零のない御挨拶

エリー.ファー

零のない御挨拶

「はい、これで以上です。採点をお願いしますっ」

「はい、ご苦労様でした。頑張ってたんじゃないですか。よくできてた方だと思いますよ。君にしてはね」

「はい、ありがとうございます」

「褒めてないから」

「あ、その、すみません」

「あぁ、そのすみませんとかもウザい。まずさ、謝るのが先っていうのもどうかと思うんだよね、まぁ、謝ることはいいんだけどさ。なんていうか、なんで謝らなきゃいけないかを理解できてないよね」

「それは、その、褒めてないのにありがとうございますと言ってしまったからでしょうか」

「まだこっちが話してるよね。なんで勝手に話始めてるの。誰かに許可でも取ったわけ。ねぇ」

「す、すみません」

「もういいよ、本当に謝る以外に何もできないよね、君って。で、さ。今回は挨拶の訓練だったわけだけども。ていうか、昨日も一昨日も、その前も挨拶の訓練だったよね」

「そうです」

「毎回毎回、挨拶の訓練って。しかも、挨拶の訓練の最終テストを合格ができなくて何度も何度も落とされてるわけでしょ」

「悔しいです」

「お前みたいなのでも悔しいんだ。最終テストなんて訓練をちゃんとやってるなら、普通に通るけどね。ねぇ、最終テストの評価基準言ってみなよ」

「声の大きさ、速度、立ち振る舞い、身だしなみ、内容です」

「だよね。五つの観点から評価するわけだ。あのさあ、これの合格ラインって知らないだろうから、特別に教えてあげるけどさ。これはね一つの観点ごとに十点満点で、どこか一つでも零点じゃなかったら合格なんだよ。分かる。全部一点でもいいの。それでも合格なの」

「は、はい」

「なのに、君もそうだし、君の仲間の落ちこぼれたちもそうだ。何か必ず零点だよ。声の大きさが大丈夫だと、立ち振る舞いが零点で、立ち振る舞いができていると喋る速度が零点。あれが大丈夫なら、こっちが駄目みたいなものばっかり」

「不器用で、その、一つをできるようにすると他ができなくなって」

「役立たずもいいところだよね、君たちって。零点を取らなければいいって話なんだよ」

「すみません。本当にすみません」

「満点の御挨拶をしろって話じゃあないんだよ。零のない御挨拶だよ。ただの零のない御挨拶。それもまともにできないって、ねぇ」

「すみませんでした」

「今回も声の大きさが最悪っ、零点だよ、零点。また挨拶の訓練の最終テストは不合格です。残念でしたね」

「すみません。すみません。次は頑張ります」

「あのね、君達みたいな子どもがさあ、社会に出たところで何の役にも立たないわけよ。だから僕たちがね、こうやって色々な社会の常識を教えてあげてるわけだ。これは、この施設の中でしか生きたことがなくて、外の世界を知らない君たちのための訓練なんだよ。分かってるよね。分ってるんだろうね」

「すみません。次は絶対に零点は取りません。ちゃんとした挨拶をします」

「はい、じゃあ帰っていいよ。あと、この部屋綺麗にしておけよ。全部雑巾で拭いておけよ」

「はい、採点していただきありがとうございました」




「何度も何度も採点させやがって、あのクソ野郎。さっさと合格しろやクソボケ」

「どうしたんだよ、荒れてるじゃねぇか」

「どうしたもこうしたもねぇよ。あいつ全然挨拶が上手くならねぇよ」

「あぁ、あいつって、あの落ちこぼれ軍団のリーダーみたいなやつか」

「そうだよ。あのクソバカ。滅茶苦茶上手くやれって言ってるわけじゃねぇんだから、さっさと合格してこっから出荷されちまえばいいのによぉ。あいつらがいるだけで、俺の成績が悪くなっちまう」

「まぁ、この施設のガキどもは奴隷として売られるやつらだからな、最低限挨拶ができねぇと買い主から文句を言われる可能性があるし。まぁ、挨拶は仕込んでおかねぇと無理やり出荷したところでって感じだな」

「そうなんだよ、あのクソどもが。零評価のない挨拶をすればいいだけの話だろ。満点の御挨拶をしろって言ってるんじゃねぇっ、零のない御挨拶だぜっ。それができねぇなんて、本当に欠陥品だぜ。クソ奴隷もいいところだ」

「臓器だけ抜けばいいじゃねぇか」

「知能テストではそれなりに評価が高かったガキ共だ。それを臓器用に回したら、逆に俺の評価に関わっちまう」

「あぁ、そうか」

「畜生、あのクソガキどもがっ」




「大丈夫だったかい」

「ばっちり、ちゃんとやってきた。そうじゃなかったらここには戻ってこれないよ」

「ばれてないか」

「ばれてないね。間違いないよ。まだ僕らが、奴隷として出荷されることに気付いてないと思ってる」

「あいつら採点する側の人間だからって俺たちのこと舐め過ぎだよな。あはは」

「まぁ、そこがありがたいんだけどね」

「俺たちは毎回毎回、挨拶の訓練をまともに受けているんだぜ。普通に考えて、必ず最終テストでどこかが零点になるなんて、わざとじゃない限りあり得ないだろ」

「僕たちが役立たずであるってちゃんと刷り込みをしてきたからこそ、疑ってないんだろうね。いやあ、頑張ってきた甲斐があるよ」

「で、どうなんだよ。外の奴らと連絡は取れたのか」

「ばっちり。ここの施設が子どもを監禁して、しかも奴隷として売っていることは伝えたよ。一週間以内に必ずここに警察官がなだれ込むみたいだ」

「よっしゃ」

「でも、安心はできないよ。もしかしたらあいつらは警察に捕まっても自分たちの悪事を全部話さないかもしれないし」

「でも、そこは大丈夫だぜ。俺たちはちゃんとあいつらに何をされたのかを記憶してるし、記録もしてる。それに、挨拶をする時に必要な、声の大きさ、速度、立ち振る舞い、身だしなみ、内容は、いやというほど訓練をしてきたから、いつでも満点の状態で警察に話せるぜ」

「あぁ、その通りだね」

「俺たちはいつだってできるんだぜ。零のない御挨拶くらいはな」

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