フィンランド産ラッコ100%使用
紅茶党のフゥミィ
『フィンランド産ラッコ100%使用』
これは私が模擬試験を受けた日の出来事です。
午前中のテストの出来に満足し、午後へ向けて栄養補給をすることとなりました。
母の愛が込められた冷たいコンビニ弁当を平らげ、私は緊張とは無縁でした。旺盛な食欲のまま、デザートへと手をかけます。
フィンランド産ビスケットの缶詰。
その物珍しさから思わず衝動買いしてしまいましたが、食べるのを惜しみ、今日までカバンの奥底で暫しの眠りについていたそれを、遂に開ける時が来たのです。
ビスケットの缶詰というと、円柱形のある程度大きな物を想像すると思います。しかし、このフィンランド産ビスケットは違いました。ネコの餌やツナ缶と同じくらいの大きさしかありません。日本語と恐らくフィンランド語で書かれた説明文の文字も細かく、目がチカチカしてしまいます。まあ、それが魅力的なのですが。
プルトップ式のフタを開けます。つまみとフタの隙間に爪を入れた……ら爪が折れそうになったので、代わりに視界に入ったプラスチック製の定規を用います。先程の数学ではお世話になりました。
パキッ、という小気味よい音と共に定規が折れました。その欠片が何処かへと飛んでいき、他の受験生の目に突き刺さりましたが、私には関係ありません。赤の他人の悲鳴を聞く趣味はありません。あ、赤の他人の「赤」の語源は「アクア」だそうですよ、奥さん。
頑固なつまみをテコの原理で押し上げる、それは人類にのみ許された技法です。何故か持っていたカレースプーンで簡単に開きました。ありがとう定規、ごめんよ定規。
遂にビスケットとご対面です。手を切らないように慎重に厳重に丁重にフタを剥がしていきます。この緊張感が堪りませんよね。
「なんだこれ?」
フタを開けると、そこにはよく分からないものが広がっていました。想像していたビスケットの色と違います。匂いもしません。焦げ茶色の物体です。視界の隅の方に救急隊員の姿が見えたような気もしますが、それよりもまずは、この謎のブツの正体を解明せねばなりません。
缶を逆さまにしてみました。もちろん中身が溢れないように手で覆っていますよ。すると、カラカラという擦れる音を携えて内容物が露わになります。
美しい重なりでした。上から順にビスケット、ビスケット、ビスケット、ビスケット、ビスケット、ビスケット、謎の焦げ茶。
小麦色の優美なビスケットはところどころ割れてしまっていますが、砂糖とシナモンの甘い香りは失われていません。その色香が私を惹き付ける。ああ、美味しい。手が止まりません。むしろ手までむしゃぶりつきたい。
――で、問題の物体が残りました。
ココアパウダーのような色をしていますが、ココアが入っている様子はありません。
そもそも、これは食べ物なのでしょうか。ビスケットの上へ覆い被さるように重なっていたのですから、内容物を保護する為のクッション的な役割をしているのかもしれません。ただ、その割にはビスケットよりも固く、そもそも手で割れるかどうかも怪しい。これのせいで逆にビスケットが割れてしまわないか心配になります。
内容物とフタとの隙間を埋め、中身を固定するために入れられたのかも、とも考えたのですが、カバンから出す際にカラカラ鳴っていたので違うと思います。
まさか……異物混入!? 慌てて缶を拾い上げ、説明文を読みました。しかし、フィンランド語らしき表記が多く、読める部分は多くありません。数少ない日本語の中から、こんな文を発見しました。
内容物:ビスケット、○○○○(フィンランド語で読めない)
※○○○○にはフィンランド産ラッコを100%使用しております。
なんじゃこりゃーーーー!!
ちょっと待って、あの薄くてちょっと湾曲しててココアみたいな色をしたのはラッコなんですか!? 食べられるんですか!? そもそもラッコってフィンランドに居るんですか!? ウッコなら知ってますけど、もしかしてラッコもウッコの仲間なんですか!?
ああ、目が回ってきた。遠くで救急車のサイレンが聞こえる……
――というところで、目が覚めました。
おはようございます。
フィンランド産ラッコ100%使用 紅茶党のフゥミィ @KitunegasaKiriri
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