ネクロマンサーの猟奇殺人<1>
−−路地裏、遺体発見現場
灰色の雲が低く垂れ込める朝、和司と弘也はギルマスからの緊急連絡を受けて現場に急行した。遺体が発見された場所は街の中心から少し離れた薄暗い路地裏。石畳の上には胸を割かれた異常な姿の遺体が無残にも横たわっていた。
現場には既に街の人々が集まり、恐怖と興味が入り混じった視線を遺体に注いでいた。囁き声が聞こえる中、和司と弘也はゆっくりと歩を進め、現場の異様な空気を感じ取る。
「ひどいなこれは・・・」
和司がつぶやく。その言葉には、長年刑事を務めてきた彼でさえ目を背けたくなるような光景に対する、やりきれない思いが込められていた。二人はしゃがみ込み、手を合わせて静かに祈りを捧げる。これは彼等がいつも行う儀式の様な事であり、亡くなった者への敬意とこれから行う捜査に対する決意の象徴だった。
弘也が検視をしている間に和司はギルマスから詳しい説明を聞いた。
『同様の事件が一晩で三件・・・三件起きています。皆同じ様に胸を割かれて亡くなった・・・と思われます』
ギルマスは言葉に詰まりながらも、遺体が発見された経緯を説明し始めた。
「たった一晩で三件?」
『はい。それぞれ同時に
「意図的な殺害にしてはやり過ぎだな・・・」
弘也は被害者の割かれた胸を覗き込んでいた。
「どうだ?」
「俺は検視のプロじゃないからどう検視すればいいのか分からないな。ただ周辺に皮膚片が大量に散らばっている点、胸骨が破損している点、内臓に傷一つない点から見て外傷によって割かれたのは間違いないな。それと・・・」
弘也が胸の一点を指差した。
「心臓がないんだよ。このご遺体」
和司も胸の中を注意深く観察する。確かにあるはずの所に心臓がない。
「モンスターの可能性は?」
「それはないな。切傷口を見てみろ。切断がきれい過ぎる。鋭利な刃物を用いないと不可能だし、第一心臓だけを狙うモンスターなんか聞いた事がない」
「他の二件もそうなんだろうか?」
「調べてみる価値はありそうだな」
「よし、他のご遺体も見に行ってみよう」
二人は遺体安置所に向かう。和司の目が一瞬、弘也と合った。二人は互いに無言のうちに確信する。この事件には、普通では説明できない何かが潜んでいる、と。
−−遺体安置所
二人は安置所にある遺体の状態を見て回った。薄暗い遺体安置所の中、和司と弘也は一つ一つの遺体を見ながら昨夜死亡したとされる遺体の元へと向かう。冷たい空気が肌にまとわりつき、独特の無機質な匂いが漂っていた。周囲の静けさが、これから確認する事実の重さを際立たせている。
弘也が白手をはめ、冷たく硬くなったシートをめくって一つ目の遺体を露わにした。和司はそれを一瞥し、ゆっくりと息を吸い込む。
「やはりそうか・・・」
弘也は、無言で遺体の胸部を指し示す。胸骨が無惨に割かれ、心臓があったはずの場所は空っぽだった。まるで何かに引き抜かれたかのように、綺麗に抉り取られている。
次の遺体も同じ様に確認したが結果は同じだった。
「どちらも同じように心臓を持ち去られているな・・・」
和司の言葉は重く響いた。これで今回の事件が単なる偶然や一度きりのものではないことが確定した。これまで見てきた異常な事例の中でも、この事件は一際異様なものだ。
「猟奇殺人か?コレクションの為に心臓を集めているとしたら、かなり悪趣味だな」
「しかし一晩で三件同時に一体どうやって・・・」
「共犯者がいるとか」
「まさかな・・・」
「心臓を抜き取った理由は何が考えられる?」
「カズが言った様なコレクション、あるいはモンスターへの食料、そして魔法の実験素材が考えられるけど、後は・・・」
弘也は言葉を切り、しばらく考え込んだが、ふと顔を上げた。
「心臓を用いた魔法の儀式・・・。もしこれが目的だったとしたら、ただの猟奇殺人とは訳が違う。何かもっと大きな目的が背後にあるのかも知れない」
二人は今回の事件がただの殺人事件ではなく、何かより深い目的があると確信した。
「つまり何か?誰かが儀式を行うつもりで、心臓があといくつ必要なのか分かれば事件は阻止できるかもしれないって事か?」
「簡単に言うけど何の儀式か分からないと阻止のしようがないぞ」
「誰か儀式に詳しい奴はいないのか?例えば魔法使いとか。ほら、この街って六割が魔法使いなんだろ?一人位いてもいいはずだ」
「ギルドに行ってみるか。ギルマスなら誰か紹介してくれるだろ」
