなく、クールで中性的な方向性になってしまってはいるものの、これはこれでアリだ。
「…………ん?」
車内アナウンスが次の停車駅を読み上げる。鏡の中の自分を見ている内に時間が経ってしまっていたらしい。
「さすがに降りようかな。目的地はまだ先だけど……でも、これ以上は」
人が乗って来ればまた立っているだけでもやっとになってしまうような不安と焦燥が襲ってくる。あれは二度と味わいたくないし、これ以上の汗に化粧が持つ保証もない。
へたり込んだ腰を持ち上げて、手摺を支えに立ち上がる。手汗も落ち着いてきた。窓の外を眺めると風景に高層ビルが増えてきて、駅が近づいてきたことが窺える。
「電車を降りるのはいいけど、そのあとどうしよう……か、な……っ!?」
飛び込んできた光景に思わず声が挙がってしまった。窓の外、駅のホームに立っているのは人だ。人、人、人、人。スカスカな車内とは対照的にホームには人がごった返している。
「じょ、冗談じゃない……!」
座席も埋まらないほどの人数でも地獄を見たのだ。こんな人数ではどうなるかわからないし、あまりに接近しすぎるとバレる可能性が高くなる。人の波に埋もれないよう、さっさと降りてしまうしかない。頭ではそうわかっているのに、手摺を握る手が石の様に固くなって開かない。
「あっ、うっ……!」
それは当たり前のことだった。車内には翔斗のただ一人しか存在しない。吊革も手摺も座席も一般的で、この車内に特別目を引くものはない。だから、乗車口に並ぶ集団の目が一斉に向けられるのは当たり前のことだ。
別に翔斗を見ているわけじゃない。他に見るものがないだけだ。車内での陣取り合戦に備えて、唯一の事前乗車者の位置を把握しようとしているだけで、奇異の目で見ているわけじゃない。
わかっているのに、翔斗の体は多くの人の視線に射竦められてしまった。
「はぁっ、ふっ、くっ……だ、だめだ……出ないと、で、で……っ」
目の前の扉が開く。人が流れ込んできて、途端に乗車率が3桁を超えていく。座席に座って勝ち誇る者。吊革に掴まって安堵する者。人に押しつぶされて苦々しい顔をする者。床をじっと見つめたまま、小さく手摺に縋る者。
頭ではわかっていても、体は言うことを訊いてくれなかった。両肩に他人の体が触れていて、座席に座っている他人の顔がとても近い。
「っ……! …………っ!」
扉までは1メートル程度の距離しかないが、間には肉の壁が立ちふさがっている。車内アナウンスが閉まる扉への注意喚起を始めた。
降りますの一言と共に強引に降りることはまだ可能なはずだ。けれど女性の格好をした者が男の声を出したらどうなるか。
「ぁっ……ぉっぉ……!」
扉が閉まる音が耳に響く中、細すぎる手摺に隠れようと必死に体を縮こまらせることしかできなかった。
やがて、ノロノロと電車は走り出した。
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