僕と彼女が再び恋に落ちる何気ない日常を綴る話【四月の雪】

月平遥灯

四月の雪

はじまりのお話

はじまりのお話 君と綴る日常の1ページ目




 結婚式が終わってはや四ヶ月。騒々しい土砂降りの蝉時雨せみしぐれが心地いい八月の空。うるさい静寂がベタ塗りの青に響き渡っている。気持ちいいな。



 芝生に寝転んで瞼を閉じた。大病を患った僕を献身的に支えてくれた女性は最愛の人。彼女と結婚できたことが嬉しくて、当たり前の四季折々の風景や薫りや彩る草木、花々の感触がとてもみる。色づいた世界は、君と一緒にいるだけで華やぐ。



春夜しゅんやくん、またここにいたの〜〜〜?」



 寝転んだまま見上げれば、見下ろす最愛の人——倉美月充希くらみつきみつきがそこにいた。僕の宝物で、愛する人。彼女と一緒なら、なにも望まない。隣を歩いてくれれば、僕は何も求めない。



「充希。見つかっちゃったか」


「だって、毎日ここで日向ぼっこ……じゃなかった。日焼けしていれば、心配にもなるよ」


「………日陰だし。大丈夫だよ」


「確かに健康になったみたいだけど、油断大敵だからね」


「体調は……本当に悪くないよ。だから、今度———」


「山登りでしょ。うん。いいけど、無理しちゃだめだからね」



 僕のとなりに腰掛けた充希は、微笑んで僕に身を寄せた。ラズベリーの薫りと僅かな寂寥感せきりょうかんのある声、大海原に陽光を反射させる硝子玉がらすだまのような瞳が綺麗で、僕は再び恋に落ちる。そして、キスをした。



「そろそろ、振り付けしないとダメなんじゃない?」


「そうだね。充希も付き合ってくれる?」


「しょうがないなぁ。でも、踊るの大好きだし。ダンスは血液だしね」



 僕の職業はダンサー。正確に言えば、ダンススタジオでダンスを教えている。下は未就学児から上は高校生まで。最近は、ここだけの話、芸能人が習いに来てくれることも。運営が軌道に乗って嬉しい反面、振り付けを考えたり曲の編集をしたりして、多忙なのがいただけない。だって、スローライフを求めているんだよ?



 ダンススタジオは、家から少し離れた場所にある。昔、雑貨屋さんだったテナントを買い上げて、スタジオにリフォームした。


 曇り一つない鏡に向かって己を見つめる。下げた顔を再び上げる時、身体の芯に電流が流れたようにスイッチが入る。大病を患った僕は、高校もまともに卒業できなかったし、闘病中はダンスも取り上げられてしまった。だけど、移植した心臓が僕を認めてくれた。僕を生かしてくれた。深く生を見つめて、奇跡という言葉だけで済ませないように日々感謝をしている。



 元の持ち主は女性だったと聞く。どんな想いで亡くなったのかは分からないが、僕はその人の分まで精一杯生きる。



 

「春夜くんのダンスって、日々進化してるね」


「うん。病気する前よりも調子いいくらい」


「ほんとっ!? 良かったっ」



 僕に抱きつく充希は、僕をそのまま押し倒して覆いかぶさった。彼女も僕が生きていることに喜びを感じてくれている。口癖は————。



「春夜くんと一緒にいられることは、奇跡の上に成り立っているんだよね。だから、僅かな時間でも無駄にしたくないの」




 つまり、充希とはいつまでも両想い。僕と充希は幸せだっていうこと。




 僕と充希のなんでも無い、ドラマチックでもない、ただ生きているだけの物語を話そうと思う。





 はじまりのエピソード。




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