第22話 剥奪
「甘い!!」
俺は渾身の一撃をエミリーにかわされ、右肩に一撃を受ける。激痛に持っている木刀を落とす。
「それまで!」
クレアの声が庭に響く。今日も夕食前にエミリーさんと特訓していた。クレアの前だから少しでも良いところを見せたかったのだが、いつも通りやられてしまった。肩を押さえてうずくまっていると、エミリーさんが手を差しのべてきた。俺はその手を掴み立ち上がる。
「今日はいつもより攻撃が鋭かったわよ。やっぱり彼女が見てるからかな。負けてあげればよかったね」
片目をつぶってウインクしてくる。
「いえいえ、今日もありがとうございます」
「うん。じゃあ私は夕食の準備してくるから、着替えてらっしゃい」
そう言うと足早に家に戻っていった。
「全くダメじゃない。まぁ前よりは成長してるみたいだけど。でもエミリーさんはさすがね。昔、父と同じ騎士団にいただけのことはあるわね。本気でやったら私でも勝てるかどうかわからないわ」
クレアが俺にタオルを渡しながらそう言ってきた。本気でやって勝てる可能性があるのか……すごい自信だな。
「怪我が治ったら、稽古つけてもらうといいよ。じゃあ冷めると悪いから急ごう」
「そうね、お腹も減ったことだし。エミリーさんって料理上手なの?」
「食べればわかる」
俺は自信満々に答えた。
「へぇー、それは楽しみね」
リビングに入ると、いつもより豪勢な食事が並んでいた。いつもはメイン一品にスープといった献立だが、今日はおかずが五品ほどあり全て大きなお皿に盛り付けてある。
「エミリーさん、なんか今日は凄いですね」
「今日はクレアさんが来て初めての夕食だからね。腕によりをかけたわ。気に入ってくれると嬉しいけど」
「うわぁ、すごぉぉい。どれもおいしそうだわ。早く食べましょう」
子供のようにはしゃぐクレアを見て、エミリーさんは微笑していた。
俺達はテーブルに並んだ料理を全て平らげてしまった。一番食べたのは意外にもエミリーさんだった。俺とクレアは早々にリタイアしたのだが、エミリーさんは勿体無いと言って全て食べ尽くしていった。
その後、大量の食器をエミリーさんが洗っていると、クレアが
「手伝います」
と言って、エミリーさんの隣に立った。
『へぇー、お嬢様だと思ってたけど、ちゃんと家事もできるんだな』
と感心した。
「パリーン」
コップの割れる音がした。すいませんと言ってクレアが謝っている。エミリーさんも、大丈夫? と心配している。怪我は無いようで、二人で片付けているので、俺も慣れないことをしたからしょうがないなと思い手伝った。破片を全て拾うと、再び食器を洗いはじめたのだが……
「ガシャーン、パリーン」
先ほどより激しい音が鳴り響く。
「ほんとうにすいません」
何度も頭を下げてクレアが謝っている。こんな人に謝るクレアを見るのは初めてだな。それにしてもクレアはまともに食器洗いができないようだ。
「クレアさん、手伝ってくれるのは嬉しいけどゆっくりしていいわよ」
エミリーさんに遠回しで断られたクレアは落ち込んだように俺の隣に座った。
「なに笑ってるのよ」
いきなり意味不明なことをクレアが言ってきた。え?俺、無意識に笑ってたのか?たしかに謝っているクレアは新鮮だったが……
「笑ってない。絶対笑ってないから」
必死に否定したが無駄なようだ。
「二つ目ね……」
えっ、何が二つ目なんですか? エミリーさんに色々言った事と、今の事だよね……俺は怖くてそれ以上クレアに聞けなかった。その日の夜は特に何も起こらなかった。
次の日の朝、エミリーさんが用意してくれた朝御飯を食べ、二人で登校した。
昨日と同じようにルミナの屋敷の前を通ると、いつもと雰囲気が違った。屋敷を建てていた職人達でなく、兵士達が何か道具を持って完成に近づいている家を取り囲んでいた。
「ね、ねぇ。私の家で何してるのかしら」
焦ったように俺の袖をグイグイ引っ張りながら聞いてくる。
「いや、俺にもわからない。今までこんなことなかったし。まさか……」
そのまさかが的中し、兵士達は一斉に建物を取り壊し始めた。
「なにやってんのよぉぉぉー」
怒りの形相で兵士達の元へ走り出した。俺もクレアの後ろを追いかける。
クレアは兵士の一人の肩を掴むと、おもいっきり殴り飛ばした。殴られた兵士は悲鳴をあげ吹き飛んだが、クレアも殴った腕を抑え苦痛に顔を歪めている。やはりまだ万全じゃないのか。
「大丈夫か?」
「これくらい大丈夫よ。それよりこいつらを何とかしなさい。私が許可するわ」
確かにフォントネル家の権力があれば、兵士を殴り飛ばすことぐらいできるだろうが……そもそもこいつらはフォントネル家と分かってて、こんな事をやっているのだろう。何かがおかしい。
他の兵士達は、殴られた兵士を見て恐怖で呆然として手を止めていたが、一人の男が歩いてくると兵士達が助けを求めるようにその男を見た。俺もその男に目がいった。
その男はきらびやかな赤の衣装に身を包み、多くの装飾品で自らの体を飾っており、金髪の長髪をなびかせていた。一市民の俺でも知っている有名人だ。レオナルド=ファレル、貴族だ。まだ若いが国最強の一角として数えられ、最近の戦争でも大活躍だったみたいだ。
「作業を続けろ。時間がもったいない」
「しかし、あの女が……」
「構わん、もう手出しはさせない」
レオナルドは低く威圧感のある声で兵士に指示をだす。すると兵士達は一斉に作業を始めた。折角完成に近づいていた屋敷がどんどん壊れていく。
「だからやめなさいよ」
クレアは顔を苦痛に歪めながら再び別の兵士を殴ろうとした。が、その拳はいつの間にか移動したレオナルドに片手で止められた。さっきまではクレアとはかなりの距離があったのに、一瞬で移動したのか……
「ふん、この程度か」
クレアの拳を掴んだまま軽く投げ飛ばした。
「あぶないっ」
俺は素早く移動してクレアが地面に落ちる前に受け止めた。
「ほう、やるじゃないか」
俺がレオナルドを睨み付けると、何かに感心したように頷いていた。ゆっくりとクレアをおろす。クレアも睨み付けている。
「あんた私がフォントネルと分かってて、こんなことをしてるの」
「いや、お前はもうフォントネルではない」
レオナルドはクレアを指さしながらそう言った。
「えっ、どういうこと……」
「お前はもう貴族ではないということだ。ザワード氏無き今、貴様には貴族は荷が重いというわけだ。よって、この土地は私の物となった。わかったら立ち去れ。これ以上邪魔をするならば、反逆罪として捕らえるぞ」
「そ、そんな……」
クレアは全身の力が抜けたように呆然としている。俺達は崩れゆく屋敷を見ながら立ち去った。クレアは悔しそうに歯を食い縛りながらも、涙が流れていた。俺は何も言えず、ただクレアの横を歩いていた。
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