賞品
レネッタの言った通り、優勝者には賞金と共に「ブックゴッターズ」と呼ばれる魔道書が与えられた。ブックゴッターズは何百年と使い古されたような革表紙に包まれ、レネッタが今まで使っていたものの何倍も分厚い。賞品を受け取った貴帆が感じるずっしりとした手のひらの重みは、貴帆たちの勝利を一層現実に刻み込むようだった。
「本当に勝ったんだぁ……」
表彰台の上で歓声や拍手に紛れるように貴帆はそう小さく呟く。すると隣で賞金を抱えている雨虹を初め、傷だらけのナオボルト、初対面なようで初対面ではないレネッタなどが皆揃って、笑いかけてきた。
イースタホースに戻るザーグの中には、心地よい静けさが広がっていた。
ナオボルトとレネッタは傷薬の副作用のせいかぐっすりと眠っている。疲れて安心しきった2人の寝顔は、貴帆に安堵と同時になぜか不安を湧き上がらせる。顔を逸らして暗く曇り始めた外を眺めていると、雨虹が紅茶を運んできた。
「お疲れ様でした」
「運転は?」
「しばらく直進なので、自動にしています。少し休憩にしましょう」
異世界にもオート機能くらいあるよな、と納得する。感心していると雨虹から紅茶のたっぷり入ったカップが手渡され、手のひらがじんわりと温かくなった。深みのある上品な香りが口や鼻を通り脳を刺激する。その温かみと香りで染み出していた不安が引っ込んでいくように思えた。
「素晴らしいご活躍でした、貴帆様。もうここまで強くなれば怖いものもありませんね」
その言葉にしばらくきょとんとして、私は首を振った。
「私なんかまだまだ弱いよ。それに──」
雨虹が紅茶を口に運ぶ手を止め、不思議そうな顔をする。それに構わず貴帆は手の中でかすかに揺れる夕陽色の紅茶を見つめた。
「こんなに充実して、必死に打ち込んだことって初めてなんです。自分が頑張れるのは、雨虹さんとかナオとか……みんなのおかげだと思います」
「ここに来て初めて……ですか」
その時雨虹は、貴帆のまとうその不思議な雰囲気を目の当たりにした。元から彼女には影があった。しかしそれがあるからといって何か人との関わりに支障があるわけでもなく、素直できちんとしている。文句も言わない、仲間想いの子だ。それなのになぜ。なにがこの子をそんな表情にさせるのだろう。
貴帆は正面に座った雨虹の手元のどこか一点を見つめながら続ける。
「前の世界ではずっと独りだと思ってた。だから、それに比べたら
だからこそ、今が怖い。皆が離れてしまったら。共に過ごせなくなったら。自分に頑張る理由を与えてくれた人達がいないときっと前の自分に逆戻りだ。いつ失うかわからない、そんなあやふやな暗闇が自分の無力さを目の前に一層突きつけてくる。
貴帆の目は冷たく暗い海を流し込んだようだった。そんな貴帆に雨虹は紅茶を下ろして、優しく言った。
「……貴帆様とタカホ様はとても似ていらっしゃいますね」
貴帆は呆気に取られた。正反対だと思っていたのに。雨虹は窓から差し込む午後の光に溶け込むような落ち着いた声で、ゆっくり話し出した。
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