幼馴染と村人たち
「ユキ、なんだかすごくいい匂いがするけど、またお前ドジこいたのか」
クンクンと香りをかぎながら幼馴染のカイルがニカリと笑うと声をかけてきた。
「香水でもかぶったのか? 本当にお前はおちょこちょいだよな。まあそこが可愛いんだが」
「可愛いなんていうな」
ユキより少し背も高く、いかにもやんちゃな男の子という風体のカイルをユキはキッと睨みつけた。
昔二人で街に買い物に行った際に、お兄ちゃんのお下がりを着ている妹と間違えられたことは未だにユキのトラウマになっている。
しかしユキは睨んでいるつもりらしいが、そんな顔さえ可愛く周りには見られていることに本人は気が付いていない。
「ごめんごめん。でも可愛いって誉め言葉じゃないのか?」
女の子ならそりゃあ喜ぶだろう。でもユキは正真正銘の男だ。しかしキョトンとした表情のカイルを見てこれ以上言っても無駄だとユキはため息を付く。
「で、カイルはこんなところでなにをしているんだよ」
リオンとユキは村を出てすぐの森に二人だけで住んでいる、そして村に薬を届けに来たユキがカイルと出会ったのは、街から馬車などが入って来るいわば村の入り口であった。
「あぁ。父さんが帰って来るのを待っているんだ」
カイルの父親は街に出稼ぎに行っていてたまに村に帰ってくるのだ。
「明日は俺の10歳の誕生日だから、とうとう短剣がもらえるんだ」
そう、カイルは出会った時からずっと剣士に憧れていた。だが小さな村に武器屋などない、そもそも村一番のやんちゃ坊主に剣など持たせたら危ないのは目に見えている。でもとうとう10歳にして念願の短剣を買ってもらえることになったらしい。
キラキラした目で街に続く道の先から、父親を乗せた馬車が来るのをこうして朝から待っているようだ。
「短剣か、僕も早く本当の魔法教えてもらいたいな」
そうなのだユキはまだリオンからちゃんとした魔法を習ったことはない。
「まず精神を鍛えてからじゃないと危ない」といってなかなか教えてくれないのだ。
「確かにユキにはまだ危ないな」
ユキのドジっぷりを知っているカイルはリオンの言葉に納得している様子だ。
「でももう薬草だって一人で取りに行ってるし、この間だって、ちゃんと家畜の栄養剤を作らせてもらったんだから、魔法だってもうすぐ」
「それは魔法使いというか、薬剤師だな」
カイルの指摘にウッと言葉を詰まらせる。
「まぁ。魔法使いになれなくても、俺が守ってやるから」
そういうとユキの頭をくしゃくしゃと撫でくりまわす。
「ふんだ、カイルなんかに誰が世話になるか。僕は今にすごい魔法使いになって世界中をほうきに乗って旅をするんだ」
「……村をでていくのか?」
からかわれたと思ってそっぽを向いているユキにはカイルの表情は見えない。
「そんなの──」
言いかけた言葉が途中で途切れる。カイルの焦るような気配にユキが視線を向ける。
「?」
そこにはなぜだか顔を真っ赤にして何かを耐えるように口を押えたカイルの姿が見えた。カイルはユキと目が合うと、バッと後ろを振り返りそのまま自分の家の方に走り去っていった。
「なんだ? トイレか」
一人残されたユキがキョトンとその背中を見送る。
朝から待っていたのだろうから、限界だったのかもしれない。でも挨拶もしないに走っていくなんて。そんなことを思いながら、ユキは村の中に入っていった。
「ユキ!」
畑仕事をする人たちに挨拶を交わしながら、時に世間話を一言二言かけながら歩いていると、前方からこれまた幼馴染のサラが現れた。
ユキがビクリと体を震わす。
「あんたまたドジやらかしたらしいじゃない」
勝ち気な瞳でユキを指さしながらサラが鼻で笑う。
もう今朝の噂が広がっているのか? いやいくらなんでも早すぎる。たぶんサラは前の話をしているのだろう。
