大罪者となった訳あり魔術師は表舞台から消えた~だけど彼の力を必要とする者達もやはりいるらしい~

光影

第1話 プロローグ


「おっ! 珍しいね、こんな所に来るなんて」




 なんの偏見もない王都にある一軒家。


 そこの地下書庫室にて二人が対面で座っている。


 一人はファントム、もう一人は……。


 嫌な予感がしてならないファントム。


 さっきから人の顔を見てニヤニヤする者は言う。


「私専属の従者もしくは護衛、……後は右腕、なんなら軍の統括者でもいいわ! どうかしら?」


「全部同じじゃん! 何より気が乗らないからお断りします」


「えー!!! なんでよー? 若くして女王陛下となった私の側にいたい人間は沢山いるのよ!? その私がわざわざこうして指名してお願いしてるのにダメなの?」



 三ヶ月ほど前、新女王陛下が誕生したリベラ大陸――リベラ王国――首都リベラ。

 赤道を南に置き、東西に長広い大陸の中心地に首都リベラがある。



「ダメとは言わないけど、今は無理かな……」

(本当は無理とハッキリ言いたいけど……)


「……けちぃ~」



 微笑を浮かべていた彼女――アイリス女王陛下は不服そうに頬を膨らませ唇を尖らせる。



「いじわるぅ~。少しぐらいサービスしてくれてもいいのに」


「サービスって……」


「だって……私一人じゃ辛いんだもん……」



 チクっと心が痛んだ。


 突然弱音を吐いたアイリス。

 そんな彼女は誰より頑張っていて、まだ十八になったばかりだと言うのに、多くの者を導き国の繁栄の為日々頑張っている。だけどファントムの前では素直になることが度々ある。


 整った顔立ちでありながら、胸も大きい。

 それでいて身体のラインもモデルのように抜群に良い。

 もっと言えば、頭もキレるし知恵もある。

 そんな才色兼備の彼女ではあるが、実は甘えん坊さんと言う可愛い一面がある。

 ただし幼い頃からの付き合いがあるファントム以外には甘えない。

 これも亡き両親や民達の為である。

 民達や部下の前では立派な女王陛下を演じているからだ。

 


「勘弁してよ。俺が引退した理由知ってるでしょ。それに……世間の目が……どうしてもね」


「そんなに世間の目が気になるの?」


「まぁね……」


「なら私がファントムの無罪を主張する。反論、異論、文句、がある者は全員処罰として税金を三倍にして黙らす。それならどうかな?」


「そんな事したら支持率落ちるよ?」


「うぅ……。それはあるわね……」


 こんな事を言っているが、アイリス女王陛下の支持率は就任して僅か一週間で歴代トップクラスの支持率を誇っており、若くしてその才能を亡き国王陛下と女王陛下に変わり、民達に見せつけている。


 その為、大抵の事はアイリス女王陛下の独断と偏見で行われても大抵の者は何も言わずとも意図があるのだろうと思い、信頼し何も言って来ない。

 それだけの名実と実績を次から次へと量産していくアイリスの手腕は国の先導者としては超一流だと言える。

 そんなアイリスが本気になればファントムを側に置く事も容易な話しなのである。


 なのでファントムは今のうちに言っておく。


「現代魔法の時代に古代魔法にしか興味がない俺は時代遅れの人間だよ。だからもっと家柄とか含めて華のある人間を側におくといいと思うよ」


「時代遅れ……私はそうは思わないけど」


「どうして?」


「『古き英雄』の名が時代遅れ……もしそうなら私は……いや私達はとっくの昔に滅んでいるわよ」


 少し間をあけて続ける。


「そもそも、あれはファントムのせいじゃない。ファントムが全責任を一人で負った。ただそれだけでしょ?」


「気付いていたの?」


「まぁね。亡くなる前にお母様が教えてくれたわ」


「そっかぁ。相変わらず勘が鋭いんだね」


「それで古代魔法の勉強をしているファントムに私から言っておきたい事があるのだけれどいいかしら?」


「どうしたの?」


 すると、大きく息を吸い込む。


「ばかぁ!!! 本ばっかり読んでないでたまには私に連絡の一つや二つでもしてきなさい! そして本じゃなくて私の事をもっと沢山見て! 勉強はいつでもできる。でも私は今この瞬間ファントムとの時間を楽しみたいのよ!」


 アイリスが目に涙を溜めて、大声で言った。

 幸いここは地下で防音性に優れた部屋なので、声が外に漏れる事は一切ない。


 それにこの地下書庫はファントムの書斎でもあり、魔術研究室を兼ねているためかなり広い。なんせ地下一階から三階まであるぐらいに。その全てをファントムは勉強用にと自らの手で用意し日々活用している。それもある魔術について知りたいと思い、最近はよく本を読んでいたのでつい癖で視線が本の方に引き寄せられてしまった。本の続きが物凄く気になる、そんな感じである。


