第9話 手加減無用
俺とクレアが闘技場に着くと、既に多くの出場者が準備運動を始めていた。
「やっと来たね、レイン君、クレアさん。さすが今年の1位と2位は余裕だね」
リタ先生だ。
「すいません、相変わらずレインって足遅くて。それに学校の前で転んだりもして。なにやってんだかって感じなんです」
おいおい、転んだのはお前のせいだろ! とは言えず、
「すいません。でもやる気はあるんで大丈夫です」
「何言ってるのよ。ここにやる気のない人なんて、あなた以外いるわけないでしょ」
「だからあるって」
「ははは、わかったわかった。では楽しみにしているわよ。うちのクラスから優勝、準優勝が出れば最高だね。私の評価もあがるし。頼んだよ。あっ一回戦は30分後だからね。時間が来たら呼びにくるから控え室で待ってて」
評価って……先生も色々と大変なんだな。でも30分後かぁ。ほんとすぐだな。ストレッチだけでもしておこう。
クレアと共に控え室に入るとすでにトールが準備を終え、椅子に座り集中していた。邪魔しないように静かにしていたら、空気を読まない彼女が声をあげた。
「トールおはよう。レインが相手で今日は大変だと思うけど頑張ってね」
「ははは、おはようクレアさん。クレアさんは緊張とかしないんだね」
トールは緊張しているようだ。いつもはニコニコしているのに、今日は余裕がないといった感じだ。
「緊張? 少しはするわよ。でも楽しみの方が大きいわね」
「うらやましいな……でも今日は俺も全力でやるからね。レイン倒しちゃったらゴメンね」
「かまわないわ。負けたら弱いレインが悪いんだから。ボコボコにしてやりなさい」
「逆にボコボコにされないか不安だよ。でもレインも全力で戦ってね。手を抜いたりしたら許さないから」
トールは真剣だ。俺も真剣に戦わないと相手に失礼だろう。
「わかった。全力を出すよ」
二人のやり取りを見てクレアはうんうんと頷いている。こいつ俺のことばかりで自分の戦いは大丈夫なのかな。
俺は少しストレッチをして、出番がくるのを待った。30分後ちょうどにリタ先生が控え室に入ってきた。
「さぁ、レイン君、トール君出番よ。闘技場に入りなさい」
いよいよ出番だ。
「じゃあ頑張ってね。私は観客席からみてるから」
「おう。頑張るよ」
闘技場の真ん中でトールと向かい合う。トールの表情は真剣そのものだ。あんな顔今までみたことないな。
観客席には多くの生徒がいた。予選に出られない者や、上級生の姿もある。生徒だけでなく町の人々まで見に来ていた。さすがに緊張するな。
今までの演習と同じように威力を押さえる模造刀と腕輪をはめている。ルールも同じだ。審判をつとめる教官が勝負ありとするか、相手を戦闘不能にするか、降参するかだ。ただ怖いのは戦闘不能に死亡も含まれるということ。まぁ、そうならない為に教官がいるのだが、恐ろしい。
「二人共準備はいいな。では始めっ」
俺のクレアとの幼なじみという立場を守るための戦いが始まった。
トールはいきなり距離をつめ、俺の懐に飛びかかってきた。トールも俺の魔法の威力は知っている。距離をとり魔法を使われては不利だと判断したのだろう。距離さえつめておけば、魔法を使われても相手を巻き込めるかもしれないからな。
トールは剣を勢いよく振るってくるが、やはりクレアの剣と比べると遅い。グラッドよりは速い気もするが、これなら剣で受けられる。トールの剣を俺の剣で受ける。ガッという鈍い音がする。その一発で終わらず、次々に間を置かずに打ち込んでくるがそれを全て受けきる。
やがてトールが打ち疲れ、隙ができたので腹に剣を打ち付ける。しかし俺の攻撃力、しかもそれが威力を押さえられているとすると大したダメージは与えられない。一瞬動きが止まったが、再び剣を振るってくる。
やはり魔法を使うしかないか。でも俺の魔法は威力がデタラメだ。威力を押さえてるとはいえ、大丈夫かな。いくら真剣勝負の場といっても友達を殺してしまうなんて嫌だ。
その時トールが話した一言が頭をよぎった。
「手を抜いたりしたら許さないから」
このまま相手の攻撃をいなして少しずつダメージを与えていってもトールは納得しないだろう。やはり俺の全力を見せないと。
そう決心すると、今まで受けていたトールの剣を避け、バックステップで距離をとる。
「ウインド」
俺が風の魔法を唱えるとトールはものすごい風に飛ばされ闘技場の壁に打ち付けられた。
よしこれだけ距離があれば、
「いくぞ、トール。頼むから死ぬなよ」
「ファイアボール」
高速の火球がトールに向かって放たれた。トールは壁に打ち付けられたダメージがあるのか動けないようだ。火球に当たる前、トールの表情はいつもの笑顔になっていた気がした。
「勝負あり。勝者レイン」
観客から大きな歓声があがる。
トールはかなりのダメージを受けたものの、命を落とすことはなかった。担架ですぐに運ばれていったが、様子を見に行った俺にトールは、全力で戦ってくれてありがとうと満足そうに言った。
これでよかったんだな。
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