ブラック・アウト

猫田 エス

第1話あなたとわたし

「眠れないのか」

 深夜、突然のあなたの部屋への来訪に、特に驚きもせず言い放った。あなたの横には半裸の売春婦が寄り添っていて、私は酷くイラついた。刀を引き抜き、切りかかろうとしたらあなたは手を仰ぎ、女を部屋から出した。

「眠れないなら絵本でも読んでやろうか」あなたはアメスピに火を付けながら片方の唇だけで笑う。私はあなたから宛がわれた灰色の制服を脱いだ。

「小便臭いのは趣味じゃねぇよ」あなたは私を抱こうとしない。何時でもそうだ。私を小便臭いガキだと信じてやまなかった。


「確かにお前を信じているよ」ただ。「俺の最適化の手となり足となる。どんな犠牲

 も厭わない。お前を一番、信じている」ただ、お前を抱くのは無理な話だ、と言う。「私、仕事してきたの。褒めてよ」血なまぐさい刀を鞘に納める。「全員やったか」「300人斬りさせた癖に、冗談言わないで」私の仕事はあなたの最適化にいらない人を殺す事。それだけだ。あなたに拾われた時にそう決められた。私はそれに従うだけ。だから、あなたは私を抱かない。

 拾われてから初めてした仕事は、通っていた学校の校舎に居た生徒、すべてを殺す事だった。あなたは校舎の外の車で待機していた。わたしが少しでもミスを犯したら校舎ごと潰す気でいたのだろう。しかし私はその場に居た300人を全員始末した。途中で刀が刃こぼれを起こしたが、それでも私はほぼ無傷だった。

 返り血を浴びた制服に居心地の悪さを感じながら校舎の外に出たところ、あなたは私の頭に手をおいて、優しく撫でた。私は、わけもわからず、武者震いを鎮めるように頭を俯かせた。「よくやった」あなたは新しい制服を私に宛がった。灰色で、襟に赤い色の線が引いてある。スカートの襞も多く、これなら動きやすいな、と思った。刀を捨てて、あなたに抱きついたら、あなたは言った。「小便臭いのは、趣味じゃねぇよ」

 私とあなたの年齢差は25歳あった。あなたの周りにはいつも女が居る。どれも化粧の濃い、派手な顔立ちの女ばかりだった。でも、たとえ行為の最中でも、私が来訪したら、あなたは必ず女を部屋から出す。私は夜眠らないから、あなたとは仕事以外では夜しか顔を合わせる事がない。あなたは私と居る時間をとても大切にしている。少なくとも、私はそう感じていた。私はあなたのベッドに潜り込み、大きな腕の中に包まれる。分厚いカーテンに閉め切られた真っ暗な部屋に静寂が訪れても、あなたも私も一睡もしない。お互いの冷え切った体温を奪うことなく、ただ夜明けを迎えるのだ。


 あなたの居る古びた洋館には沢山の部屋が混在していて、私も全ての部屋を把握しているわけではない。でも、私の部屋とあなたの部屋を覚えていればそれで済む話だと思っている。朝、給仕がオレンジジュースとベーコンエッグ、綺麗に焼けたトーストを運んでくる。それに合わせてシャワーを浴びて、食事を摂り、制服に着替えてあなたからの仕事を待つ。

 刀を鞘に納めてから、血しぶきを浴びた首元を撫でた。もう誰の血液かわからない。誰を斬り捨てて着いた血液かわからないくらい、周りにはおびただしい死体が転がっていた。悪い人だから、殺したのだ。あなたの最適化に必要ないから、殺したのだ。


 それは私の意志とは無関係だ。

 意志、というものは多分、そこに希望や光や、キラキラした気持ちを含んでいるのだろう。私にはそんなものは無いし、必要がない。いらないものは、排除するのだ。それは部屋に入ってきた蛾と同じである。殺す以外の選択肢など、あなたにも私にも無い。でもいつか私も、蛾と同じように疎まれて、あなたから殺されるのだろうか。害虫である蛾と同じく、意味も意志も無い私を殺すのだろうか。それとも、意志も魂もない私は、その価値すらないのだろうか。

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