十五歩目 驚愕

 リルへ向け全速で近付き、力を抜きつつ右脚を振る。そして、当たる直前で力を入れ加速させる。


「意識はしていたようじゃが、力を入れるのが早いのう」

「結構、威力出たと思ったんだけどな」

「その調子で挑んでみよ! すぐに出来るようになるだろう」


 リルの言葉に従い、トライアンドエラーを繰り返す。そして、一時間が経つ頃。


「っし! 決まった!」

「良くやった! その感覚を忘れるでないぞ!」

「おうよ!」


 決まった感覚は、思ったより呆気なく、強くなりました! って程でもない気がするけど威力は上がった。と思う。


 微かな成長を遂げ、休憩を挟み剣術の鍛錬を再開するために道場へと戻る。


「あ! おかえり翔吾! ボロボロだね」

「ただいまシズク。で、この惨劇は……?」


 笑顔で出迎えてくれるシズクの周りにはかつて丸太だったであろう物体がごろごろと転がっていた。


「これ試してたんだぁ!」

「杖?」


 シズクは、さすまたの様な形をした木の上に赤く、丸い石が浮かんでいる物を見せる。あれどうやって浮いてるの?

 物理攻撃もできる丈夫な杖に新調したのかな。


「この残骸はそれで叩き潰したの?」

「ううん! 違うよ!」


 え? 違う? 攻撃魔法が戻った……? でも確か封印されていたはずじゃ?


「封印解けたの!?」

「それも違うんだ~! 実はね? ガンテツさんお手製の杖で、魔力を込めて放つ事が出来る杖なの!」


 軽く取り乱す俺を軽くあしらうように、まだ形の残っている丸太の方へ体を向け実演する。

 俺とシズクの周りの空気が揺れ、魔法が使えない俺にすら分かる程、異様なオーラが赤い石に集まっていく。そのまま杖を、丸太に向ける。

 石は光を放ち空気を揺らし、瞬く間に丸太を粉砕する。


「な、なにその威力……こわ」

「凄いよね! 魔力込めて放っただけなんだよ!? 詠唱無しでも、調整次第で中級魔法以上の威力出るなんて驚きだよ!」


 満面の笑みで言うシズクを見守るように、ガンテツが微笑んでいる。これが後方彼氏面ってやつか?

 そんなガンテツに触れもせず、シズクは杖をぐるぐると勢い良く回している。


「小僧、小娘と手合わせしてみろ」

「威力は凄いけど、あの速度なら避けれるぞ? シズクが不利だろ」

「翔吾やろうよ!」


 何かを企むガンテツ、力を試したくてうずうずしているシズク。リルも、やれと言わんばかりの視線を送ってきている。


「分かったよ。やろう」

「そう来なくっちゃ!」


 回していた杖を止め、こちらに向ける。俺も対抗するようにガンテツに投げ渡された木刀を構える。


 牽制のためシズクが魔力を放つ。大きく右へかわし、シズクの方へ素早く走り込む。魔力を放たれるのは厄介だ。肉弾戦に持ち込めば、わずかにだが俺に分がある。と思う。

 素早く木刀を振り下ろすものの、杖で受け止められる。


「木くらい折れると思ったのにな」

「それはただの木では無いぞ小僧」

「そうだよ! 魔力が宿ってるんだぁ~」


 そう言いながらシズクは、木刀を払い除ける。

 そして杖を空へ放り投げる。その直後、強烈な右ストレートを繰り出す。まともにくらった俺は吹き飛ばされ、体勢を立て直す前に悟る。詰んだ――。

 俺の背後には、先ほど放り投げていた杖が浮いていて、発光する赤い石が標準を合わせていた。


「手に持ってなくても使えるのか……」


 

