第2話

 その空間の大きさから考えるに、マンションのワンルームで、おそらくひとり暮らしをしているのであろう男性の住む場所に、裸の女性がいるとすれば、絶対とは言えないが、その理由は簡単に想像がつき、十中八九それは当たっている、と考えていいだろう。だから焦点はその女性と俺の関係性についてのことになる。


 ただその前に、殺人が突発的だと思われる理由は、他にもいくつかあった。彼女は仰向けになって事切れていて、その大きく見開かれた目は、まだ死んでいなくて、突然起き上がってくるのではないか、という不安を俺に与えた。その不安が自然に浮かぶ、ということは、俺がどういう立場の人間にしろ、彼女が生きている、と都合が悪い可能性は高そうだ。


 ちなみに彼女は美人だ。


 俺は生前の彼女をまだ思い出せていないが、想像する限り、おそらく彼女は美人だったのだろう。過去形にしてしまったのは、どれだけ一般的に美しいひとであろうと、醜いひとであろうと、死んで骸となれば、人間に対して抱いていた美醜の差、その感覚はなくなってしまうのかもしれない。すくなくとも俺はこの裸の死体に欲情するような感覚は持ち合わせていない。俺はネクロフィリアなどといった死体への性愛感情とは無縁の人間らしいが、こんなのはたぶん記憶を掘り起こしても出てくるようなものではなく、過去の俺も知らなかった新たな俺の発見かもしれないな。


 ……と、こんな話はどうでもいい。


 問題は死体の様子だった。死因自体はなんらかの刃物で喉もとを切られたことによるものだろう。なんらか、と表現したのは周囲に刃物が見当たらないからだ。顔には殴打された痕があり、髪の毛の一部が引きちぎられている。喧嘩のすえに死にいたった、と考えたほうが、どうもしっくりとくるような状態だった。喧嘩が計画に織り込まれていた、というのは想像しがたい。


 やはり突発的な出来事によって起こった悲劇の可能性が濃厚だ。いや悲劇だ、と感じているのは俺だけかもしれない。


 俺はこの女性を抱いたのだろうか。セックスしたのだろうか。セックスしたのなら愛していたのだろうか。


 そろそろ本題、というか、彼女と俺の関係性を考えなければいけない。


 彼女は何者なのか。男性のいる部屋に訪れる裸の女性で可能性が高いのは、未婚なら恋人、既婚者なら妻だろう。俺が未婚か既婚か、いまの段階でははっきりとしていないが、ひとり暮らしならば、未婚の場合がほとんどのはずだ。別居中という可能性もないわけではないので、これも確定ではなく保留に過ぎないが、可能性の大きさから判断すれば自分は未婚だ、と考えて差し支えなさそうだ。もし矛盾が出てきたら、その時にまた方向転換すればいい。


 未婚ならば、恋人か浮気相手になりそうだ。


 デリヘル嬢のような水商売というのも考えられないわけではないが、どうだろう……、その類の相手ならいつまでも戻って来ないことを不審に思った強面のお兄さんたちから連絡でも来そうなものだ。いやもしかしたら意識を失っている間に電話や訪問があったのかもしれないが、とりあえず性風俗関連の可能性は何者からか連絡が来ない限りは排除しても構わないだろう。


 いまは恋人か浮気相手のふたつに絞ることにしよう。


 とはいえこのふたつは似て非なるものであり、裏返せば違うけれど似ているものでもある。想像を働かせたくらいで、可能性の高いほうが分かる気はしない。


 とりあえず部屋の中を動き回ることにしよう。


 可能性を潰すための証拠になり得そうなものは意外と早く見つかった。タンスの中にフォトアルバムでもないかな、とタンスの場所を眺めた時、そのタンスの上に写真立てがあったのだ。背伸びをした俺は手をいっぱいに伸ばして、その写真立てを手に取り、そこに写真に収められたカップルを確認した。自分で言うのもなんだが、短髪のスポーツマンっぽい男は、俺だろう。この頃の髪は短かったみたいだ。そしてその横にいる女性が恋人か……。死体の女性とは明らかに違っている。髪型やファッションを変えるだけで別人のように見える、というレベルの違いではない。まったくの別人だ。


 だとしたらこの人物は浮気相手だろうか。


 裸の浮気相手がいて、俺との間に性行為がなかった、と考えるのは不自然だ。


 俺は、彼女を抱いたのだ――、と思った時、急に頭が痛くなった。


 本当にその考えは合っているのか。だったら……、だったら何故、俺は衣服を着ているのだろうか。

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