結末は誰にもわからない √1 【3】

 電極を剥ぎ取り透かさず窓に駆け寄るが、鍵は開いている筈なのにピクリとも動かない。


 どうやら固定されているようだ。


 当たり前か…こんな分かり易い逃走ルートを、そのまま残しておくなんてあり得ない。


 二人組の足音はどんどんと近付いてくる。


 咄嗟に事務机の椅子を頭上に持ち上げると、そのまま窓ガラスに叩きつけた。


 ガラスの割れる激しい音が鳴り響くと同時に、素早くベッドの下に潜り込む。


「何だ、今の音は⁉︎」


 勢いよくドアが開け放たれ、二人組の男がなだれ込んできた。


「た、大変だ! 被験体が脱走した!」


 建物内が急に騒がしくなり、やがて騒動が外に移った頃にゆっくりとベッド下から這い出る。逃げるにしても、こんな入院着のような格好では目立ち過ぎだ。何処かで白衣を手に入れないと。


 廊下の様子を伺ってから、慎重に部屋を出る。


 右は直ぐに登り階段だったので左に向けて進んで行くと、前方の曲がり角の向こうから再び足音が近付いてきた。


(こっちよ)


 その瞬間、脳裏に声が響き渡る。誘われるままに部屋の中に飛び込んだ。


 その部屋は、一種異様な空間だった。


 緑色の薬液に満たされた大きなカプセルの中に、裸の少女が浸されている。カプセルの胴体には「No.153」と表記されていた。


(良かった、たろちゃん。目が醒めたのね)


 コポコポと泡の生まれる薬液の中で、少女の優しい瞳だけがコチラを向いている。


「ユリちゃん…か?」


 脳裏に響く念話の影響か、眠っていた記憶が刺激されていく。


(ゴメンね、たろちゃん。私、失敗しちゃった)


 そう言って微笑む少女の四肢は、肘から先と膝から先が既に無かった。


(私が外まで誘導するから、たろちゃんは必ず逃げ延びて)


「だ、だけどっ」


(いいの。その代わり私のお願い聞いて)


「お願い…?」


(うん。その子を一緒に連れて行って欲しいの)


 ユリの視線を追いかけると、パイプ椅子に乗せられたウサギのぬいぐるみを発見する。


(私の大好きなお友達。だから同じように大好きなたろちゃんと一緒に、連れて行って貰いたいの)


「……分かった」


(ありがとう。その子の名前はコユリ。大事にしてあげて)


「ああ、約束する」


 同じくパイプ椅子に掛けられていた白衣を羽織り、コユリを白衣のポケットに仕舞い込んだ。


 そのとき突然ドアが開き、男がひとり部屋の中を覗き込む。


「ここは異常ないか?」


 一瞬息が詰まりそうになるが、焦らずゆっくりと返事を返す。


「異常ありません」


「そうか。それならお前も、外の捜索に加われ」


「分かりました」


 男が駆けて行くのを見送ってから、再びユリの方に向き直る。


「お前の事も助けに来るから、だから絶対に諦めるなよ」


 その言葉に、ユリはハッとしたように大きな目を見開いた。


(…うん、待ってる。待ってるよ、たろちゃん)


「じゃあ、またな」


(うん、また)


 微笑むユリの瞳から零れた涙が、緑の薬液の中に溶け込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る