ドレア

「ドレア婆ちゃん。薬持ってきたよ」


 ユキがドアを叩くと、すぐに扉が開いた。


「ユキかまたなんだかえらくいい匂いなんてさせて、今度はなにかやらかしたんだい」


 眉間に皺を寄せながら、ドレアはユキの持っている薬を奪うように受けとる。


「そんなんじゃいくつあっても命が足りないだろ。さっさと魔法使いなんてやめちまいな」


 その言葉にユキがムスッとした顔をする。


「せっかくの可愛い顔に傷でもついたらどうするつもりさ」


 ドレアはそんなユキに背を向けると、ブツブツと独り言を吐きながら部屋に入っていく。


「じゃあ、僕はこれで」

「何をいっているんだ。少しは年寄りの話し相手でもしていきな」


 怖い顔でドレアがユキに家に上がるように手招きをする。


「──来るだろうと、美味しいお菓子を買っておいたんだから」


 ブツブツと呟くドレアのその言葉にユキは小首を傾げる。

 確かにドレアに薬を届けるといつもこうやって長話に付き合わされる。

 そしていつもお菓子を食べさせられるのだが、そのお菓子は「近所の人がくれたんだけど、こんな年寄りにこんな甘いもの体に悪いだろ、だからお前が食べとくれ」と言っているからだ。


(誰かが来るみたいにいっていたし、孫でも来る予定があるのだろうか?)


 でもお菓子の魅力には勝てず、ユキはいつもドレアの長話に付き合ってしまうのだ。

 リオンは食べることにすらたまに興味を無くすぐらいだ、お菓子なんてものはリオンとユキの家には存在しない。


「あの爺さんにも言っときな」


 お菓子を食べるのに夢中でなんの話をドレアがしていたのかよく聞いてなかったのだが、ドレアの言うあのがリオン師匠のことだということはわかった。


「師匠は爺さんなんかじゃありません」

「なにをいってるんだい、あいつはわしよりよっぽど爺さんさ」

 

 とうとうボケたのかという目でドレアを見る。


「あいつはわしが赤ん坊の時からずっとあの姿のままさ」

「まさか」


 ユキが鼻で笑う。


「まさかお前さん、自分の師匠がエルフだってことも知らないわけじゃあるまい」

「エルフだって!?」


 ユキの驚きように、ドレアが呆れたというように頭を振る。


 確かに師匠は村の人達の誰よりも綺麗だった。

 でも絵本で読んだエルフは、人間嫌いでみんなで森の奥深くに住んでいて、思慮深く物静かで、霞を食べて暮らしているような人たちのことだと思っていた。

 師匠のように、がさつですぐ怒ったり、機嫌を悪くしたり、実験に没頭すると何日だって風呂にも入らず、食事も好き嫌いばかりで偏食な我儘な男がエルフなわけがない。


「あんた、彼の耳を見たこともないのかい?」

「だって師匠は耳の形は指紋と同じで、一人として同じ形はないっていうから」


 呆れたというように首を左右に振る。


「お前さんはもっと周りをちゃんと見るんだね。そうして自分の頭で考えないといつか足元をすくわれるよ」


 ドレアがじっとユキを見詰める。


「確かにお前さんが、全てを知ることを恐ろしく思うのはしかたないことさ」


 ユキという名前は、ユキが師匠の家の前に捨てられていたときに珍しく雪が降っていたから師匠がつけた名前だ。

 意味も何もない安易な名前。

 ユキは毛布にくるまれ小さな綺麗な青い石のついたネックレスと一緒に置かれていたのだそうだ。

 子供を捨てる親がせめてもの償いとして置いていったのかもしれない。

 そう聞かされている。


「僕は」

「まあ、あの無愛想な爺さんがよくもまあ子育てなんてしてきたものだよ」


 ドレアがハアと息を吐く。


「安心しな。あんな奴でもちゃんとお前を愛しているんだ。わざわざ気を引くようなことをしでかさなくても大丈夫さ」

「?」


 どうやらドレアはユキがリオンの気を引きたくて、ワザとドジをしでかしているのだと思っているようだ。

 確かにいつも不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、村の人には愛想一つ振りまかない師匠である。

 でもユキは知っている。

 なんだかんだと自分を心配してくれる師匠を。村人には見せない色々な表情を自分の前だけでは見せてくれることも。

 ドジは気を引くためではなく、本当にちゃんとやろうとしているのにできないという事実が悲しいが……。

 呆れながら結局最後は助けてくれる師匠をユキは大好きだった。


 ドレアのそんな勘違いも、ユキを心配してるから出てきた言葉だとユキは感じた。

 だからユキも「大丈夫です。師匠は優しい人ですよ」と言ってほほ笑んだ。


 ドレアが意外そうな顔をしたが、「それならいい」といって、お駄賃だと残っているお菓子を布に包んで渡してくれた。


「まあ怪我をしないように頑張りなさい。偉大な魔法使いになれば本当の親が名乗り出てくるかもしれないからね」


 そんなことを望んで魔法使いになりたいわけではないが、ドレアの言葉にユキは小さく頷いた。

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