お誘い
貴帆が腰を抜かしている間に、雨虹とナオボルトはさっさと敵を片付け始めた。
右に左に素早い身のこなしで暗器を操る雨虹と、圧倒的な太刀の威力のナオボルトが、破落戸の群れにみるみる風穴をあける。2人の強さは飛び抜けていた。
敵は逃げるまもなく口無しと化す。初めて共闘したとは思えないほど雨虹とナオボルトのチームワークも抜群で、あっという間に屍が積み上げられていく。
最後の1人を雨虹とナオボルトが一緒に一突きでとどめを刺した。
貴帆は俯く。戦えない自分が恥ずかしかった。
自分から屋敷を飛び出したくせに、庇ってもらうだけ。自分が何の役にたてるのか。ただのお荷物だ。
強くならなければ。
そう心の中で決意する。
すると後ろから拍手が聞こえた。
「やっぱり強いのねぇ。さすが私の見込んだ戦士達だわ♡」
振り返ると女が1人、闇の中に立っていた。するとそこに暗い裏道を月の光が差し込んだ。スポットライトを浴びたような彼女は、美しく暗闇に浮かび上がる。
なんというか、色気の塊だった。
薄紫色の長く艶やかな髪の毛も。色っぽい唇のついた綺麗な顔立ちも。小さな顔周りで光る小ぶりのアクセサリーも。お腹や肩が大きく開いている服から覗く白い肌も。軽やかに響く甘い声も。
これでもかと言うほど、色香が深く溶け込んだ雰囲気を醸し出している。
「お前、誰だ?」
「お会いしたことありましたか?」
雨虹とナオボルトは武器を下ろして彼女の顔を見た。貴帆もその女を注意深く観察する。
これ以上厄介事が増えるのは正直御免である。何か厄介を持ち込まれる瞬間というものに、貴帆は敏感だ。
しかしその人は警戒する貴帆一行を気にする素振りも見せず、微笑んで近づいてきた。それと同時に甘い香りが漂ってくる。
「あらごめんなさい。レッタとでも呼んで?あなた達に頼みがあるの」
それ見た事かと貴帆は心の中で顔をしかめる。
領主もとい自分の片割れを探すのにそれほどの時間の猶予があるとは思えない。その上貴帆はこの世界を知りつつ、先程心に決めたように今まで無縁だった戦う術を習得する必要がある。
するとレッタは藤色の瞳を輝かせ、3人を順番に見つめた。
「私と一緒に、武闘大会に出てくれないかしら?」
ぶとう、たいかい。
レッタの武闘大会という言葉を貴帆が咀嚼している間にも、ナオボルトが反応した。
「魔王の街の武闘大会ってことは強ぇやつらいっぱいいるんだろ!?俺様の腕がなるぜ!」
貴帆はどうにか引き受ける流れを牽制しようと、嬉しそうに腕を振り回すナオボルトを引き止める。
「ナオ落ち着いてよ。あの……どうして私達なの?」
するとレッタは困ったようについと眉を寄せる。
「ある人を探しに行きたいの。でもその人を探すのに必要なものがあってね。それが訳あって大会の優勝賞品になったのよねぇ」
「だからその優勝賞品を勝ち取ってほしい、と?」
雨虹の鋭い指摘に、レッタは頷いた。そして潤んだ瞳を貴帆達に向ける。
「あなた達の強さは素晴らしいわ。だから……どうかお願い。優勝後は私もあなた方の冒険に付き合うわ。これでも少しは戦えるのよ?」
貴帆は雨虹と顔を見合わせる。
顔に「こんなに懇願されてはいるが、果たして時間が許すのか」と書いてあった。
──ただ1人、なんの躊躇もなく突っ走る男がいた。
「もちろん参加するぜ!」
空気を読まず自己中な奴だった。
訂正の言葉が貴帆と雨虹の口から出るまもなく、レッタは顔を輝かせた。青白い月光と重なり更にキラキラと光を放つ。
「あぁ本当にありがとう!武闘会は1週間後よ。参加条件はメンバーが4人であること」
「4人?」
貴帆は思わず聞き返した。
てっきり雨虹とナオボルトだけが出るのかと思っていたのだ。戦う術のない貴帆は観客役だと。いくら決心したとはいえ1週間で戦力になれるはずがないのだ。
しかもこんな華奢なレッタが重たい武器を振り回すとは到底思えない。「少しは戦える」と言った言葉を疑う訳では無いが、その能力が未知数であることに変わりはないのである。
するとレッタはにっこり笑った。
「あなたも出るのよ?私が1週間で剣術を教えるわ♡」
貴帆はその笑みの裏に混乱と恐怖を感じたのだった。
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