白紙の進路希望調査票を出した罪で、先生と結婚させられるらしいです

櫻井彰斗(菱沼あゆ・あゆみん)

じゃあ、俺がお前の就職先を紹介してやろう


 学校帰り。

 涼やかな風の吹く高架橋の下をまさるが歩いて居ると、やたら整った顔の男子生徒が話しかけてきた。


「二年A組、瀬ノ宮優せのみや まさる


 どうやら待ち伏せしていたらしい彼は、高圧的な感じに優の名を呼んでくる。


 確か、三年に転入してきた男子だ。


 名前は、王子。


 いや、もちろん、王子という名前ではないのだろうが、みんながそう呼んでいるので、優は彼を見るたび、あ、王子、と思ってしまう。


 片腰に手をやり立つ王子は姿勢もいいので、もともと長身なのに、更に大きく見えた。


 女にしては身長のある優を上から見下ろした王子は周りの目も気にせず、言ってくる。


「瀬ノ宮優、俺と付き合え」


 近くを歩いていた同じ学校の男子生徒たちが、ええっ? という顔で振り返っていた。

 



 

 ――というのが、昨日の出来事だ。


 そして、今日、まさるは担任の京橋伊吹きょうばし いぶきに、進路指導室に呼び出されていた。


 目の前に座る伊吹は腕を組み、なにやら深く考え込んでいる。


 すっきりとした男前のこの担任が、優はちょっと苦手だった。


 確かに格好いいとは思うのだが、その整いすぎた顔のせいか、似合いすぎる眼鏡のせいか。


 なにやら情がなさそうに見えるからだ。


 向かい合って座る二人の間にある机には、優が白紙で提出した進路希望調査票が置かれている。


 反抗の意思があって、白紙で出したわけではない。


 単に進路を思いつかなかったのだ。


 だが、まあ、怒られても仕方のない所業だろう。


 しかし、優を呼び出した伊吹は腕を組み、目を閉じたまま沈黙していて、一向に叱ってこない。


 怒られるより居心地が悪いな、と優が思ったとき、ようやく、伊吹が口を開いた。


「……瀬ノ宮。

 お前、昨日、三年の白河高見しらかわ たかみに告白されたそうだな」


 は? と優は訊き返す。


 何故、今、その話、と思ったからだ。


「そうですか。

 王子の名前は、白河高見だったんですね」

と優が言うと、


「まず、そこからか……」

と呟いた伊吹は、少しイラついたような口調で優にケチをつけてくる。


「学園の王子がお前に告白してきたんだぞ。

 お前、なに、何事もなかったかのような顔して、一日過ごしてんだ」


 先生、今日一日、私を見張ってたんですか……?

いぶかしがりながらも、優は答えた。


「いえ、口をきいたこともないような王子様が私に告白してくるなんておかしいので、おそらく罰ゲームかなにかだろう、と思って」


 すると、

「さすが、冷静だな」

と、なにが、さすがなのかはわからないが、伊吹は言ってきた。


 軋む音を立てながら、パイプ椅子に背を預け、伊吹は言う。


「高見がお前に告白したか。

 ならば、仕方がない」


 なにが仕方がない? と優が伊吹の顔を見ると、


「瀬ノ宮」

と伊吹は優の名を呼んだ。


「お前、俺と結婚しろ――」


 は?


 固まる優の前で、白紙の進路希望調査票を見下ろし、伊吹は言ってきた。


「別に他に希望している進路もないようだしな」

と。







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