第14話 時間の流れ
「この町は、俺たちが生きていた頃とは時間の速さがちがうんすよ」
五ツ木が来た次の日、健太が、五ツ木の座っていたベンチの全く同じ位置で、私の作ったサンドイッチを頬張りながら言った。
昨日畑の作業を終えて帰宅する途中、健太に会い、畑のベンチの傍でお茶でも飲めるテーブルがあれば良いのに、と何気なく言ってみたら、なんと健太が自ら作ってくれると言うので、ライブハウスの仕事が休みの今日、来てもらったのだ。
健太は慣れた手つきで木材を切り、私が畑の作業を二時間程行った頃に様子を見に行くと、ベンチの高さにぴったりと相性の良い、小さな木製のテーブルが、ほとんど出来上がっていた。
「すごいね、あっというま」
「あともうちょい作業残ってますけどね。俺中学の時DIY同好会だったんで、こういうの得意なんす。むしろもっと作って欲しいもんあったら言ってほしいす」
そして昼食時には、もう色を塗るだけという段階だったので、さっそくそのテーブルに、昼食を広げて二人で食べる事にした。
昨日健太がテーブルを作ってくれると言うので、サンドイッチを多めに作っておいたのだ。
「保美さん、サンドイッチ好きっすよね」
「それより、この町と、生きてた頃では時間の速さが違うってほんとうなの?あ、こっちも食べていいよ」
私がこれも多めに作ってきたサラダを健太にすすめながら言うと、健太は口いっぱいにサンドイッチを頬張ったままお辞儀をした。
「ほんとらしいっすよ。だって、蒼真さん、この町でもう六十年以上生きてるらしいすけど、仁さんの後輩っつーか教え子だったらしいすよ、もともと。」
「教え子?」
「あ、保美さん知らないすか。仁さんて、もともと音楽教室の先生だったんすよ。なんかギターだけど、ロックとかじゃなくて、クラシック?のギターとかいう」
「それで、蒼真君はその教え子だったっていうことは……」
「蒼真さんはこの町だと、生きてた頃の歳を合わせるともう八十歳くらい。でも、生きてた頃は高校生で、小学生の頃、仁さんの教え子だったらしいす。」
健太はサラダの中から器用に、スライスしたパプリカだけを避けて、ドレッシングのたくさんかかったレタスを口にいれた。
「ええと……、っていうことは……」
「あ、でも時間の速さの違いって、町の位置とか、月の満ち欠けによっても微妙に変わるらしくて。はっきりした数値は出すのがものすごく大変だって五ツ木さんも言ってましたよ。まあでもだいたい、ここ数十年は、ここでの一年が、えーと俺らが生きてた頃の一時間から、二時間いかないくらいの速さだったかな。」
「そんなに違うの?」
「だから、蒼真さんはここに来て六十年だとすると、保美さんが死んだ日の、ええと……あ、だめだ。わかんねえ。」
健太はそう言って計算するのを諦め、ここから歩いてすぐの蒼真の店からテイクアウトしてきたアイスコーヒーをがぶがぶと流し込んだ。
ということは、蒼真は私が歩道橋から身を投げた時より、ほんの数日前に亡くなった高校生ということだ。
「それなのに、この町の子供達のお世話をしたり、私に仕事を作ってくれたりしたんだ……」
「まあ、そうなんすけど。いや、ゆってもあの人、精神的には完璧、八十歳のおじいちゃんですよもう。時々めっちゃわかる。大体、ただの高校生が、こんなに色んな商売やってけないでしょ。カフェだのライブハウスだの、農業だの。中身は完全に、経験豊富なベテランの経営者ですよ。」
それは確かにそうだ。
「ただまあ、わかんないのは、蒼真さんって事故で亡くなったらしいんすけど、事故の人って、そんな何十年もこの町にいないはずなんすよね。まあ確かに親より早く死ぬのも罪らしいけど、生前、やべえ罪たくさん犯したやつとか、自殺した人とかじゃないかぎりは、だいたいこの町に居るのは長くても六、七年くらいなんだよなあ。自殺でもそこまで長いって聞いたとき無いし……。だから蒼真さんがここに住んで六十年っていうのは、ホラ吹きだって言ってるやつがほとんどで。商売やるためのハクをつけるために……」
「え、それって……」
「あっ……」
私が健太の顔を見ると、健太も自分が言った言葉の意味に気付いたらしく、口に含んでいたサンドイッチを、思い切り喉に詰まらせた。
焦ってカップにわずかに残っていたコーヒーを飲み干すと、健太は息をきらしながら、
「いや……、ありえないっすよ。大丈夫……。蒼真さん、そんな大それた罪とか、犯せるような人じゃないっすから……。絶対……。」
そう言って、まだ若干むせながら、小さく俯いた。
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