幼なじみは怖いな


「……バレてしまったようだな」


 薫が帰ったあと、舷が帰るまでは家には入らないと伊吹が主張するので、二人で外に立っていた。


「仕方ない、場所は変えよう」

と言う伊吹に、


「いや、待ってください。

 私、水族館がいいです」

と言ったあとで、そう言うと、デートに行くことを承諾したことになるな、と思ったのだが、もう言葉は出ていた。


「見せてみろ」

と伊吹が手を差し出してくる。


 優の手にあるイルカのキーホルダーをご所望のようだ。


 伊吹は、それを夕陽にかざして見ながら、

「真柴を誘って悪かったな」

と言ってくる。


 え? と見ると、

「あいつ、お前のことが好きなんだな」

と言い出した。


「いや、そのような事実はないですが……」

「お前がいつでもなんでも、そのような事実はない、と思っているだけだろう」


 俺のことも、高見のことも、と言う。


 っていうか、なにを根拠に、と思っていると、

「このキーホルダー、俺も日曜、お前に買おうと思ってたんだ。

 初めて見た瞬間、これはお前だと思った。


 この見ているだけで、緊張感のなくなるような顔」

と言う。


 あの、いまいち、嬉しくないんですけど……と思っていると、伊吹はキーホルダーを見上げたまま言う。


「いや、ほんとだぞ。

 謎の宇宙人に連れ去られても。


 家族を失っても。

 よくわからないおっさんに育てられても。


 お前はお前のままで変わらなかった。

 いつも緊張感なく、ぼんやりしているように見える。


 本当にそうだと言うわけでもないだろうにな。

 お前は俺のことも高見のことも警戒している。


 そうじゃなかったら、こんないい男二人に言い寄られて、クラッと来ないこともないだろうにな」


 王子だけじゃなく、自分のことも含めて言うのがすごいな、と思っていると、


「でも、こういうときって、一番怪しいのは、一番身近な人間だぞ。

 警戒されず、側で見張るのに最適なポジションに居るわけだからな」

と伊吹は言ってきた。


「誰ですか? 薫ちゃん?」

と言ったが、


「舷さんとか」

と小さな声で言ってくる。


「舷さんは最初から怪しいです」

と言うと、そうか、と笑う。


 怪しいと思いながらも、私が舷さんを信頼していることが感じられるからだろう。


 舷さんにもなにか策略があって、私を育ててくれているのだとしても、やっぱり、舷さんは大切な家族だと思うから――。


 私の思い出は、今はもう、両親と同じくらい、舷さんとの記憶で占められている。


 舷さんは、どんなときも、私の側に居てくれたから。


 そう思う優の頭を、伊吹がポンポンと叩いてくる。

 その顔はちょっと好きだな、と思っていた。


 でも……


 どちらかと言えば、先生の声が好きだ。


 学校での先生口調ではない言葉を、何度が間近で聞いているうちにそう思うようになったのはきっと――。


 そこで、伊吹はキーホルダーを返しながら、言ってきた。


「本当にこれ、俺も買おうと思ってたんだぞ。

 今見て、可愛いから言いだしたんじゃないぞ」

と言い訳がましく言いながら、懐から小さなメモ帳を出してくる。


 いや、そんなこと疑ってません……と思いながら、そのメモを見ると、びっしりと細かい綺麗な字でなにやら書かれているそこに、このイルカのイラストがいた。


 上手いな、絵まで……。


 これは買い、とか書かれて、丸で囲まれている。


「俺と同じものを買おうと思った真柴も、これを見てお前だと思ったに違いない」


 いや、そこは合ってるけど。


「俺と同じ感性なら、お前のことを好きに違いない」


 いやいやいや、先生。

 そこは飛躍しすぎでは……。


「……しかし、真柴は怖いな。

 幼なじみってのは、割って入れない部分があるから」

とぶつぶつと言い出す。


「最近、高見は思ったほどの脅威ではない気がしてるんだ。

 今日もあいつは親戚連中のご機嫌とりに振り回されて、此処へ出遅れている」


 物事の本質を掴んでない、と言う。


「でも、俺が一番怖いのは舷さんだ。

 あの人が、お前に、この男は駄目だとか言おうものなら、お前は素直に従いそうだからな。


 例え、相手の男がどんなに好きでも」

と主張してくる伊吹に、


 ところで、その『どんなに好きでも』な男の方は、貴方の中の想定では、貴方なのでしょうかね……。


 そんなことを考えていると、


「おう。

 来てたのか」

と声がした。


 ビニール袋を提げた舷と高見が夕暮れの通りをこちらに向かって歩いてくるところだった。




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