第43話 師匠!
「片付いたわね」
クレアはシズの援護があったにしろ、汗を少しもかかずに大量の魔物を殲滅してしまった。刃こぼれ一つ起こさず、美しいままの剣を納める。さすがに高いだけあるな。前の鉄の剣だったら折れて使い物にならなかったかもしれない。
しかしクレアの強さは分かっていた。あれで5割の力だと考えると恐ろしいくらいの強さであるが、想像の範囲内だ。だがシズの魔法を見たときは体に衝撃が走った。自分のただ大きいだけで使い勝手が悪い魔法と違って、敵だけを射抜く為に精密に計算されつくしたように威力、範囲が調節された魔法……もし俺がシズのように魔法を扱えたら……
「ぼーっとしてどうしたのよ。ってか、あんたさっきの戦いサボってたでしょう」
「あぁ、いやごめん、ごめん。二人の戦い振りに見惚れててな」
「そ、そう。それなら仕方ないわね」
急に褒められて恥ずかしかったのか、俺から視線を外し、倒した魔物の魔石を拾い始めた。
「次はあなたの魔法を見せて」
横にいたシズが無表情のまま俺をジッと見据えて言ってきた。
「い、いや俺は……」
シズの魔法を見た後に、自分のぶさいくな魔法を見せるのはどことなく見っともなく感じてしまった。俺が返事を濁していると、
「クレア、あなたは今日はもう休憩。これ以上戦うと悪化するわ」
せっせと魔石を拾っていたクレアにドクターストップを言い渡した。クレアはそれを聞くと、不機嫌な表情で俺達の前に詰め寄ってきた。
「なんでよ! 私はまだまだやれるわよ」
「だめ。約束を破って6割の力を出したのはあなたよ」
6割? シズは戦いを見ただけでそこまで細かく力を見極めることができるのか?
「な、な、何言ってるのよ。ちゃ、ちゃんと5割でたたたかったわよ」
うん、クレアの反応を見る限りシズの言う通りなんだろうな。それにしてもクレアは嘘を隠すのが下手くそだな。
「知らないわよ。また戦えなくなっても」
シズの低く小さい声に、クレアはギュッと唇をかみしめていた。
「わかったわよ……」
「とにかく後はレインに任せる。私も魔力切れ」
シズはどうしても俺に魔法を使わせたいみたいだな。魔力切れも嘘だろうと思ったが、クレアと違って見極めるだけの証拠がない。
「しょうがない。やってやるよ」
俺は諦めたように、承諾した。
「よかった。レッドベアは水の魔法が弱点だから。あなたなら中級で十分だわ」
「水魔法ねぇ……」
「水魔法ですって!」
クレアは両手で自分の胸を隠すように体を抱えている。
「どうしたの?」
「な、なんでもないわ。それよりも早く行くわよ! もう戦えないなら、さっさと倒して帰るわよ」
そう言うとスタスタと一人で先に歩き出した。
「クレア、そっちじゃない。こっち」
レッドベアがいるであろう場所と逆の方向に歩き出していた。魔力が感じられないのも大変だな……
レッドベアも俺達の存在に気付いたのか、大きな魔力が近づいてくる。逃げられては追いかけるのが大変なので、むしろ好都合だった。
「見えたわ。ほんとに赤い熊ね」
魔物をいち早く発見したのは、クレアだった。俺にはまだ木々しか見えないが、クレアの目にははっきりと魔物の姿が見えているようだ。俺達はその場に立ち止まり、魔物を待ち構えた。
「じゃあよろしく」
「あぁ、分かってるよ。後悔するなよ」
「後悔?」
シズが無表情のまま俺を見て首を傾げた。その瞬間、前方から木々を次々となぎ倒しながら近づいてくる音が聞こえてきた。
「レッドベアが見えた瞬間打つからな。濡れるのが嫌なら逃げとけよ」
俺は二人の女性に忠告し、右手を前方に差し出し魔法を唱える準備をする。バキバキと音のする方をジッと見据える。
後ろから二人の会話が聞こえてくる。
「クレア、なんで木に登ってるの?」
「いいからあんたも登りなさい」
「無理。そんな体力ないし」
クレアは俺の魔法対策が万全のようだ。シズは……まぁ、しょうがないな。自分が使えっていったんだし。もし水に濡れて、服が透けることになっても俺のせいではないはずだ。
そんな邪な事を考えていると、燃える様に赤い体毛の巨大な熊が鋭い爪を振り回しながら近づいてくるのが視界に入った。
「いくぞ! ウォーターボール」
ゴブリン戦と同じように巨大な水球が目の前に現れ、飛び出した。目の前の木々を薙ぎ倒しながら、レッドベアを飲み込む。巨大な水球は直撃した瞬間轟音と共にはじけ、大量の水が津波のように俺達に向かってくる。あぁ、全く同じ展開だな。水が引いた後、レッドベアは姿を消していた。
…………びしょびしょだ。いや、俺のことはいい。これだけの水量だ。きっとシズもびしょびしょになっているはず。シズが心配? になり後ろを振り返る。
そこには目の前に水の壁に守られているシズがいた。くっ、ウォーターバリアか。ってか魔力切れじゃなかったのかよ。やっぱり嘘か。
「後悔の意味が分かった。わざと?」
シズは俺を目を細めて睨みつけている。
「いやいや、お前がウォーターボール打てって言ったんだろう」
俺が反論すると、細めていた目が若干大きくなって驚いているような表情を見せた。
「今のウォーターボールしか打てない?」
「そうだよ。俺はあのウォーターボールしか知らない」
俺の言葉にシズは溜息をついて、手を目に伸ばす。
「ウォーターボール」
いきなり魔法を唱えると目の前に一メートルほどの水球が現れて、飛び出した。
「これが私の全力。じゃあ次。ウォーターボール」
次は十センチほどの水球や、五十センチほどの水球など様々な大きさの魔法が現れて飛び出す。シズは手を下ろし再び俺を見る。
「あなたは魔法を知らなすぎる」
衝撃だった。同じウォーターボールでも様々な使い方がある。俺もシズのようになりたい。シズのようにもっと自由に魔法を使ってみたい。でも俺には方法が分からない。ならば教えてもらうしかない。
「師匠!」
「えっ?」
「俺の魔法の師匠になってくれ! 俺に魔法を教えてくれ!」
俺はシズに対して、深々と頭を下げ頼み込んだ。
「いいけど……師匠はやめて……」
「じゃあ先生?」
「それも嫌。普通にシズでいい。それなら教えてあげる」
「ありがとう、シズ!」
俺は顔を上げ礼を言うと、いつの間にかシズの後ろにニヤニヤしたクレアが立っていた。
「魔法で防ぐなんてズルいわ。これでもくらいなさい」
そう言うとシズのスカートに手をかけ勢いよく捲り上げた。クレアのスピードに反応できず、シズは無防備のままその攻撃を受けてしまった
ピンクだった……
シズは悲鳴こそ上げなかったが顔を真っ赤にして、ぷるぷると体を震わせていた。
「あースッキリした。じゃあ早く帰りましょう」
クレアが森を引き返して歩き始めると、シズがクレアに向かって魔法を唱えた。
「ウインド」
クレアの足元から風が吹きつけ、スカートを捲り上げた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁー」
手で押さえようとするが防ぐことができず、その場にうずくまる。
今日は水色だった……
「お返し。ふふふ」
シズが笑った。やっぱり笑顔のシズは凄く可愛いかった。
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