修学旅行編

放課後(1)

朝四時に起きて、顔を洗って、洗濯物を洗って、掃除をして、朝食を作って、それが終わったら洗濯物を干しに行って、花月が寝ていれば起こす。


そしたら一緒に朝食を取って、学校に向かう。


これが俺の一日の始まりだ。


だが、数日前から少しだけ変わった事がある。


「あ、ママ!」

「花月ちゃん、おはよう〜」


そう、あの日から柊さんが一緒に登校する事になったんだ。

これが、あの時の約束の一つ。


一緒に登校する。


聞いた時はそんな事でいいのか、と思ったが本人が良いと言うのだからこっちは断れる分けもない。


「花月。髪とくからこっちおいで」

「いや! ママがいい!」

「え…………ひいら、ママを困らせちゃダメだぞ。ほら、こっちおいで」

「いや!!!」


ぷい、と顔を背けて反抗的な態度をとる花月。


え、これが反抗期……?もう、パパ嫌だって言われるのかな……。


そんな事を言われたら俺は、多分…………絶対に立ち直れない。


「ひ、柊さん、お願いで、できるかな………」

「あー、うん。任せて 」


柊さんは苦笑いをしながら、俺から櫛を受け取った。

俺は立ち直れず、暫く部屋の隅の方で膝を丸くしていた。


◇◇◇


ざわざわと騒がしい教室。

右斜め向こうにはギャル達が話していて、窓ぎわの方には制服を着崩した男子生徒が数人固まって楽しそうに話している。

教室の中央には男子、女子と混合したグループが話している。


そう、何時も通りの教室……ではない。


何故か視線をあちこちから感じる。しかも、突き刺さるかのように鋭い視線だ。

気のせいか、と思ったが、確認のため辺りを見回すとみんな俺を見てこそこそと話していた。

何となく理由は分かってはいるのだが。


「なあ、悟」

「ん? なんだ?」

「なんか視線めっちゃ感じるんだけど」

「そりゃあ、大熊高校三大美女の一人ここずっと一緒に登校してくるからじゃね?」

「あー、やっぱり?」


たしかに予想はしていた。だが、ここ数日は特に何も無く、皆、普通にしてたから特に気にしてないのかと思ったんだが。


悟は、ニマニマ、と悪戯じみた笑顔を浮かべている。こいつ、面白がってるな?


そうしていると、一人の女子生徒がこちらに歩いてきた。


「ねぇねぇ! 白上君と柊さんって付き合い始めたの!?」

「は? 何でそうなる………」

「え! だって、ここずっと一緒に登校してるじゃん! 付き合う以外にないでしょ!で?どうなの? やっぱり付き合ってるの?」


ぐい、と顔を近づて興奮気味に女子生徒。近い近い。なんでこんな初対面でぐいぐい来れるんだ……。


「付き合ってない」

「ええ〜嘘だ〜」

「いやマジで」

「マジトーンだね………ええ、冷酷の副会長と三大美女が付き合うっていい記事にできると思ったんだけどなー。違うのかー」


女子生徒は、ちぇーと唇をとんがらせて詰まらなさそうに帰って行った。なんか、嵐みたいな子だったな。


と言うか、冷酷の副会長ってなんだ? いつそんなあだ名が付いた……? まあいいけど。


ふと、柊さんが視界に入る。目が合うとさっ、と逸らされてしまう。あれ、なんか不機嫌じゃなかった? いや、そりゃあそうか。俺と付き合ってるって嘘でも言われたら嫌だよな。


あとで、謝っておこう。


教室内の皆は興味が無くなったのか何時もの定位置に戻りまた話しだした。


うーん。これ明日とかも一緒に登校したり、帰ったりしたらまたあらぬ誤解を産みそうだな。


約束の一つだったのだが、これ以上は迷惑をかける訳にはいかない。


ピロリン、とスマホが鳴り、俺は確認する。


『放課後ちゃんと待ってて下さいね。

じゃないと』


「!?」


エスパー?! 心を読まれている………? てか、じゃないと、で止まってるんだけど…………こわっ…………。


俺は、『はい』とだけ送っておいた。


◇◇◇◇


「で、どうだ?」

「それがさ、もう懐いたんだよ」

「へぇ、よかったじゃん。これでもう安心だな」


悟と花月と柊さんの事を話したくて、誰も来ない、もしくは花月の事を知ってる人しか来ない場所って事で今は生徒会室で昼食をとっている。


悟の言う通り、安心は安心なのだが。花月が懐きすぎて、いざ柊さんが母親のフリを辞めるって言い出したら、花月の心にまた傷を作ってしまうかもしれない。だからと言って、柊さんを止める権利なんて俺にはない。


「どうした? 次は何の心配してんだ?」

「よく分かるな……」

「何年の付き合いだと思ってるんだ? それぐらい分かるさ」


さすが幼馴染だな。何でもお見通しって訳か。


「もしさ、このまま柊さんに懐いてさ、いざ柊さんが居なくなったら花月、大丈夫かなって」

「確かにな。まだ子供だし、仮とはいえまた親が居なくなったら今度こそ立ち直れなくなるかもな」

「そうだよなー。うーん」


「でも、安心しとけ。柊から辞めるなんて絶対にないから。お前が柊と喧嘩しない限りだがな」

「何で絶対なんて言えるんだよ…………」


今朝の事もあるし、もしかしたら今日の放課後には辞めるって言い出してしまうかもしれない。


「ましろ…………それまじで言ってる? なんで柊が受けてくれたと思ってんだ?」

「ん? 慈善活動でしょ。本人も困っているクラスメイトだからとか言ってたしな」

「ましろもだが、柊も大概だな」

「え?なんで?」


悟は、何故かやれやれ、と一人呆れている。


「まあ、何はともあれ、柊から辞める事はないから安心しとけって」

「う、うん」

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