会場
当日は生憎の雨だった。
宿を出て、イースタホースの街から少し離れた闘技場へ向かうため電車に乗り込む。ここへやってきた時は窓から晴天が望めたものの、今は降りしきる雨に打たれる草花と暗い空がのぞいている。
すると貴帆の後から電車に乗ったレッタが懐かしそうに言った。
「へえ、ザーグじゃない。乗るのは久しぶりだわ。でも見慣れない内装ね?」
聞き慣れぬ言葉に貴帆は首を傾げる。どうやら「ザーグ」とは、この電車のことを指すらしい。レッタの言葉に雨虹が自慢気に答える。
「このザーグは領主であるタカホ様が特別に作らせたもので、こことは異なる世界にも行けるのですよ」
「異なる世界って貴帆が来たところだよな。なあなあ、俺そこでも無敵だと思う?」
「どうだろうね。ナオ行って戦ってくれば?……変な目で見られるだけだろうけど」
そんな無駄口を叩いていると、電車もといザーグはゆっくりと出発した。イースタホースの街並みを眺め、そしてそれが途切れると広い高野へと出た。その自然の中を30分ほど走ると、雨虹が電車を止めた。
「あれ、闘技場は?」
降りてからぐるりと見回しても、ただ草原の少し離れたところに地下への階段があるだけだった。雨虹はモーントシュタインに皆が乗ったことを確認し、お決まりの呪文を唱えようとする。そんな彼の袖を貴帆はついと引っ張った。
「あの階段までなら歩ける距離じゃない?」
雨虹に向かって言った貴帆に、ナオボルトが口を挟んできた。
「それぞれ建物や街にはバリアの魔法がかかってるんだよ。モンスターが勝手に入り込んでこないようにな」
「そうなんです。ですからこの呪文を唱えないとはじき出されてしまいますよ」
貴帆は「へえ」と相槌を打って、雨虹の腕に大人しく掴まっていた。
無事に階段を降りて地下へ入ると、熱気が押し寄せてきた。だがそれは心地よい熱気で、ここにいる大勢の人が心から楽しみにしていることを感じられる。そんな中を無数の人に呑まれながら進んでいった。すると石造りの大きなゲートが、ガス灯に照らされて浮かび上がってきた。ゲートには人が波のように次々と入っていく。中に入るとトンネルのような長い道の脇に、多くの出店が並んでいた。
笑顔溢れる家族。にこにこ笑顔で見回る老人。顔を真っ赤にして酔っ払っているおじさん達。食べ物の商売に精を出すおばさま方。はしゃぐ青少年に着飾った少女達。
お祭りのように賑やかで、貴帆の頬も自然に緩んできた。これから戦いが始まる緊張など微塵も感じられない。レッタが依頼してきた時のような物々しい様子はなく、本当にただの娯楽の一環で開催される催し物のようだった。
「さ、受付を済ましちゃいましょ」
見入っていた貴帆は我に返って足を早めた。
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