芳しき白い花と受け継がれし想い

@twotwo22

第1話

 ある浮遊島で、一人の少女が草花が生い茂っている畑を眺めていた。


「やっぱり無理よねえ……」


 ここは、ラウラドーム。高度な科学技術が発達した時代でも昔ながらの自然にあふれた生活をしたい人たちが集まってできた自然豊かな島である。


 彼女は人間達が空に居住を移す前から何千年何万年もの間受け継がれてきた薬草の知識を今も受け継いている薬師一族の後継者である。

 現在薬の元になる草花の種は一般的に、大企業KMS社に握られ、彼女の家もそこから購入することも多い。もちろん会社の技術力はたいしたもので、クローン技術を駆使し、空に浮かんだ大地でも根を張るような品質の優れたものを提供してくれている。


 もちろんそれに問題があるわけではない。しかし最近彼女を悩ますようになったのはいくつか理由があった。


 一つには、薬の売上が下がりつつあることであった。もちろんこれは今に始まったことではない。彼女の家業のようにひとつひとつ丁寧に手作業で作る場合量作ることができず、必要な全ての人に行き渡らせることは難しい。

 時代を経るごとにより機械的に、より大規模に生産をすることを選択したところが力を持ち、まして科学技術が発展するごとにますます効率的に効果的な薬を生み出し人々に行き渡らせるようになったのは当然のことであった。

 そしてここ最近はこのまま何もせずにいたら家業を続けられるか分からないと言う焦りが出てくるほどになってしまっている。


 どうにかこの事態を改善できないかと、彼女は悩み始めた。


 そんなある日、家の倉庫の奥に古ぼけた木箱を見つけた。その中の本にこれまで教えてもらっていなかった薬草の知識が多く書かれていた。


 特に彼女の気を引いたのは、リラックス効果のあるとてもいい香りがする花を使った精油のことであった。秘伝の調合でできたそれは、記述によると老若男女によく売れ一番の人気商品だったらしい。もしそれを販売することができたら、きっとさらに安定して長く商売も続いていくだろう、彼女はそう思った。


 けれど、その花は畑には無かった。先祖が空に持ってきた中にもなく、KMS社のクローン種にもない。ないのだから教えてもらっていないのも当たり前であった。


 それからというもの、彼女はその花のことで頭がいっぱいだった。その花だけではなく、本に書かれていた今は失われた草花たちのことも常々考えるようになってしまった。

 どうしようもないことであるのに、考えることをやめられなかった。


 今日も薬草を取りに畑にやってきたものの、思い返してはため息をついていた。


「はああ~」


 そこに声がかけられた。


「どうしたんだ?」


「!?」


 黒髪の知らない青年であった。今の時代には見ないような不思議な格好をしている。一見好青年に見えるが、腰に剣を下げ腕がたつことをうかがわせる。

 怪訝そうな目で彼女は彼を見た。それに気づいたかのように彼は名乗った。


「ああ、オレはアルド。たまたま通りかかったんだが、ため息が聞こえてさ。なんだか困っているんだったら話聞くよ」

「ええ?」


 初対面の人にそんな話をするなんて怪しすぎる。彼女は立ち去ろうとした。


「ああ、気にしないでくれ、困った人を助けるのはよくすることなんだ」


 彼はにかっと笑った。その笑顔を見た彼女はなんだか毒気が抜かれた。もしかしたら怪しい人ではないのかもしれない。また、一人ぐるぐると思考の迷路に入っていた彼女はなんだか話を聞いてもらいたくなった。だから、ポツポツと話し始めた。


