1-22. 幻獣

私は御殿の周りで警戒にあたっていた祐太叔父さんと8班と9班の人たちに挨拶して、御殿の中に入っていった。私は御殿の入り口で、草履を脱いだが、また後で履くので、手に持って上がった。御殿の中では、年寄りや子供たちが心配そうにしていた。

「魔獣は、かなり斃したので、もう少しです。ただ、封印が心配なので、これから私が見てきますね」

一応今の様子を伝えておいた。

私は、御殿の像の裏の部屋から下に降り、草履を履いて転移陣を作り、封印の間の入り口の転移陣に転移した。


封印の間は、一見、前回来た時のままに見えた。しかし、封印をよく見ると、赤い色が出たり消えたりしている。中で幻獣が暴れているのだろうか。横から見ただけでは良く分からなかったので、浮遊陣を使って封印の上に行って、上から見てみる。

封印の様子は、上空からの方が良く見えた。封印の下に赤いものが居て、動いているようだ。封印自体はまだ機能しているが、中の幻獣が暴れているとすると、いつまでこの状態を保てるのか、不安になる。静かかと思っていた封印の間だったが。よくよく耳を澄ませば、封印の下の幻獣の動きに合わせて、ゴーっという音が聞こえてきている。

私は封印について、何かがあったときにすべきことを思い出そうとした。そうだ、封印に異変があったら、直ちに報告しないといけなかったんだ。何処へかというと、黎明殿本部だ。黎明殿本部は、黎明殿に関するすべてをまとめるところで、封印の地も黎明殿本部の管轄下だと聞いていた。そう、その黎明殿本部に連絡しないといけないのだとお母さんに言われていたんだ。

だけど私には連絡する術が無かった。スマホは着替えのときに置いて来てしまっていた。一旦、南御殿に戻ることも考えたけど、そうしてしまうと何かが手遅れになりそうな不安感があった。

「不味い。何か凄い不味い気がする」

ただの予感でしかなかったが、私の胸の動悸が段々激しくなっていく。

それから間もなく、私の予感が形になって現れて来た。封印に亀裂が入ってかのように白い筋が見えだしたのだ。ここで封印を強化すれば凌げるのかも知れないが、私は封印の強化の方法は教わっていない。前回ここに来た時に、お母さんから封印の仕組みにまつわる話は聞けていないが、それはお母さんも知らなかったからなのではと思った。失伝してしまった伝承の一つなのではないだろうか。

いや、そんな悠長な話をしている場合ではなかった。亀裂は段々広がっていったからだ。ともかく私は何とかしなければと思い、封印の上に降りたった。封印そのものは強化できないけど、封印を押さえれば亀裂の広がりを押さえられるかも知れないと、封印の上に防御障壁を展開して、封印を包み込んでみた。

防御障壁で包んだ効果はあったようで、亀裂の広がりは止まったように見えた。

しかし、ほっとしたのも束の間、封印の内側からの力が強まり出す。防御障壁での押さえが効かなくなって、再び封印の表面の亀裂が広がりだした。私は防御障壁の重ね掛けをしたが、封印の内側からの圧力には勝てず、亀裂は広がるばかりだった。

そして遂には、封印が破られてしまう。私の防御障壁も耐えることができずに消滅してしまった。封印のあったところが大きな穴となり、そこから幻獣の体表が見えた。

「この幻獣は何だろう?」

見えたのは固そうな鱗が張り付いた赤褐色の皮膚だけだった。その皮膚が動いて羽の先のようなものが見えた。そしてまた動くと、長い首の上に付いた頭が見えた。

「火竜?」

そう、その幻獣は見た目が竜としか言いようもないものだった。口からは時たま小さな焔のようなものが出ていたし、色から見ても火竜だ。そして大きい。これまで大型の魔獣も幾つも見てきたけど、穴から出ている部分だけでも、大型の魔獣に匹敵するくらいの大きさがある。