 放たれた魔力をなんとか、かわすものの近付いてきたシズクに取り押さえられる。


「私の勝ち!」

「参った参った。杖ってあんな風に使えるもんなのか?」

「ううん! 普通の杖なら絶対出来ない! これはガンテツさんが私に合わしてくれた特別製だから自由自在なの!」

「それを作る段階で小娘の魔力と木に宿った魔力を結合させる事で丈夫さと、自由度を大幅に上げた。儂の自信作だ」


 完全に油断した。強くなれてると思っていたけど、まだまだだな。


「ガンテツ! 鍛え直してくれ! 負けたの悔しい!」

「その心意気は大切だが、そろそろギルドに向かわなくていいのか?」


 俺の向上心は呆気なく、折られるものの後日必ずと言う事で妥協した。

 ギルドへ向け、足を進める。聖剣は目立つので、神域を利用して運ぶ。


「大事になりそうだったら、翔吾だけでも先に逃げてね!」

「ありがとう、でも大丈夫だよ。多分」


 確証は無いけど、リルがいるから本当に大丈夫だと思う。妙な安心感からか、空腹を感じる。帰りにメリダさんのとこに行くか。そんな事を考えながら数分、ギルドへ到着する。


 ギルドの一角に設けられた、軽食やドリンクを提供するスペースでゴリラを目撃する。コーヒー片手に佇むボスゴリ。うん。絵にな……らないな。骨つき肉とかなら絵になってただろうな。

 場から浮いているボスゴリラに近づき、肩をバシッと強く叩く。


「痛ってぇ! 何しやがんだチビ!」

「お前の一言のせいで昨日、気まずかったんだぞ! これくらい黙って叩かれろボスゴリラ!」


 俺の理不尽な意見を、ぶつぶつ言いながらも受け入れるボスゴリ。


「鈍感すぎる訳では無かった見てぇだなぁ」

「うるせ、俺もシズクもドギマギしてんだ。どうしてくれんだよ……」

「言いがかりがひでぇなおい。でもまぁ、ビシッと気持ち伝えて付き合えばいい話だ。惚れてんだろぉ? 自分のもんにすれば変に緊張する事もねぇよ」


 諭すボスゴリの言葉は、バカ丸出しの単純さが感じ取れるものの、俺の心には深く刺さった。確かに俺はシズクに惚れている……と思う。優しくされて惚れるって、単純かよ俺。


「翔吾、置いていかないでよ~! あ、ハンツやっほー! 二人して何の話してるの?」

「いやっ! 何でもないよ?」


 後ろから来たシズクが、先々進んだ俺に対しての言葉を放つと同時にハンツへの挨拶を済まし、話題への興味を示す。切り替えが早いね。


 シズクの後ろにいたリルとガンテツも話題へ興味を示すが、恥ずかしいので話題を逸らす事にした。

「何でもないって! ほら、早く報告しようぜ」

「え~気になるなぁ」

「シズク、今度……いや、時が来たら話すよ」


 俺は少し力みながらも、柔らかいトーンで、話を聞きたがるシズクに言う。近い内には必ず伝える! 気持ちをいつまでも隠すのはきついしな。当たって砕けろだ。

 ボスゴリはひよりやがったって顔で俺を見てるけど……。逃げる癖がまだ完全には直ってないな。気を付けないと。

 脳内で一人反省会をして、気持ちを切り替え報告へ向かう。



「お待ちしてましたよ。わざわざすまないね」


 ギルドの奥、ギルドマスターの部屋へ案内される。そこに佇んでいたのは、長身で切れ長の目が魅力的な、すました顔をしたイケメンだった。思わず男の俺ですら、おぉ……と声が軽く漏れてしまう。

 そんな俺を横目にボスゴリが言葉を発する。


「あんたがギルマスかぁ? 役員、女で固めてハーレム楽しんでんのかぁ?」

「おまっ! 何言ってんの? 馬鹿か! 失礼な事言うな!」


 突如爆弾発言をしたボスゴリを注意する俺に視線を向け、イケメンがクスッと笑う。


「構わないよ、自己紹介が遅れたね。私はラグロクのギルドマスター、シルヴァ。こう見えても女だよ」


 落ち着いた、耳にすんなりと入る心地の良い声色でギルドマスターが言葉を綴った。ん? 最後なんて言った? 女? いや、まぁそんな人もいる――のか? でも驚いたら失礼だしな。冷静に、冷静に。

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