プライのモテ期……は、異端です!?

坂本はし

第1話 宝石を求むひと

1


「あれっ、プライ?」


 ティレン湖道を訪れたアルドは、菫色の祭服をまとった男に呼びかけた。振り返ったのは、やっぱりプライだ。いつも通り眉間にしわを寄せて、口を一文字に結んでいる。怒っているわけではない、そういう顔なのだ。


「やや、アルド殿。奇遇ですな」

「ここで何をしてるんだ?」

「もちろん奉仕活動の最中です。今ちょうど、暴れるモンスターを退治したところでして」

「そうだったのか。もう少し早く来ていれば手伝ったんだけど…」

「その気持ちだけで充分です。ありがとうございます、アルド殿。ところで、せっかくの機会です。アクトゥールで食事でも…」


 プライが微笑むと同時に、 巨躯の後ろから小さな悲鳴が聞こえた。女性のものだ。驚いたプライが振り返ると、プライの足元に尻もちをついた女性が座り込んでいる。どうやらプライにぶつかって、跳ね飛ばされたらしい。


「おや、いかがしましたか。石にでもつまづきましたかな」


 当のプライは、ぶつかられたことすら気が付いていない。


「多分、プライが道の真ん中にいるからぶつかったんだと思うぞ…」

「むっ、そうであったか! それは申し訳ない。貴殿、けがはありませぬか?」


 女性はプライの言葉に頷いた。


「はい。大丈夫です、神官様。それに、謝るのはこちらです。よそ見をしていたのは私のほうですから」

「うむ、時には気もそぞろになることだってあるだろう。気にすることはない」


 プライが女性に手を伸ばすと、女性は少し迷ってからその手を取った。白く細い手は傷だらけで、ところどころ皮膚が固くなっている。見れば、来ている服もみすぼらしい。

 女性はプライの視線に気づき、気まずそうに顔をそらした。


「あの、あまりこちらを見つめないでください…私、何か変ですか?」

「いや! 女性をじろじろみつめるなど大変失礼した。だが貴殿の身なりを見るに、苦労しておるのだろう。その服、きれいに手入れされているが、つぎはぎも多い。手の傷は針仕事か?」

「いや、これは…いえ! はい、その通りです」

「うん?」


 アルドは思わず聞き返した。今この女性、否定しかけたものを、慌てて肯定しなかったか?


「あの、なにか?」


 女性がいぶかし気にアルドへ聞き返す。少し語気が強い。面食らったアルドは


「いや、なんでも…」


 と、ごまかしてしまった。


「そうですか? それならいいんですけど…。お恥ずかしながら、神官様のおっしゃる通り、私、お金がないんです。住まいはラトルのはずれの小さな小屋で、食べるものも満足に買えません。一生懸命働いているんですけど、とにかくお金がかかって…」

「何にそんなにお金がかかるんだ?」

「母が病気なんです。それで、薬代が嵩んでしまって…」

「なに! お母さまが病気と!」


 プライは吠えるように言うと、すぐさま女性の足元に膝まづいた。


「それは窮迫した生活をされていても仕方がない。私に手伝えることはないか?」

「ああっ、ありますとも! ありがとうございます、神官様! …ああっ、でも…」

「どうした、何かあるのか?」

「是非お願いしたことではあるのですが、簡単なことではないのです。それを、お仕事中の神官様にお願いしていいものか…」

「なに、案ずることはない。困っているご婦人を救うことも、またプライの仕事なのである。男に二言はない、何でも頼みなさい」

「ああっ、ありがとうございます。神官様! さすが神官様! ああっ天のお助け!」


 女性はプライに向かって、大げさに手を合わせてみせた。まるで、プライが神様のような扱いだ。確かに、困っている女性からすれば、助けの手を伸ばしたプライは神様のような存在かもしれない。が、それにしたって仰々しすぎる。


