対面
人生で初めて空を飛んだ。自分のこの身一つで。しかもそれは異世界の空だった。
森の中にあるモーントシュタインに着地すると、震える膝を庇う暇もなく今度は自分の足で歩く。雨虹がエスコートしてくれるが、ローファーを履いた足ではやはり歩きにくい。
歩き始めてから10分程経った時、突然目の前が拓けた。
そこには周囲の木々に溶け込んだ古い館が築かれていた。
よく金持ちの邸宅で見るような門や前庭は無く、森を抜けると突如姿を現す。玄関側から見ると深緑色の屋根と多くの窓がついているだけの、荘重ではあるがシンプルな外見だ。しかし目の前にそびえるのはやはり領主の邸宅だけあって貴帆が見てきたどんな建物よりも大きく、そして美しかった。
雨虹がコンコンコンとその一枚板の分厚そうな扉をノックする。そんな小さな音で開くのかと疑った。だがそんな心配をよそに、扉はすぐさま重たそうにゆっくりと開き始める。
「お帰りなさいませ。貴帆様、雨虹様」
大勢の使用人が両側にずらりと並んで頭を下げた。漫画とかアニメでよく見る豪奢な家の光景。これまでは本当にこんな光景なのだろうかと半信半疑だったが、少なくとも全くの嘘ではなかったらしい。
「ご主人様がどこにいらっしゃるかご存知ですか?貴帆様をご主人様の部屋にお通しします」
雨虹が傍のメイドに告げると、そのメイドは丁寧に答える。
「ご主人様は自室にいらっしゃるかと。お茶とお菓子をご用意致しますか?」
「はい、よろしくお願いします」
他の使用人と雨虹のやりとりを見ていると、どうやら彼も身分がいい方だということがわかる。
使用人の堵列が果てると、広間の正面に階段の中部あたりから左右二手に分かれている階段が見えた。これも二次元系統でよく見るそれである。
そんな階段の右側を登りきると、今度はドアと窓が対に並ぶ廊下に出た。大きな窓には薄柔らかなレースのカーテンが引かれていて、その外には薄らと今まで通ってきた森林の緑と空の色が広がっているのが望める。そして外から降り注ぐ陽光が床に淡い波模様を落としていた。
広い廊下を歩いていると窓とは反対のドアが並ぶ間には、階段がちらほら見受けられる。きっと屋敷内にもいくつか階段があるのだろう。広すぎて方向感覚がまだ掴めない貴帆には迷路のようで、迷わずスタスタと前を行く雨虹について行くのが精一杯だった。珍しいものが多く、そしておとぎ話のような世界で、気を取られているとどうしても遅れてしまうのだが。
廊下を直進し続けると、突き当たりの部屋まで来た。今まで通り過ぎてきた他の部屋と比べると一段と大きな扉だ。
ということは。
「こちらがご主人様のお部屋でございます」
雨虹が端によけて、恭しくドアノブに手をかける。
ついにツヴィリングと対面する時が来た。
さっきまで大人しくしていた心臓が、再び忙しなく這い上がってきそうだった。
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