身に覚えがありすぎることに、ユキはガックシと消沈する。
「うるさいなぁ」
気落ちした気分でサラに構う余裕などない、一言そう告げるとそのまま歩き去る。
「ちょっとユキのくせに私を無視する気」
村では週に2度、同じぐらいの子供たちを集めて読み書きや計算などを教えてくれる『学校』なる日がある。サラやカイルたちとはそこで知り合ったのだが、サラは出会った時からなぜか、ユキにだけこんなけんか腰の態度をとってくるのだ。
村で読み書きができる大人はほとんどいない、だから子供たちも初めはそれができなくてあたりまえだ、しかし魔法使いの弟子だったユキはすでに一通りの読み書きと簡単な計算はできていた。
じゃあなぜわざわざそんなところに通っているのか。リオン曰く『私は世界のあらゆることを知っているし、教えてやることができる。ただし人との関係は教えられない』だそうだ。単に面倒なだけなのではとも思うが、そのおかげでカイルと言う親友とも出会えたし、他の村の子供たちやその親とも知り合いになれた。だからユキは『学校』に通えることを感謝している。
話を戻すがサラは村の村長の娘で、村で唯一『学校』に行く前から多少文字が読めることが自慢だったようだ。なので、初日にその自慢の鼻をへし折ったユキを敵対しているのだろう、とユキは思っている。
「ちょっと待ちなさいよ」
サラが怒ったように声を荒げる。
「なんで無視するのよ! 寂しいじゃない!」
「?」
ユキが振り返る。サラが自分でもびっくりしたように口を押えている。
「寂しいの? 僕に無視されて」
何かを言いかけた口を押えて、首を横にブンブン振る。
「サラ?」
「なによ! ユキのくせに!」
サラはどうにかそう叫ぶと、脱兎のごとく走り去る。
いつもよくわからないサラだが、今日は一段と意味不明だ。その背中を見送りながらユキが首を傾げる。
「カイルといい。サラといい、口を押えて」
眉間に皺を寄せる。
「今日はみんなお腹の調子悪いのかな?」
そんな感想を口にして、それからハッとする。
「まさかこの薬のせいなんじゃ」
ユキがそう思った時、また声をかけてきたものがいた。
「ユキ君」
その優しい声音にユキの心臓がドキリと跳ね上がった。
「オリビア」
ユキたちより三つ年上のオリビアと呼ばれた少女は、ニコリと微笑みを返した。
「また、リオンさんに怒られたんだって」
「怒られたわけじゃないよ」
いつの話題なのかわからないが、とりあえず否定する。
それからハッとして一歩後ろに下がる。
「どうしたの?」
「ごめんオリビアそれ以上近づかない方がいい」
「どうして?」
その時オリビアの鼻孔を甘ったるい香りがくすぐった。
「いい香りね」
「ごめん」
「?」
きっとオリビアも気持ち悪くなって口を押さえて走り去るに違いない。とユキは思った。
だが、オリビアはそんなユキの様子に首を傾げてじっと見つめたまま、その場から立ち去る様子はない。
「気持ち悪くない? お腹とか痛くならない?」
「大丈夫だけど?」
「薬の効果が切れたのかな?」
ほっと胸を撫でおろす。
ユキもオリビアのそんな姿は見たくなかった。
「おかしなユキね」
クスクスと笑うと、ユキの頭をそっと撫ぜる。
オリビアには下に三人も弟がいる、だから頭を撫ぜるのは癖みたいなものなのだ、『学校』でもオリビアはよくユキの頭を撫ぜてくれる。
ユキはその手の暖かさを感じてこそばゆそうにへへっと笑った。
「じゃあ、私お手伝いの途中だから」
「あっ、僕も薬届けに行く途中だったんだ」
オリビアとのやさしい一時に思わず忘れるところだった。
ユキはオリビアと別れるとドレアの家に急いだ。
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