このドキドキの感情が知りたい/創作理論から作品を書いてもらえませんか?1

 私がそれを目撃したのは、全くの偶然でした。


 遅くまでの残業帰りで疲れていたのか、その日の私は最寄りの駅を乗り過ごしてしまったのです。


 とは言え、コチラの駅からでも歩けない距離ではなかったので、諦めてここから歩いて帰る事にしました。


 そうして普段は通らない、暗い住宅街を歩いていた時です。ガードレールの向こうから何かが倒れるような音が聞こえてきたのです。


 ここは住宅街の高台のようになっていまして、家一軒分下には小さな公園があります。私は誘われるままに下を覗き込みました。そして同時に後悔しました。


 そこには、血溜まりに佇むひとりの男性の姿があったのです。


 灰色のパーカーを頭まで被り、スラっとした細身のジーンズを履いていました。足元には白いワンピースを着た女性が倒れており、血溜まりは今もどんどんと広がり続けています。


 私は恐怖で足が竦み、よろけた拍子にポイ捨てされていた空き缶を蹴飛ばしてしまいました。


 次の瞬間、コチラを見上げた男性の鋭い瞳と、私は確かに目が合ったのです。


 そこからは、ただガムシャラでした。


 アパートの二階にある自宅に駆け込み、震える指で110番しました。そのとき自分の名前は名乗りませんでした。


 警察が目撃証言を取りに来る事を恐れたのです。警察に対して…ではありません。警察が来る事によって犯人に家を知られてしまう事が怖かったのです。


 その日は夜も寝られませんでした。


 翌日からたまたま土日だったため、私は家から一歩も外に出ませんでした。


 ニュースで得た情報によると、血痕は残っていたようですが、死体も犯人も見つからなかったそうです。


 それから一ヶ月、私は怯えて過ごしました。


 街で灰色のパーカーを見かける度に、心臓が縮み上がるような恐怖に駆られました。


 次は自分の番だと……


 そうしてきっと、私はおかしくなってしまったのでしょう。


 いつのまにか、自分から灰色のパーカーを探している事に気付いたのです。


 こうして部屋にいる時でさえ、扉を開けて押し入ってくる日を今か今かと待ち望んでいるのです。


 一体この感情は何なのでしょうか。


 ただひとつ言える事は、私は今、確かに充実しているのです。


 そうして明日からも、私はきっと、灰色のパーカーを探す日々を送っていくのでしょう。

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