「…」


 アルドはあきれ顔で見守るしかなかった。


「それで、具体的に何をすればいいのだ?」


 プライの言葉に、女性はおずおずと口を開いた。


「神官様はアリアンナの宝石というのをご存じでしょうか?」

「むっ! 知っているが、しかし…」

「アリアンナの宝石? 聞いたことないな」


 アルドが首を傾げた。プライが答える。


「アリアンナの宝石というのは、薄桃色のかわいらしくも不思議な形をした木の実のことだ。その美しさから、『アリアンナの“宝石“』と称されていてな。大変希少なのだ。私も話には聞いたことがあるが、実物を見たことはない」

「母の薬には、そのアリアンナの宝石が必要なのです。それさえあれば、薬は私が調合できます。高いお金を払わなくてもすむのです。どうか、アリアンナの宝石を探してきてはくれませんか?」

「むむ…」


 プライは腕を組んでうなった。どうやら、思っていた以上の難題のようだ。

 プライはしばらく考え込んだのち


「…分かった。時間はかかるかもしれんが、やってみよう」


と頷いた。


「ありがとうございます、神官様!」


 女性はプライにむかって再び手を合わせた。目に涙まで浮かべている。


「プライ、俺も手伝うよ。乗りかけた船だし」


 アルドが言うと、女性はアルドにも手を合わせた。なんだろう…。おおげさすぎて、あんまりうれしくない。

 プライは、アルドの言葉に頬を緩めた。


「ありがとう、アルド殿。それならケルリの道へ向かいましょう。あの木の実は厳しい環境にこそ実る。以前ケルリの道で見たという話を聞いたことがあるのです。アルド殿は先に向かっていてくれませぬか? 私は女性をラトルへ送ってから向かいましょう。貴殿、名前は?」

「はい、ミルカと申します」

「それではミルカ殿、行きましょう」

「じゃあ、プライ。またあとで」


 プライはミルカを伴って、ラトルのほうへ姿を消した。きっと道中でも熱く説法するのだろう。


「さて、おれは先にケルリの道へ…って、うわ!」


 アルドは思わず声を上げた。水辺の岩陰から、誰かがアルドのことをじっと観察している。


「誰だ! …って、ロゼッタ?」


 姿を現したのは、異端審問官の正装を身につけたロゼッタだった。いつものように、にっこり笑っている。


「まあ! アルドさん、するどい! このまま雲隠れしようと思いましたが、ばれてしまったなら仕方がありませんね」

「そんなところでなにしてるんだ? もしかして、プライの監視か?」

「まさか。あの熱血神父の監視なんて絶対、ぜーったいしませんよ」

「じゃあ、なんで…。まさか、俺の監視か!」

「いいえ、それも違います。用があるのはあの熱血男です」

「へえ。なんていうか、珍しいな」

「ええ、本当に! …大したことじゃないんですよ? ただ、チルリルさんからあの男への指令を預かっておりまして。さっさと渡して自分の仕事に戻りたいんですが…」

「なんだ、じゃあさっき渡せばよかったじゃないか」

「それは、まあ、そうなんですが。お取込み中だったし、タイミングが難しいじゃありませんか」

「はは。ロゼッタは相変わらず、プライが苦手なんだな」


 アルドは思わず噴き出した。プライのことを話すロゼッタの顔から、いつもの張り付いたような笑顔がなくなっている。笑顔のロゼッタも嫌いじゃないが、こちらのロゼッタのほうがどうにも魅力的に見える。


「もう、からかわないでください、アルドさん。ところで、さっきの女性はなんですか? プライさんが連行されたようですが」

「れ、連行じゃないよ。彼女、苦労してるみたいでさ。病気のお母さんの薬を作るのに、アリアンナの宝石っていう木の実が必要らしいんだ。これから俺とプライで探しに行くことになったよ」


「アリアンナの宝石を、ですか?」

「ああ。ロゼッタも来るか?」


「いえ、この後も用事があるので。チルリルさんの指令は急ぎではないと聞いていますから、また今度渡すことにします」

「そうか? じゃあ、俺は行くよ」

「…アルドさん、気を付けてくださいね」

「えっ? ああ、珍しい木の実らしな。見落とさないよう気を付けるよ」


 意気揚々と去っていくアルドを、ロゼッタは意味深い瞳で見つめた。


「気を付けるっていうのは、木の実のことだけではないんですけどね…」


________________



 アルドがケルリの道へたどり着くと、そこにはすでにプライの姿があった。


「あれっ! プライ、ずいぶん早いじゃないか。ミルカを家まで送ったんじゃなかったのか?」

「アルド殿、よく来てくれました。もちろんミルカ殿のことは、家の扉をしっかりと施錠するところまで見送ってきましたぞ。それから少しでも早くアリアンナの宝石を見つけようと、このケルリの道へ走ってきたのです」

