魔法士殺しと情報屋の卵

神城零次

第1話 国王殺害

 その人がお師匠様に連れられて来たのは、国が喪に服してから三日後だった。


「こいつをしばらく面倒みる。買い物は任せたぞ、フェイ」

「はい、お師匠様。食事は三人分ですね?」

「それと酒だ。蒸留酒なら何でも構わん、値段もな」


 お師匠様はお酒は酒場で飲んでくる。連れの人の分かな、と納得してお師匠様のコートを受け取りハンガーに掛ける。これが最初に覚えた仕事だ。キチンと皴が付かないように調整する。


「おい、ウルスス。部屋はフェイと一緒だ。構わんな?」

「あぁ。恩に着るよ、ベス」


 年頃の女の子と見ず知らずの男を一緒にするとは、お師匠様は一体を考えているのか、


「あ、あの……」

「フェイ、こいつは女には人畜無害だ、安心しろ」

「ああ、男色家の方ですか……」

「お前は……。まあそんなところだ」


 お師匠様は飽きれた顏をして資料室に入っていった。二人、残されてしまった。

(私、そんなに男の人と喋ってことないのに)


「フェイさん、部屋に案内してくれると助かるんだが?」

「あ、はい」


 自室に案内する。ベットは一つしかないのに、どうやって寝るんだろう……、まさか二人で…、


「俺は床で寝るから、安心するといい」

「は、はい」


 こちらの意図を察した言葉が先回りしてきた。


「ようやく人心地つけた気がするよ……」

「床で座っただけで、ですか?」


 コートを脱いでそこに胡坐をかいている姿はその辺にいる乞食か路上生活者のようだ。彼らとの違いは肌が汚れていなくて、血色がいい事だ

「お師匠様は面倒見がいい人ですから余計なトラブルはごめんですよ?」

「それは悪かったな。そのトラブルの間最中だ」

「痴話げんかかなんかですか?」


 ウルススはくすんだ銀髪を掻きながら、


「あ~、特に口止めもされてないしな……」

「なんです?」

「この国の国王を殺してきたんだ。王弟の依頼でな」

「は、はああぁぁぁぁ‼」

「声が大きいぞ、そんなに驚くなよ。いい国王じゃなかっただろうが」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「今度は正義感溢れ民を思う王が誕生するぞ、めでたいな」


 からからと笑う姿は子供の様だった。とても、一国の王を暗殺した人物とは思えない。


「本当に国王陛下を殺したのですか?」

「なんだ、証拠がみたいのか? しょうがないな……」


 そう言うとウルススは懐から油紙に包まれたモノを取り出した。


「なんです、それ?」

「中は見ない方がいいが、王族に伝わる城の脱出用隠し通路の地図だ」


 ひらひらと振って見せる。


「俺はここから城に侵入、国王を亡き者にしたわけだ」

「でも、城には大勢の兵士や近衛兵だって……」

「王も人だ。女も抱けば、糞もする。一人になる機会はあるんだよ。それに……」

「それに?」

「王様は自分が暗殺者に狙われる危険性を軽んじていた。愚王ここに極まれりだ。民草も本当に草かなにかだと思っているような奴だった」

「それを王弟は許せなかった、と?」

「暗殺者ギルドにこの地図を渡すくらいには兄が憎かったんだろ。何があったかは知らんが、その辺はベスの領分で俺は畑違いだ」

「そうですね、お師匠様は知っているでしょうね……」

「そのお陰で、俺もこうして匿ってもらえるわけだ」

「……納得しました」

「そりゃ結構」


 そう言うとウルススは立ち上がり、机に置いてあったろうそくに火種を産む生活魔法で一瞬で付けると油紙を燃やした。


「真実は闇の中、って奴だ」

「私は何も聞いてません」

「賢い選択だ」


 炎が手を舐める手前で宙に放り投げると油紙は綺麗に灰になる。実に手慣れていた仕草だった。


「暗殺の仕事はいつから?」

「かれこれ、九年目だな。初めて人を殺めたのは十七になる手前だったな」

「私怨ですか?」

「まあ、そうとも言えるし、過失だったとも言える。殺すつもりは無かったんだがな頭に血が上っていたのは確かだ。これ以上聞きたかったら酒でも買って来るといい。口の滑りが良くなるかもしれん」

「そうですね、夕飯の買い物のついでにでも買ってきましょう」


 ウルススはその言葉を聞いてもう話す事は無いとでもいいたげに床に横になった。


「ウルススは案外お喋りですね」

「……」


 年下に呼び捨てにされても怒るそぶりさえ見せない。器が大きいのか、無頓着なのか、あるいはその両方か、フェイには判別が出来なかった。


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