第2話・時計塔

「よろしく」

二人の声が重なり、手が重なった。テルミナの白い手とレグレスの黒い手が、互いに握られた。

この若者は塔について何か知ってる。役に立つかもしれない。

この若者は塔に何か用がありそうだ。警戒しておかなければ。

各々の思惑はとりあえずしまい、二人は向き直って笑った。テルミナがレグレスの銀輪を見つめている。

「……気になるのか?」

「うん」

街の中じゃあんまり見かけないから、と言ったっきりテルミナはしげしげとその浮遊銀輪を見つめる。工学に興味でもあるのだろうか。

「見たいなら見せてやってもいいけど、俺今夜の宿探したいんだよね」

見つけた後じゃダメか?と言うレグレスに対してテルミナが銀輪から目を離さないまま言う。

「私の家に来ればいい。元々よく友人が訪ねてきてたせいで生活用品は二人分ある」

友人が、と言うその目はどこか遠くを見ているようで、レグレスは何とも言えない気分になった。一体この人はどこを見ているんだろう。昨日か、だとしたらどの昨日なのか。

「どう?悪い条件じゃないと思うけど」

いつの間にか銀輪からレグレスに目線を移して首を傾げてみせるテルミナ。ただその華奢な手は銀輪に向かったままだった。

「そうさせてもらう」

偶然にもトントン拍子に宿が決まった。自身の幸運になんとなく感謝しながらレグレスは先導するテルミナについて街を抜けていった。


テルミナの家は街の外れの方にあった。小さな庭に整えられた石が簡素に突き刺してある。まるで墓石のようだ、とレグレスは僅かに寒気を感じた。銀輪をその庭に置いてレグレスはテルミナに続いて家の中に入った。置く場所はないと言われ、仕方がないが棺桶は再び銀輪に括り付けておく。

家は、確かに二人分の生活感にあふれていて今にも「もう一人」が帰ってくるのではないかとすら思った。

「その友人は、今日は来ないのか?」

「来ない」

何気なく質問したレグレスにまたもや間髪入れずにテルミナが返す。

「もう二度と、来ない」

客用のベッドを整えながらテルミナが続ける。深緑のマントに覆われたその背中には悲しさ、いや哀しさが溢れんばかりに背負われているように見えた。

「喧嘩別れでもしたのか?」

今思えばここで質問をするべきではなかった。この質問によって数日泊めてもらうだけのレグレスと数日泊めてあげるだけのテルミナの関係性は何も変わらないが、それでもテルミナにとって訊かれたくないことだったのは確かだった。

それはテルミナ自身の態度に表れていた。目が一瞬虚ろになった。手元が何かを引き留めるかのように動いた。

「……死んだ」

沈黙。テルミナの放った小さな声はすぐに消え、家の中を静寂がすぐに支配し出した。

「ごめん」

「別に」

元々二人とも口数が多い方ではない。テルミナが毛布を広げる音、椅子を整える音、適当に向こうの方を整理する音だけが響いた。

随分と寂しい家だ。

「まぁ、一人暮らしなんてそんなものだよ」

口に出ていたのだろうか、レグレスの独り言にテルミナが返す。口数が少ないとはいえどちらも沈黙は苦手だったようだ。

そのあとはレグレスの銀輪を弄り、旅の話をするなど他愛のない時間が過ぎた。いつの間にか窓の外は真っ暗になっていた。

寝よう、と言うテルミナにレグレスが問いかける。

「最後の質問なんだが、あの塔は時計塔で間違い無いんだよな」

質問、と言いながら彼の口調はほとんど断定しているそれだった。テルミナの目が厳しく細められる。

「そうだけど」

多少つっけんどんになってしまったかもしれない。テルミナの返事は本人も驚くくらいに冷たく硬かった。

「時間を、支配できる、塔……」

レグレス本人はそんなテルミナの冷たい言葉も気にしていない様子で窓の外を眺めている。真っ暗であの馬鹿高い塔は見えないが、レグレスの視線は確かにその塔を捉えていた。

「違うよ」

テルミナがレグレスの横に並ぶ。

「時間を支配できるんじゃない。時間を、正しく動かすだけ。そのための塔だから……」

暗い窓際でもテルミナの金色の瞳は強く輝いているように見えた。それはレグレス本人も知らないような彼の本心を見透かしているようで、彼は思わずその若者から目を逸らした。庭に置いてきた棺桶のことが無性に気になる。

「時間を不正に動かすような、そんな真似は許されない」

淡々と、自分に言い聞かせるようにも見えるようにテルミナは呟いた。レグレスは塔のある方向を見つめたまま黙った。

やがて彼は窓から離れるとテルミナの用意したベッドに潜り込んだ。おやすみ、とくぐもった声が聞こえる。テルミナはそれを背中で聴きながら先程のレグレスと同じように塔を見上げた。

「私たちは……いや、私は進まなければいけない」

すぅ、と息を吸う。窓は開いていないはずなのに、外のような冷たい空気で満たされた気がした。

「そうでしょ、テトラ」

少し濁った金色の瞳は、後悔と絶望を踏み台とした未来を刻む塔を見つめていた。

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