「さ、さすがサラマンダーのように熱い男…。おれものんびりしていたつもりはなかったんだけどな」


 アルドは力なくうなだれた。全く、アルド自身、自分をお人よしだと思っているが、人助けとなるとこの男の情熱にはかなわないらしい。


「それで、調子はどうだ? 木の実は見つかった?」


 アルドが聞くと、プライは首を横に振った。


「いや、今のところそれらしいものは一つも…。このような場所に薄桃色の木の実が実っていれば、すぐわかりそうなものだが…」

「そうか。まあ、そんな簡単には見つからないよな」

「アリアンナの宝石は、時には本物の宝石よりも貴重な存在として扱われると言います。手ごわい相手になりそうですぞ。ほら、さっきからこう、こうやってかがんで、目を皿にして探しているのですが…」


 そう言うと、プライはしゃがみ込んで、カニのように横歩きしてみせた。頭を容赦なくやぶに突っ込むさまは、とてもまともな人間とは思えない。


「ほら、アルド殿も!」

「い、いや。俺は別の方法で…って、あれ?」


 アルドは目をこすった。プライの足元に、その場には不釣り合いなかわいらしい木の実が成っている。真っ白な綿毛のような実は、中心だけうっすらと紅をさしたように染まっていた。


(これって…。アリアンナの宝石!?)


 アルドは真っ青になった。せっかく見つけたアリアンナの宝石が、今にもプライの大きな足の下敷きになろうとしていたのだ。


「わっ、プライ! 動かないで! ストップ、ストップー!」


 ドン!


「うわあっ」


 アルドは情けない声を上げて地面に這いつくばった。…おかしい。今、俺はプライを止めようととびかかったはず…。それなのに、とびかかった自分は地面に転げて、ぶつかられたプライはきょとんとこちらを見下ろしている。アルドは、ただそこにいるだけのプライにふっとばされていた。


(プライのやつ、一体どんな体幹をしているんだ…)


「大丈夫ですか、アルド殿!」


 プライが思わず立ち上がった。慌ててアルドが制止する。


「わあ! プライ、動かないで! 足元にあるんだ、アリアンナの宝石が!」

「何と!」


 プライは、おそるおそる自分の真下へ視線を下ろした。確かに、薄桃色の木の実がプライの右足のすぐ隣で揺れていた。


「灯台下暗しとはこのことか! まさかこれほど近くに潜んでいるとは…」


 プライは、アリアンナの宝石に一礼してから優しく摘み取った。


「ありがとう、アルド殿。これでミルカ殿に渡すことができます」

「見つかってよかったよ。さあ、ミルカのところへ…ん?」


 アルドは耳をそばだてた。すぐそばで何かの気配がする。

    次の瞬間、アルドは間髪入れずに剣を抜いた。


「プライ、気をつけろ魔物だ!」

「何っ!」


 (戦闘)

 低いうなり声とともに、魔物はプライの背後から飛び出した。

 しかし、プライは落ち着いている。もう何度も相手にしてきた魔物だ。振り向きざまに巨大な槌で一撃くらわすと、間髪入れずにもう一撃振り下ろす。

 アルドは素早く魔物の背後に回り込むと、プライと挟み撃ちできる位置についた。あとは、言葉を交わさずともわかる。二人は息のあった攻撃で、あっという間に魔物をのしてしまった。