とにかく今は儀式に関する情報が欲しい。例え儀式の情報でなくとも今回ばかりは援軍が欲しい。淡い期待を抱きながら二人はギルドへ向かった。
−−ギルド
ギルドに入るなり、和司は一直線にギルマスの机に足を進めた。
「何ですかいきなり?」
「魔法の儀式に詳しい魔法使いを探してるんだけど、誰かいい人いない?」
唐突に出た発言にギルマスは目を丸くした。まぁ、そういう事なら、とギルマスは一枚の紙を用意してペンを走らせ始めた。
「
「
ギルマスの手がピタリと止まる。
「あのですねぇ」
ギルマスは呆れた様に一冊の書類を出した。それはまるで観光ガイドのパンフレットの様に見える。
「この街では一括りに魔法使いと呼んでますけど、実際には細かい
「この街の魔法使いって例えばどんな魔法を使うんだ?」
「どこでも同じですけど、一般的には火・水・風・土の四大精霊魔法ですね。それ以外では誰でも使える低位魔法ですか。中には
「それも魔法使いに含まれるんだ」
「魔力を使うなら何だって魔法使いに含まれますよ。当然、
「金掛かるのかよ」
「当然です。慈善事業じゃないんですよ。正式な手続きで
淡々と答えるギルマスに対し、和司は焦りを隠せない。
「人助けだと思って協力してくれる人とかいないのか?住民達の命が掛かってるんだぞ」
これだけ言ってもギルマスはまったく態度を変えない。
「それとこれとは話が別です。依頼料が出せないのであればこの話は無効ですね」
ギルマスは書きかけた用紙を丸めてゴミ箱に捨てた。
ギルマスに無慈悲に追い出された二人はこれからどうするのか議論を始めた。
「魔法使いなしでどうやって捜査を進めるよ?」
「街中をパトロールするしてこれ以上犠牲者を出さない事位だな。街って言っても結構広いからどの程度有効か分からないが・・・」
「それでもやらないよりはマシ、だろ?」
二人はランタンを片手に部屋を後に、夜の闇に包まれた街へと足を進めた。期待していた協力が得られなかったが、まだ諦める訳にはいかない。どこかで起こるかもしれない儀式を阻止するため、二人は自らの手で街を守る覚悟を固めていた。
−−住宅街
和司と弘也は二手に分かれて街中をパトロールする事にした。大通りだけでなく、路地裏にもランタンの光を当てて異常がないか確認していく。お互いに話し貝で定時連絡を取り合って無事の確認をしながら進んでいった。夜風がランタンの炎を不気味に揺らす。
『今のところ異常なし、そっちはどうだ?』
「こちらも異常なし」
通信を終えた和司は再び前方にランタンの光をかざす。
『もしもーし、聞こえますか?』
二人の通話にギルマスが割り込んできた。緊張感がある中での間の抜けた声に和司はいらだちを隠せない。
「何だよ突然?」
『ひどい言い草ですね。あなた達の為に私ができる限りの協力をしようというのですよ。ハッキリ言って残業です。サービス残業』
「で?何してくれるんだよ?」
『心臓を使った儀式について調べてるんですよね?そんな事をどんな魔法使いがやりそうか、絞り込んでみようとしてるんですよ』
和司はその返答に一瞬考え込むが、ないよりマシか。その協力をありがたく受けて再び前方にランタンの光をかざして進んでいく。
少し遠くの方だろうか。複数の人影が見える。何か揉み合っている様に見える。いや、何か様子が変だ。和司は木剣を持って走っていった。
『二人共聞こえてますか?』
「ちょっと後にしてくれ!」
ギルマスからの通信を和司はさえぎった。人影に見えたのは三体のスケルトンだった。そのうちの一体が剣を街の住民の方に向けている。
「この野郎!」
持っていた木剣でスケルトンを振り払う。
「大丈夫ですか?!」
和司は腰が抜けて倒れてしまっていた住民を起こした。その後スケルトンの方を振り向くと、ガラガラと音を立てて崩れ去っていった。まるで何者かの意志が働いたかの様に、三体とも同時に。
「ヒロ、四件目は回避できたぞ」
『いや、それは五件目だ』
和司の胸に不安が広がる。弘也の言葉の意味を理解するのに一瞬時間が掛かるが、すぐにその深刻さが分かった。弘也の目前には、胸を割かれた住民の遺体が無残にも倒れていた。和司が必死に救った一方で、別の場所でさらなる犠牲者が出てしまった。和司は強く木剣を握り締めた。
『この事件を起こしたのは
ギルマスの声が虚しく響いた。
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