火竜は、ゆっくり辺りを見回していた。物語の竜は知性を持ったものも登場するが、目の前の火竜には知性があるのだろうか?その動作だけでは判断が付かなかった。

「おーい」

取り敢えず、声を掛けてみる。すると、火竜の目が私を見付けた。

「おーい」

今度は、手を振ってみた。

火竜は口を開け、私に話しかける代わりに、焔を吐いてきた。

「うぉっ」

私は咄嗟に転移したので、火達磨にならずに済んだ。どうやらこいつには、知性は無いらしい。ならば、放ってはおけないし、斃すしかない。

火竜は一瞬私を見失ったが、首を回してすぐに私を見付け、また私の方に顔を向けた。私はすぐに避けられるように浮遊転移陣を出し、空中に浮かぶ。そこへまた焔が襲ってきた。予想できた攻撃だったので、今度は余裕で避けられた。そしてそのまま火竜の後ろの方に回り込む。しかし、また火竜は首を回して私を見つけ、焔を吐く。そんな追いかけっこのようなものが何度か繰り返された。

火竜の動く速さから考えると、浮遊転移陣に乗ったまま移動していれば、いつまでも逃げ続けることはできそうではある。その点だけ見れば膠着状態ではあるのだけれど、問題が一つあった。火竜が焔を吐くごとに、封印の間の壁が溶け、気温が高くなっているのだ。このままでは、熱にやられてしまう。封印の間の外に退避することも考えられるけれど、そうしたら二度と戻って来られないだろうし、火竜に自由を与えることになってしまう。それは避けたかった。

「うー、暑い」

それからも火竜の焔を吐く攻撃が続いた。封印の間の中はどんどん気温が上がり、私はうだるような暑さに頭がボーっとしてきた。私は火竜の焔ではなく、熱さによって追い詰められていた。駄目だ、何とかして気温を下げないと、幾ら巫女の力で治癒が使えると言っても命の危険がある。そう思ったとき、頭の中で何かが閃いた。何故それを閃いたのかは分からないけど、何となくできると思えた。そして実行する。

すると、体の周りの空気が冷え、熱さから逃れることに成功した。私は自分の閃きに感謝して、冷静さを取り戻した。

「さて、どうしよう」

私はこれまで逃げ回ってばかりで、まったく攻撃ができていなかった。攻撃しなければ勝てる筈もない。攻撃手段は無いわけではないのだが、この大きくて硬そう幻獣にどこまで通用するのだろうか。

悩んでも仕方がない。武器を呼び出すことにする。火竜の攻撃はまだ続いているし、巫女の力を使ったとしても素手だけで火竜の皮膚に傷付けられるとも思えなかったからだ。使える武器は剣か槍。槍は、南御殿の従者が持っていたものだ。先日利用者登録をしておいたので、私が呼び出せるようになっている。

「槍かな」

幻獣相手に剣も槍も大差無さそうではあったが、槍の方が少しでもリーチが稼げるし、それに南御殿の従者の持ち物なのだから何か御利益があるかも知れない。こんな時は気休めでも、良いと思える方を選びたくなるのだ。

私は右手の中で槍の転移陣を起動し、槍を呼び出した。火竜の攻撃はしつこかったが単調だったので、攻撃を回避しながら火竜に近づくタイミングを計った。槍の穂先には巫女の力を乗せているので、穂先が薄く白銀に輝いている。

「3,2,1」

私は浮遊転移陣に乗ったまま、火竜が攻撃してきた瞬間に、それを回避して火竜の背中側に回り込みつつ火竜に接近した。火竜は攻撃の直後、一時的に動きが鈍くなるようだったので、その隙を突くことにしたのだ。

火竜に接近した私は、そのまま手近な背中に槍を突き立てても良かったのだが、どうせなら急所っぽいところを攻めようと、火竜の首根っこに狙いを定めた。そして身体強化を掛け、槍を構えて、近づいた勢いそのままに力を乗せた槍を火竜の首根っこに突き立てた。そして、同時に力の刃を発射する。

すると、槍の当たっていた部分の火竜の鱗が一枚割れた。火竜の体表を覆っている数多の鱗の一枚が割れたところで火竜にダメージが与えられるわけでもないが、それでも攻撃が通ることが分かって、勇気づけられた。

しかし、火竜の方は、私の攻撃が気に喰わなかったようだった。それ以降、私の位置などお構いなしに四方八方に向けて焔を吐き出すようになってしまった。

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