「大丈夫だったか、プライ!」

「ああ。ですが、木の実が見当たらぬ…。今の戦闘のどさくさでどこかに紛れてしまったか」

「いや。大丈夫さ、プライ。右手の袖のところ、見てみてよ」

「ああっ、これは!」


 プライの祭服の袖口に、アリアンナの宝石が危ういところでひっかかっている。プライは安心したように、深く息を吐いた。


「良かった。てっきり、失くしてしまったものだと…。そういえば、アリアンナの宝石は魔物を引き寄せる香りを発するという噂があリました。採った際に、奴らを刺激してしまったようです」

「そうだったのか。とにかく木の実が無事でよかったよ。さあ、ミルカに速く届けてあげよう!」


________________



 ラトルへ行くと、ミルカは宿屋の前にたたずんでいた。プライが家まで送ったはずだが、きっと待っていられなかったのだろう。


「ああっ、神官様! アリアンナの宝石はどうでしたか?」


 プライの姿を見るなり、ミルカはプライへ飛びついた。


「落ち着きなさい。木の実は無事に見つけて来た」

「えっ! す、すごい…」


 ミルカは目を真ん丸にして、プライの手からアリアンナの宝石を受け取った。ミルカ自身、本当にそれが見つかるとは思っていなかったらしい。


「ありがとうございます、これで母にアリアンナの宝石をプレゼントできます」

「ん、プレゼント? 薬の材料にするんじゃなかったか?」


 アルドが怪訝そうに聞くと、ミルカは


「え、ええ! そうです。薬にして、プレゼントするんです」


 と付け足した。


「あの、神官様。大変厚かましいと思うのですが、もう一つお願いを聞いてはもらえませんか?」


 ミルカは木の実を懐へしまうと、おずおずとプライに切り出した。


「もうひとつ探してきてほしいものがあるんです」

「ああ、もちろんだ。言ってみなさい」

「ああっ! でも、やっぱり…。こんなことを仕事中の神官様に頼んでいいものか」

「先ほど構わないと言っただろう。遠慮せずに言ってみるがよい」

「はい! 探して欲しいのは、エクリル石という宝石なのですが…。母との子供のころの思い出の品なので、渡したら母が元気になるんじゃないかなって思っているんです。どうか、探してきてくれませんか!?」

「む、今度はエリクル石か…」


 プライは元から怖い顔を、さらにしかめた。


「あのさ、エリクル石ってどんな宝石なんだ?」


 アリアンナの宝石に続いて、やっぱり分からないアルドが聞く。質問にはミルカが答えた。


「エリクル石というのは、別名『大地の激情』とも呼ばれている真っ赤な宝石です。アリアンナの宝石ほど希少ではないのですが…」


 プライが続ける。


「そうは言っても、簡単に見つかるものではない。まあ、時間をかければ問題はないだろう」

「よろしいのですか、神官様?」


 ミルカが不安そうに聞くと、プライは胸を張った。


「もちろん、探してこよう。あれは、ナダラ火山のほうでとれるはずだ」

「ありがとうございます、神官様!」


 ミルカは、また目に涙を浮かべてプライに手を合わせた。アルドは、どうもミルカのこのしぐさが苦手だ。わざとらしくて、見ていて体がむずむずする。


「アルド殿、良ければまた手伝ってもらいたいのですが。アリアンナの宝石をあっという間に見つけたアルド殿なら、エリクル石だってすぐに見つけられるのでは、と思いまして…」


 プライが申し訳なさそうに言った。


「もちろん。ここまで来たら最後まで付き合うよ」


 アルドは正直面倒だと思った。だが、プライに頼まれてはしょうがない。


「早速、ナダラ火山へ行ってみよう」


________________



 ナダラ火山でのアルドの活躍はすさまじいものだった。

 三か所めぐって、そのうちの一か所からあっという間にエリクル石を見つけてしまったのだ。


「良かった。思ったより早く見つかったな。ミルカのもとへ届けよう」


 ラトルへ向かう足取りも軽い。アルドとプライは安堵した様子で山を下りる。


 ラトルの入口へ差し掛かったとき、白い祭服の男がアルドとプライの目の前を横切った。西方教会の神官だ。えらく急いでいる。


「あっ、プライさん! プライさんじゃないですか!」


 神官の男は走り抜けた道を後戻りして、プライに呼びかけた。


「むっ、お勤めご苦労である。私になにか用か?」

「はい、ゾル平原のほうに大型の魔物が現れたとのことで、退治に向かっているのです! 是非、手伝ってはもらえませんか?」

「何っ! もちろんだ、すぐに向かう」


「プライ、俺も行くよ」

「いや、結構!」


 アルドが口をはさむと、プライが制止した。アルドの手に、先ほど見つけたばかりのエリクル石を握らせる。


「ありがとうございます、アルド殿。しかし、もう今日は十分手伝ってもらいました。魔物退治は私が行けば十分です。ただし、このエリクル石を届ける役目を任されてはくれませぬか?」

