9-3
ふと目覚めたサンナーラは、自分の隣で妙なことをしているスイを見て驚いた。
スイはサンナーラと目が合ったのが少しだけ気恥ずかしくて、笑いながら、起きたの、と言った。
「うん。起きたけど……寝てたほうがよかったよね、ごめん」
「ああ、いや。別にいいよ、やましいことじゃないから」
「そっか……まあスイがいいならいいけれど」
「これはただ、もしものときのために準備しているだけだよ」スイは手元を眺めながら言った。「出番なんてないのが一番いいんだけれど。やっぱり、一応ね」
「……何を考えているのかわからないけれど。衛生面、気をつけてる?」
「大丈夫。どっちもお風呂で洗ってきたから」
「そうなんだ。……おやすみなさい」サンナーラは再び寝転び、スイに背を向けた。
「おやすみ。そうだ、サンナーラ」スイはサンナーラの背中に言う。「全部終わったら、三人で別の大陸に行こうね。ツヴロカ大陸とサンジパング大陸、どっちがいい?」
「……ツヴロカ大陸」
「わかった。いつも色々と我慢してくれていて、ありがとうね」
返事はなかった。スイはやることをやってから、ぐっすりと眠った。どこかで夜の鳥が鳴いていた。
そして翌日、サクランド王国の外観が見えてきた辺りで十数人の兵に囲まれる。
「ぬすっと少女隊のスイさん、サンナーラさん、シュミレさん。それと新入りのライルハントさんですね。ご同行願います」
「ライルハントさん! 飛んで逃げて!」
ライルハントは杖をさっと上に向けて浮き上がる。足首を掴まれてしまうがシュミレが振りほどいたためすぐに自由になり、背中にしがみつくイヴと共に、手を離された風船のように、上昇していった。空中でどうにか全身で杖を抱きかかえる姿勢に直して、安定した飛行姿勢を取り直した。
三人は兵士達に捕縛される。縄抜け程度どうにでもなるのだが、ここでそうした手段をとったなら、今度は確実を期すために腕か脚か目を使えなくさせられるだけなので、大人しく捕まることにする。反抗的に身をよじるシュミレや男性兵士に触れられて怒鳴っているサンナーラも、その点は理解していた。
かくして、ぬすっと少女隊はサクランド王国の兵に逮捕され、女性用の狭い檻に収容されることになった――それはつまり、城内への侵入に成功したということにほかならなかった。
「神様。ぬすっと少女隊の三人は、無事に投獄されました」玉座の間で、アレンは言う。「しかし、新入りであり杖を持つ男と、イヴについては空に逃亡した模様です」
「うむ。報告、ご苦労である。逃亡者については引き続きの捜索をせよ。ワングラシア大陸にいないようであれば、他の大陸や島々にまで捜索の手を拡げよ。絶対に生かすな」
国王エーデン・サクランドがそう命令すると、アレンは恭しく一礼し、玉座の間を出た。
城内は大騒ぎだった。兵士達はみな、印刷された似顔絵を眺めながら話している。ぬすっと少女隊という盗賊集団が、サクランド王国と懇意にしているキングコーラス王国で何やら窃盗をしたという容疑で逮捕された。しかし新入り(似顔絵を提供した――本人の要望により名前は伏せる――関係者によると、新入りであるらしい)は捕り逃してしまったのである。
魔法の杖などの事情についてはサクランド国王と、アレン、マリア、そして最初の報告者であるジードリアスしか知らないことだった。しかし兵士達はみなサクラ教の信者であるため、サクランド国王が逮捕するべきだと言ったならば、疑念を抱く理由がなかった。
――みすみすやってきて捕まった女達は、今頃マリアと話している頃だろう。他の盗賊達のように勧誘を受けていることだろうが、しかし、受けたところでジードリアスが許すだろうか?
そんなことを思ってから、自分が考えないといけないのはこの男――ライルハントとやらをどう捜して捕らえるかだ、と考える。
もしも仲間を助けようとして乗り込んできたりしたら愚かだ、とほくそ笑みながら、しかし案外捨てきれない可能性ではないかと思い直す。魔法の杖という武器が増長を産んでもおかしくはない。
だとしたら、とアレンは自分の授かった炎の魔法について考える。
遭遇したときのイメージトレーニングをしながら廊下を早歩きしていると、誰かにぶつかりそうになる。すんでのところで踏みとどまったため、衝突を避けることができた。しかし、急いでいたはずのアレンは、すれ違うその男に声をかけた。
「ジードリアス。お前は休んでいろと言ったじゃないか」
「何もしていないと」憔悴の見える声色で、ジードリアスは言う。「気が狂いそうなんだ」
「そうかもしれない。だが、我々はお前を心配しているし、それに正常じゃない精神ではよい剣は振るえないだろう」
「黙れ。……盗賊の仲間、まだどこかにいるんだろう?」
「……ああ」
「私が絶対に殺す。牢のやつらも今すぐ殺してしまいたいぐらいだ。盗賊など、許してたまるものか」
普段のアレンであれば、殺すのではなく捕らえろ、と言っていたかもしれない。だが、今回に限ってはそう諫めることはできなかった。
アレンはジードリアスにあったことを知っている。
だからこその、心配なのだが。
ジードリアスは剥き出しのレイピアを片手に廊下を歩いた。多くの兵や信者とすれ違い、そのたびに恐れさせたが、まったく意に介さなかった。ただ、上階への階段を目指して歩いていた。辿り着くと、ずんずんと、一歩一歩に憎しみを込めるような足取りで歩みを進めた。
階段を登り切り、廊下を歩いていると、その向こうから悲鳴が聞こえた。廊下にいた他の警備兵達はざわつくばかりだったが、ジードリアスは直感で、何が起こったのかを理解することができた。
廊下の先はまた階段で、その先は見張りのためのスペースだった。空を飛んで、城に入るとしたら真っ先に目につく入口である。
兵士達を下がらせ、一番下の段で待ち構えていると――上の段から、火の玉がいくつも降ってきた。
むろん、すべて切り払った。
「あ、お前は」
右手に魔法の杖を、左手に妖精の剣を持って。
階段を降りてきた背の高い少年、ライルハントと目が合う。
ジードリアスは歯ぎしりをしながら駆け上がった――ライルハントは咄嗟に片手の杖を向けて、バリアを張る。
レイピアが振り下ろされる。バリアが破砕される。そのとき、ライルハントがもう片方の手に握っていた大きな剣をジードリアスに当てた。
重力に逆らえてないような、ぶらんとした動きで刃をぶつけられたジードリアスは――下り階段の傍まで、床と並行に吹っ飛ばされた。見えない、すなわち魔法ではない力に抑えつけられ、身体の自由が利かない状態のまま、背中をしたたかに打った。
他の兵士を植物で縛り上げて退かしながら、ライルハントは進む。その歩みを、ジードリアスは再び阻む。背中の痛みも、未知の力も、どうだっていいと心から思う。ただ、目の前にいる、ライルハントに、喰らいつくような、眼力を向ける。
「私は君を殺す。絶対に殺す。君は魔法を使えてしまうし、魔法を知っている」
「僕はシュミレ達とアダムを助けにきた。ここで殺されるわけには、」
「――なんて、どうでもいい」ライルハントの言葉を遮って、ジードリアスは言う。「ただ私は、今ひたすら、ひたすら、ひたすら……盗賊が憎くてしょうがない。だから、盗賊の仲間である、君を殺す」
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