掌編小説・『記念日のお祝い』

夢美瑠瑠

掌編小説・『記念日のお祝い』




       小説・『記念日のお祝い』


 若草家には四人の姉妹がいて、両親と祖父とで、家族を構成していた。

 今日は両親の結婚記念日で、しかも銀婚式であった。

 姉妹は、上から順に、恵、窈、絵里、亜美、という名前で、長女はやはりしっかり者、次女はおしゃまで小説家志望、三女は身体が弱くておとなしいが、「深い河ほど静かに流れる」というタイプ、四女は甘えんぼで天真爛漫だった。

 両親は同い年で、二十歳の成人式に入籍して、結婚式を挙げたらしい。

 そうして、ハネムーンベビーの長女から、全部二歳違いで、四人の姉妹を設けた。

 で、長女が26歳で、あと、ふたつずつ若くなるわけである。

 子だくさんだから決して裕福ではなかったが、仲睦まじい幸福な家庭で、単なる血の絆以上の精神的な強い絆で結ばれていた。

 誰かに困ったことが持ち上がると、家族全員が心配して、額を寄せ合って、解決策を相談する。そうして予定調和的にハッピーエンドが訪れるという、テレビのホームドラマのような、家庭だったのである。

 人間の不幸というのは、多く、家庭の不和に起因する。円満な家庭という良質の苗床さえあれば、強くて安定した根や幹を持つ植物のように健康な人格が育って、世間の冷たい風や雨に遭ってもなかなか人は挫けないものだろう・・・


 その日の夜に、家族は集い合って、結婚記念日、そうして銀婚式のお祝いをしていた。


「おめでとう、パパ、ママ。これからも末永く仲良くしてね」

「おめでとう」「おめでとう」


 父も母も涙ぐんでいた。この二十五年間の苦労を思い、その見返りのように可愛く育った娘たちにお祝いされて、素直に感動に浸っていた。

 宴のメイン、プレゼントの贈呈の時間が来て、全員が少し居住まいをただす感じになった。

 長女の恵は、銀製のアニバーサリープレートをプレゼントした。

 父と母の名前と、今日の日付、「銀婚式おめでとう、パパとママが永遠に幸せでありますように」という文字、その後に「・・・より」と子供たち四人の名前が刻まれていた。


「これはすばらしいなー。一生の宝物になるよ。高かったんだろ?」

「ボーナス一回分ね。」

 しっかり者らしく、恵はエリート企業の総合職なのだ・・・

 次女の窈は、大学院を休学して、作家修行と称して、読書三昧の日々を送っている。

 「自作の詩を贈ります・・・読むわね」


・・・「”銀婚”      

  夫の名は翼。妻の名は理子。

  彼等はまさに鴛鴦の契り、比翼連理の好一対、

  苦楽を共にして、授かった珠玉のような愛の結晶たちを慈しみ、育み、

  かいあってかつての頑是なき幼子たちははすくすくと成長して

  今やそれぞれに美しい大輪の名花を開かんとす

  長女は淑やかな桔梗、次女は太陽のごとき向日葵、

  三女はひめやかに咲く鈴蘭、末子は愛らしい雛菊、

  さながら花づくりの名匠の手塩にかけたるごとくに若草家の庭に妍を競う

  長年の風雪、星霜を経た夫妻とその愛児たち家族は今や

  美しい星座のごとき堅牢な構図を描き

  その結束と絆ゆえに世間も羨む理想の家庭となりぬ

  銀は魔を祓い雄弁に詞藻を披露して材としても時として黄金を凌駕す

  翼と理子の睦まじき契りの長きは今や銀という稀少に匹敵し

  今日の幸福な宴は長く血族相互の間で語り継がれん


  おお これからも吾等家族に長くとこしえに天の恩寵のともにましますことを


  ・・・オワリ」


  「いい?よな・・・擬古文だね。難しいな」

  「まあ、今日サラサラっと書いたんだけどね。即興で?」

  三女の絵里は、病弱で引きこもり生活だった。

  何週間もかかって一針一針編み上げた手編みの毛糸のマフラーと手袋を贈った。

  ハート形の枠の中に父母二人のイニシャルをあしらってあった。


  「これから寒くなるからね。心を込めて編んだのよ。毛糸は本物のカシミヤだからね。値打ちあるわね?」

  「絵里らしくよく考えてあるね。ありがとう。大事に使うわ」

   

  末っ子の亜美の番になった。まだ学生で、人生これからーという感じだった。

  今日が晴れの成人式の亜美のプレゼントは、姉たちも知らないサプライズらしかった。


  「えへへ。パパたちは成人式の日に入籍したんだよね。それで私も・・・」


  ちょうどピンポン~と呼び鈴が鳴って、誰か来たらしかった。

  カメラのモニターを見ると、長身でパリッとスーツを着こなした見知らぬ青年だった。

 「おや?どなたですか?」

 「私のお客様よ」

 亜美に言われて、家族がみんな玄関に集まった。

 青年は招き入れられると魅力的に微笑んだ。

 「銀婚式、おめでとうございます。」と、青年は両親に花束を贈った。

 「この人わね・・・私のフィアンセです。今日入籍したのよ。娘はいつか独り立ちするし、そう言う風に大人の女性になったよってパパとママに幸福な晴れ姿を見せるのが一番の親孝行で、プレゼントだと思って、彼にお願いしたのよ。」

 亜美はちょっと赤くなって、照れくさそうに笑った。

「そんな人がいるなんて・・・ちっとも知らなかったな」

「亜美も隅に置けないわね」

「先越されちゃったな」 

「とにかくおめでとう。幸せになってね」

「おめでとう」「おめでとう」


・・・夜は更けて、外では姉妹たちのように清らかでけがれを知らない初雪が舞い散り始めていた・・・ 


 よき人々の集いたる若草家にこれからも幸多きことを!

 そう、作者は願ってやみません。      



  <終> 


   

  

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掌編小説・『記念日のお祝い』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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