「うーん。…分かった。プライがそう言うなら」

「それじゃあ、よろしく頼みましたぞ!」


 プライはそういうなり、全速力でゾル平原に向かった。


「お、お待ちください! プライさん!」


 仕事を頼んだ神官が慌てて追いかける。二人の姿はあっという間に見えなくなった。

 アルドは、改めて宝石と向き合った。深紅の輝きが日の光を受けてさらに深く輝いている。


「それじゃあ、俺はこの宝石を女ミルカへ届けないと…。って、うわっ!」


 アルドはあんまりびっくりしてひっくりかえりそうになった。物陰から、またしてもロゼッタがこっちを見ていたのだ。


「ロゼッタ、用事があるんじゃなかったのか…?」

「ううむ、やはりアルドさんはやりますねえ。今度こそ見つからないと思ったんですが」


 ロゼッタは堂々とアルドの前へ歩み出た。陰から見ていたことへの後ろめたさも反省もちっともない。ロゼッタからすれば、物陰からののぞき見も仕事の一部なのだろう。


「用事はもう終わりました。今は次の仕事までのちょっとした空き時間です」

「今度は何の用だ? プライならさっきまでいたけど、別の仕事が入ってゾル平原へ向かったよ」

「ええ、知ってます。神官をおいてけぼりにして走り去ったところを見ていましたので」


 アルドははて、と思った。


「あれ、じゃあチルリルからの指令は? 渡さなくてよかったのか?」

「それは…また今度にします」

「そ、そうか」

「それよりもアルドさんっ」


 ロゼッタは怒ったような言葉じりで言った。すぐにでも話題を変えたかったらしい。


「もしかして、これからあの女性に会いに行くんですか? アリアンナの宝石を欲しがっていた、あの女性です」

「ああ、ミルカのことか。実はアリアンナの宝石を見つけた後、今度はエリクル石っていうのを探してほしいって頼まれちゃってさ。ほら、これ」


 アルドはロゼッタに、白い布にくるんだエリクル石を見せた。


「母親との思い出の品なんだってさ」

「ふうん。ところで、あの人はあそこで何をしているんでしょうね?」

「え?」


 ロゼッタは怪しく微笑んだ。アルドがロゼッタの指すほうを見ると、そこにいたのはミルカだった。一人ではない。どうやら、別の男性と話している最中らしい。


「ほら、こっちですよ。アルドさん。


 ロゼッタは、なれた足取りでミルカの背後の軒先に隠れた。アルドもつられて姿を隠す。ミルカは目と鼻の先だが、ちょうど死角になって見えない場所だ。男性との話声がよく聞こえる。


「それで、友達へのプレゼントにエリクル石が欲しいんです。探してくれますよね?」


 アルドは自分の耳を疑った。


(えっ! 俺たち以外にもエリクル石を探すよう頼んでいるのか? それに今、友達へのプレゼントって…)