 そのことに気付いたアイリスの言い分はよくわかる。

 全面的に自分が悪いと認めるファントム。


「そもそも私以上に魔術に詳しいファントムが私との会話そっちのけで何を調べてるのよ? どう見ても私に黙って何かしようと企んでいるわよね?」


「そんな大したことじゃないよ。ただ最近現代魔法とは別に古代魔法も勉強しておかないとな……って言う危機意識が急に出てね……。ほら古代魔法を使う為の魔力石の値段がこの前三割程高くなったじゃん? 今後値上がりを考えたら財があるうちになんとかしておこうかなって……」

(正直一回の研究で数十万から数百万なくなるのはマジで辛いし……)


「確かに財は大切だけど……私は大事じゃないの?」


「大事だよ? だから王都に危険が迫ったら助けに行くよって約束したじゃん。それに大事だからこそ側にはいられない。かつて先代の勅命を無視し勝手に動いた俺なんかが……側にはいられない」


 かつて数万の命を救うためにファントムは現場の判断を優先した。

 結果、国は救われた。

 だけどその果てに国王陛下が亡くなられた。

 でもこの事実には重大な誤りがあるのもまた事実――。


「なるほど。なら誰にも文句を言わせない環境を作れば問題ないってこと?」


「そうだけど……なんでそうゆう機転だけは早いの?」


「いい? 私の周りに女が多い理由を考えなさい。それと軍の統括者も女、その精鋭部隊も女、その理由知ってるでしょ?」


「あはは……さて私には何のことやら……わかりませんね……」


 急に泳ぎだすファントムの黒い瞳。

 さり気なくアイリスを見ると、二人の視線が重なる。

 ニコッと可愛らしい微笑みを向けてくれるアイリス。

 そんなアイリスの瞳は後ろめたさしかないファントムの顔を見つめている。


「お母様がそうした、とか言う世間の言い訳なしでファントムは知っているはずよ。なんせ十五でこの国の先代国王陛下と女王陛下の右腕として活躍した天才魔術師なのだからね。もっと言えば私が認める最強の魔術師なのだから」


「暴露すると天才でも最強でもないよ?」


「世界的にはでしょ?」


「うん」


「最強ではないけど最強の魔術師。あれから一年が経った。そう考えると無理もないか」


「でしょ?」


「でも、今はでしょ」


 かつては国の為、昼夜を惜しまず物事着いたころから勉学や魔術に勤しんできた。

 その結果、偶然にも同い年のアイリスと常日頃比べられてしまった。

 結果はファントムの惨敗。

 そんなアイリスに負けじと凡人ながら天才に勝つためにと頑張った結果が今である。


「否定はしないけど……」


「それでね、そんな信頼できるファントムに今日はもう一つお願いがあるの」


「どうしたの?」



 アイリスは懐から一枚の紙を取り出して、二人の間にあるテーブルに置く。

 早速手に取り中身を確認する。

 そこにはアイリス女王陛下宛の手紙となっていた。


 ――。


 ――――。


「白井由美……って確か白井家の令嬢だよね?」


「そうよ。この国でもかなりの発言力や財力を持っている有力権力者よ」


「その令嬢が来るから俺に護衛を依頼したいと?」


「そうよ。精鋭部隊の殆どは機密で詳しくは言えないけど今は国を出ている。かと言って強引に戻そうにも今は訳アリですぐには戻せない。そうなると……ファントムしかいないと言うか……だから期間限定でまずは三日お願いできないかな?」


「俺がいたら向こうが嫌な顔しないかな?」

(まずは……って?)


「さぁ? そんな些細なことでもし私と距離を取るなら白井家もそれまでって事でいいんじゃない? でもこの令嬢噂ではかなり頭がキレて強いらしいわ。多分向こうは向こうで私を見極めたいと考えているんでしょうね。本当にめんどくさいったらありゃしないわ」


 本当にめんどくさいと思っているのか、ため息混じりでアイリスが言った。


 そのままファントムが用意した紅茶を一口含む。


 ファントムは少し考える素振りを見せつつ、ある事を考える。


 もし護衛に付いたとしたら、罪人、軍機違反者、裏切者、とか言われないだろうかと。


 別に言われてもそれで怒る事はないのだが、何と言うか心のHPゲージが減るというか。


 そんな感じで目の前にいる可愛い女の子の悩みを聞いてあげるか迷っていると。


「私ね、優しいファントムが好き。だからまずは三日だけ、お願い?」


 なんてことを微笑みながら言ってきた。

 純粋な瞳が眩し過ぎる。

 それに心が締め付けられる。

 そんな感覚に襲われてしまったファントム。


「わかりました。喜んでお受けいたします」

(その間、本は我慢するか。それに護衛なら魔力石も経費で落とせるだろうし……)


「ありがとう」

(良し! ファントムと自然な形でいられる!!!)


 アイリスは紅茶を飲み干すと、立ち上がりながら言う。


「なら、ちょっとだけ……いいかな?」


 頬をニヤけさせ、赤面しながらもファントムの目を見つめる。

 そのまま返事を待たずしてゆっくりと近づいてくる。


「……ちょっとぐらい……いいよね?」


「……う、うん」


 不覚にもその表情と言い方にドキッとしたファントム。




 後日。

 ファントムは知る。


 何事もないわけがないと。

 

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