 ☆


「……それで、どうしようもないとわかってるけど、考えるのをやめることができないの」


 話を聞き終わった彼、アルドは、言った。


「そうなんだな……わかった、オレにアテがあるからちょっと待っててくれないか」

「え?アテって?」


 なぜ薬草の知識などなさそうな彼にアテなどあるのか。どうみても体を動かす専門の人間に見えた。


「これでもいろいろ旅していて知り合いは多い方なんだ。だから多分なんとかなると思う」

「なんとかって……」

「まあ、ちょっと待っててくれ。行ってくるよ」

「え?ちょっと待って」


 アルドには彼女の制止が聞こえなかったようで、走って姿が見えなくなった。


「え?いったい何だったの?」


 彼女は今の出来事を反芻した。あっという間のことだった。けれどもし、彼が本当に持って来てくれたら?そう思ったけれど、


「あるはずないのに」


 期待をしてしまう自分をいさめるように彼女はつぶやいた。



 ☆



 彼女が出会った不可思議な青年は、名をアルドといい、時空を超えることのできる旅人である。

 世界を崩壊させるべく歴史を改変するファントムにあらがい、行く先々で出会った仲間たちと何度も歴史を修正し世界を救ってきた。今もまだその旅の途中である。


 さて、アルドがアテがあると言ったのは、過去に行くことができるからでもあった。昔の本に書かれているのであれば、その時代にはその花があるということであろう。


「あの子の話からして……オレの時代にはありそうだったよな……」


 アルドは元はこのAD1100年の時代にいたとはいえ、育ったのはAD300年であった。これには深い深い事情があるが、ここでは割愛する。考えていたアルドは気づいた。


「しまった生えてる場所を聞くのを忘れたぞ」


 過去に行きさえすれば何とかなると気が急いてしまった。

 あいにく、アルドは草や花にそんなに詳しいわけではない。それでもアルドには心当たりがあった。


「クレルヴォに聞いてみるか」


 クレルヴォとは、AD1100年で汚染された大地を再び豊かな緑に戻すべく研究を続けている男性だ。実直で知識が豊富で頼りになる。


 アルドは早速クレルヴォのいるエルジオンに向かった。


 エルジオンはミグレイナ大陸地域で最も大きな浮遊都市である。最新の科学技術を駆使し、都市機能を維持している。


 彼がよくいるのはエルシオンのエアポートである。何本かの道路が浮かんでおり、そこからは人間たちが手放した汚染された大陸も広く見渡すことができる。

 彼はその大陸を眺めながらいつか人間が大地に戻れる日がくるよう願い、自身の研究の活力としているのだ。


 クレルヴォは今日も透き通る青空の下の遠い大地を眺めていた。


「やあ、クレルヴォ」

「アルドか。今日はどうした?」


 クレルヴォはかけた眼鏡をくいっとあげた。そんな仕草も様になるクールな印象だ。白銀の髪に白衣のようなコートがその印象を更に大きくする。


「クレルヴォって花とか植物に詳しいだろ?ちょっと聞きたいことがあってさ。実はさ……」


 アルドは一通り説明をした。


「花の名前は何というんだ?」

「ああ、ええと……なんだったかな。とにかくいい香りがして安眠効果が高いらしい」

「香りか……今の花は改良されすぎて本来の香りがしなくなっているからね。今そのようなものを見つけることは難しいだろうね」

「そうだよな……あ!思い出した。センユキラだ!」

「センユキラ、……どこかで」


 大学で研究室に所属し、優秀な成績を修めて卒業したクレルヴォ。数多くの文献に触れてきた彼は、記憶を辿っていった。


「ああ、カレク湿原に咲いていたという記述を見たことがある。花は白く、こぶし大の大きさで、その香りはとても強く人々に好まれていたとあった」


 カレク湿原はAD300年、アルドの育ったバルオキーからミグランス王都の間にある湿原である。


「おお!カレク湿原か!さすがクレルヴォだな。じゃあ行ってくるよ。ありがとうな!」


 礼を言い、早速向かおうとしたアルドに、クレルヴォは声をかけた。


「アルド」

「ん?なんだ?」

「僕も一緒にいっていいか。できれば見てみたい」


 クレルヴォは触れたことのない植物に対する興味をかき消すことは出来なかった。


「もちろんいいぞ!クレルヴォがいたら百人力だな!」

「百人力かはわからないけれど、精一杯力を出すよ」

「ありがとう!じゃあ行こうか!」


 クレルヴォはうなずいた。


 そうして時空を超える旅が始まった。

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