駆除師 浅野とNo.9
水街ミト
プロローグ 8年後
酒気を帯び、ピンクに火照った肌は、うっすらと汗が貼り付いていて、少し気持ち悪い。
よろりと前屈みになり、手をつき出す。
気持ち悪くても呑む。これがわたしの信条――
浅野は少し長くなった黒髪を後ろに流す。空いていない缶を手で探り当てるも、後ろの物音に気づいて、はぁと息を吐き出した。
……またか。
「わしのじいさんはなぁ……」
「ほら、お義父さん。落ちましたよ」
本当によく呑む人だ。
みそ汁に沈んだ入れ歯を箸で掬う母を側目に、自らも手に入れたチューハイ缶を傾ける。……人のことは言えないかも。
まわりを見渡せば、宴会用テーブルはすでに、わたしと祖父のおつまみセットで埋め尽くされていた。
その一角には、自分が無理を言って買った挙げ句、まだ食べ切れていないホールケーキも残っている。
「………」
悲惨な現実から目をそらすように、浅野は残骸からテレビに目を移す。
ちょうど大晦日のローカルな歌番組で、『歓喜の歌』の合唱を中継しているところだった。
子供たちが純白の衣装姿で登場し、ホールの観客が見守るなか、合唱が始まった。
中央ではタキシードを着込んだ小さな男の子が、せいいっぱいに背伸びをしながら、ソプラノ·アルトの合唱を指揮していく。
懐かしい響きに、そしてそのメロディーに、浅野は聴き入っていた。
この『歓喜の歌』は交響曲だが、昔からわたし一番のお気に入りな曲だった。
普通の女の子なら、ポップな流行楽曲が好きだったりするところだろうか。
好きな曲が交響曲だなんて変だって、友人に言われたこともあった。
けれど…。
わたしは、あのときからずっと―――
浅野は湧き上がった記憶を振り払うように、ぐいっと味もわからなくなったチューハイを流し込む。気分は晴れない。
ぬるいチューハイ缶を残骸の仲間入りさせ、テーブルに放置されたままの、出所不明の輪ゴムを拾い上げた。
それを髪留め代わりに肩にかかる黒髪をまとめ上げてみる。
視界が開け、雲がかっていた思考は少し明るくなる。
子供の頃、泣き虫だったわたしを母がよくこうやって泣きやませてくれていたらしい。
それが、いつからかわたしの癖になっていた。
しかしそれでも、呼び起こしてしまう。
テレビから流れる子供たちの合唱が記憶の蓋に手を伸ばし、浅野はぼんやりと、あの日のことを思い出していた。
一章 木漏れ日の館 へつづく――
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