十四歩目 進歩

 顔の火照りを冷ましながら、ソファーで待つシズクへ、ゆっくりと近付く。白の三人がけのソファーに座るシズクの頬は、まだ少し赤く、それを見てまた俺の頬も熱くなっていく。エンドレスだね。


「お待たせ。淹れてきたよ」

「ありがと!」

「明日は早朝鍛錬してから、ギルドだっけ?」

「うん! ギルドで大事にならないといいけどね~」


 軽い話題で、場を温めて気まずさが無くなっている。場が温まるものの、疲れからすぐに、瞼が重くなり、もう寝る事にする。


「おやすみシズク」

「うん! おやすみ翔吾!」


 自分のベッドが置いてある部屋に行き、朝日が昇るのを、瞳を閉じて待つ。地下だから、朝日が昇ってるか分からないだけどね。




 ――部屋のドアが小さい音を立て開き、スタスタと入ってくる足音が聞こえる。その微かな音と、異様なオーラを感じ目が覚めてしまう。

 視界がまだ霞む中、周りをゆっくりと見渡す。

 そこには、人の姿をしたリルがいた。


「リル? 何してるんだ?」

「起きてしまったか……起きなければイタズラをしようと思っていたんだがのう」


 そう言うリルの手には、氷と水が並々と入った水汲み桶を持っていた。


「おい、寝てる人間に氷水はイタズラの域を出るだろ」

「まぁ些細な事じゃ! ほれ! 鍛錬始めるぞ!」

「シズクは? もう行った?」

「今、支度しているはずじゃ」


 リルが起しに来たって事はもう朝か。俺も早く支度しないとな。

 リルを部屋から出し、着々と支度を済ませ道場へ入る。



「小僧、今日からは儂とも実践だ。全力で来い」

「おう! 後悔すんなよ!」


 シズクとリルが山の奥へと入り、地形を活かした実践訓練をしている中、俺とガンテツは道場で互いの剣技に神経を尖らせる。


「踏み込みが甘い!」

「わざとだよ!」


 この踏み込みはフェイク。軽く踏み込んだ左足を床から浮かせる。右足も利用してガンテツの後ろに回り込む。木刀を左手に持ち替え、払うように振る。


「もう少し工夫をすべきだったな」


 そう言ったガンテツを俺は、床に横たわり見上げている。嘘だろ……。

 一瞬の内に、行動を予測されなぎ払われた。木刀折れてるんだけど!?


「今のなんだ? あとスピードと威力」

「スピードは鍛えるしかないが、木刀を折った威力は、工夫次第でなんとかなるぞ。衝撃の瞬間にさらに衝撃を加える。これだけだ」

 

 簡単に言うガンテツだが、普通の人間にはそんな事無理だと思う。でも……。


「教えてくれるか?」

「拒んでも覚えてもらうぞ。これが出来なければ話にならんからな」


 あの人間離れした動きが通過地点なのか……。上等だ! 絶対出来るように――。


 突如、道場の中まで砂煙が舞うほどの大きい地鳴りがする。何があった?


「やりすぎてしまったのう。すまない」

「リル! あれ当たってたら私死んじゃうよ!」


 そんなやり取りが、道場の外から聞こえてくる。


「うわっ! リルやりすぎだろ」

「どうじゃ我の破壊力!」


 外に出ると道場の前に、大きな木が転がっていた。


「ほう……なかなか質がいいな」

「どれも同じなんじゃないか? それより、シズク大丈夫か?」

「大丈夫だよ! 怖かったけどね~」


 木の質の良さについて、感心しているガンテツをあしらいシズクに話し掛ける。良かった怪我は無いみたいだ。


「翔吾! 次はお主の番じゃ! 我が鍛えてやる!」

「え? 俺もなの?」

「小僧、強くなりたくのだろ? 色々な状況を経験しておけ。その後にまた剣術を再開するぞ」

「それもそうだな……よし、リル頼むわ!」


 あの破壊力を見た後だと少し怖気付いてしまうな。だがあの威力の秘訣を知れるかもな。


 リルと山の奥へと進む。これ、霧のせいで俺不利じゃない? 大丈夫? 迷子になるぞ?


 そんな心配を他所にガンテツは、転がっている木を解体していた。絶対、何か作る気だよなあれ。早くシズクの鍛錬してやれよ。


「早くせんか! 迷子の心配をしておるのか?」

「割と心配だな、大丈夫なのか?」

「我の感知を甘く見るでない! 迷っても直ぐに見つけてやろう」

「えぇ……この間、盗み聞きしてたボスゴリ逃したじゃ――」


 俺が言い切る前に、腹に厳しめのツッコミが入る。いや、これは普通にグーパンだな。


「あれは……あれじゃ! 油断していたんじゃ! それにお主の場合、語りかけられればすぐに分かる!」

「あー、そう言えばそうだな。よし行くか!」


 気を取り直し、進む。ある程度奥に着き、リルの合図で実践訓練が始まる。


「さぁ! どこからでもかかってくるがよい!」

「なら! 遠慮なく!」


 リルに向かい、右拳を放つ。刀は、ガンテツに鍛えられているからリルには体の使い方を指導してもらう。

 俺の放った右拳を、リルは自分の右拳で、相殺する。いや、力負けした。

 吹き飛ばされながらこんな事を思う。これ、指導になるのか? 下手したら死ぬぞ俺。

 倒れ込んだ俺を見てリルは、提案する。


「威力をもう少し鍛えた方が良いのう」

「リルもガンテツもどうしてそんなに威力出せるんだ? 全ての力を乗せてるつもりだけど全然威力が上がらねぇ」

「力を乗せすぎているからじゃな。 力は当たる時だけに乗せれば良い!」


 リルに言われて気付く。ガンテツと俺の違い。俺の動きは常にガチガチで読まれやすい。だがガンテツは当たる直前まで読みづらい。これは力を抜いていたからか。


「理解出来た! 行くぞ!」

「その意気じゃ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る