「ああ、もちろん! すぐ探してくるよ!」


 男性ははずんだ声で答えると、すぐにその場を後にする。ミルカは嬉しそうに、それでいて意地悪そうに口のはじを持ち上げた。


「ふふ、いい感じね。いい人がたくさんいて助かるわ…」

「あっ、待て…」

「ダメです、アルドさん」


 立ち去るミルカへ声をかけようとするアルドを、ロゼッタが引き留めた。

 ミルカの姿が見えなくなってから、立ち上がる。


「ふう。なんですかね、あの人。アルドさんとプライさんには「お母さんのため」のエリクル石を頼んだくせに、今度は友達のプレゼントにするつもりですよ。変ですねえ」


 ロゼッタはいつもの笑顔をくずさず、嫌味たっぷりに言った。


「もしかして彼女、俺たちをだましたのか…?」

「もしかしても何も、間違いなくそうですね」


 ロゼッタがきっぱりと言い放つ。その口ぶりにアルドはたじろいだ。


「どうしてそこまではっきり言い切れるんだ?」

「あのね、アルドさん。アリアンナの宝石は金持ちの愛好家のための、観賞用の木の実なんです。何の効能もありません。薬の材料になんてなりえないんですよ。それに、エリクル石でしたっけ」

「あ、ああ…」

「あれも、金持ちのための嗜好品です。確か、結婚式の際に親から子供へ送るんじゃなかったかしら? とにかく、あんな見るからに貧乏な人には縁のない宝石ですよ」

「…そうか。そうだったんだな」


 アルドは肩を落とした。嘘をつかれた寂しい気持ちが、胸の奥にふつふつと沸いてくる。


「落ち込まないでください、アルドさん」


 ロゼッタは人差し指を口の前に立てると、声のトーンを落として言った。


「ね、アルドさん。せっかくだから、その宝石はあの女に渡したことにして、自分の懐にいれてしまいなさい」

「えっ! それはできないよ!」

「あら、でも彼女に渡したからってろくなことにはならないと思いますけど…」

「そ、そうとは限らないじゃないか。例えば、これが金持ちの嗜好品って言うなら、売ったお金でお母さんの薬を買うのかもしれないし」

「あのね、アルドさん」


 ロゼッタは厳しい表情で言った。


「そうだと言うなら、あの女性はそう言えばよかったのです。お金がないから、エリクル石を売って母親の薬代の足しにするって。でもそうは言わずに嘘をついた。嘘をつくってことは、後ろめたい何かがあるってことです」

「…そうだな、俺もそう思う」

「だから、それを彼女に渡してはいけません。よからぬことに使われるに決まっています」


 アルドは口をつぐんだ。ロゼッタへの反論は思いつかない。アルドは


「わかった、ロゼッタの言うとおりにするよ」


 とつぶやいた。


「ああ、良かった。分かってくれたのですね。…!!」


 ロゼッタは突如目を見開いた。後ずさりして、それからアルドが声をかける間もなく走り去って行く。


「ロゼッタ! どうしたんだ?」

「やや、アルド殿。ロゼッタ殿がここにいたのですか?」

「わっ! プライか…。ロゼッタならさっきまでいたけど、いなくなちゃったよ」


 振り返ると、ひと仕事おえたプライがどっしりと構えていた。魔物と闘ったはずなのに傷一つない。きっと快勝だったのだろう。


「アルド殿、ミルカ殿にエリクル石は渡せたでしょうか?」

「え! えーっと…。うん、まあ」

「そうか、それは彼女も喜んだことでしょう。礼を言います、アルド殿」

「う、うん…」


 アルドは、後ろめたくてプライから顔をそらした。プライは気づかない。


「実はアルド殿。彼女は我々が見ている以上に苦労していると思えて仕方ないのです」

「そ、そうかな?」

「はい、彼女の顔色や声色で分かります。ミルカ殿のような人こそ、我々は助けなくてはいけないのです」

「そ、そうか…」


 プライの一言一言がアルドの胸に刺さる。アルドの気も知らず、プライは言葉を続ける。


「私はしばらく彼女の様子を見守ることにします。もしなにかあれば、また手伝ってもらえないでしょうか?」

「う、うん。プライの頼みなら」

「かたじけない、アルド殿」


 プライはアルドの手を両手で熱く握ると、宿屋へ足を向けた。


「それにしても、今日はずいぶん働いた…。一足先に休ませて頂きます」

「ああ、またな。プライ…」

「失礼する、アルド殿」


 アルドは、いたたまれない気持ちでプライの背中を見送った。


「本当にこれでよかったのか…?」


 ロゼッタの言うことが本当なのか、プライの言うことが本当なのか、アルドにはちっとも分からなかった。

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