第162話 魔物の戦略

 三度目の光の爆発が魔物の大群を呑み込んでいく。


 あれを連続で撃てるのかよ。


 一撃で数百匹の魔物を葬る強力無比な魔法。それを戦術級魔法と併用して放てるというだけでも凄いのに、休憩を挟まずに連射までできるなんて、本当に同じ人間なのか疑いたくなるレベルだ。


 これってまさか本当にこのまま倒すんじゃないだろうな?


 願望にも似た、そんな期待を覚える。ガルドが再び詠唱に入った。しかし今回の光の槍は魔物のいない大地に突き刺さって、地面だけを吹き飛ばす。


「何であんな所を……って、あれは!?」


 吹き飛んだ大地から蛇が這い出してきた。それも一匹や二匹じゃない。何千、何万という数の蛇が。


「地中を移動していたのか」

「土喰いですね。他にも何種か。軍に連絡をしておきましょう」


 リリーナさんは荷物の中から水晶を取り出すと、それに向かって現状を説明、その後、戦闘風景を映し始めた。遠距離通信の魔法具。恐らく連絡先は王国軍の指揮官だろう。


 やっぱり、そう簡単にはいかないのか?


 魔物の戦略的な行動を見て、ガルドの圧倒的な力から生まれた楽観的な気持ちが萎んでいく。地中を移動して結界を回り込もうとしていた蛇もそうだが、よく見れば小さな蛇が巨大な蛇に群がることで、将を守る兵のように、特別な個体を光の爆撃から守っている。中には防御魔法で魔力の膜を纏っている個体までいた。


 明らかに統率の取れた動き、これが群体としての魔物か。


 人間とはコミュニケーションの方法が違うだけで、魔物、とりわけ上位の個体が人間に負けない知能を持っていることは公然の事実ではあるが、こうしてみると、本当に群れというよりも異種の軍隊といった感じだ。圧倒的優位に見える今も、その実、城壁から弓を射っているにすぎないんじゃないか? それだけで勝てるほど、戦争とは簡単なものなのか?


 せっかく平静を取り戻しかけていた心臓が再び早鐘を打つ。王国軍が後どれくらいでここに来てくれるのかが酷く気になった。


「レオ」

「……」

「レオ!」

「え? あっ、わ、悪い。なんだ?」


 いつの間にか側にアリアさんがいた。流石に今は金属バッドではなくて先端に鳥の装飾を施した杖を握っている。聖人にも劣らぬ神秘的な美貌は、こんな時でも超然としていた。


 それに比べて俺は、クソ! 情けないぜ。


「大丈夫」

「え?」

「レオなら出来る」


 子供をあやすように柔らかな手が俺の頬を撫でた。


「リリーナ。グランドポーションと、術式固定具を」


 それは今まで聞いたガルドの声で、最も鋭かった。


「どうやら現れたようだね」


 今や押し寄せる波のように結界へと殺到する大蛇の群れ、それが左右に割れた。蛇でできた大海、その中を悠然と歩いてくるのはーー


「女の子? いや、あれは……」


 黒いドレスに身を包んだ黒髪黒目の女の子。彼女は少女から大人になる絶妙な時間の中を生きているみたいに、年下のようにも年上のようにも見えた。


「ラミア、なのか?」

「術式固定具起動。術式の安定率40……60……80……OKです。ガルド様」

「それでは主賓を出迎えるとしよう。残りの客は任せたよ」

「ご武運を」


 ポーションで魔力を回復すると、ガルドは一人、こちらに向かって歩いてくる少女のもとへと向かった。このシールドはガルドを中心に発動する魔法のはずだが、ガルドの移動に合わせる様子はない。


 あの魔法具の効果か? あんなの初めて見るな。


 地面に突き刺さった棒状の魔法具。あれがガルドの魔法の起点を術者の代わりに務めているのだろう。あんなすごい機能の魔法具を持っているなんて、流石は教会の最高幹部。感じる頼もしさは、しかし少女の歩みによってすぐにかき消された。


「なっ!? あいつ結界を?」


 少女はまるでそこに何もないかのように光の壁を通り抜けた。


 何らかの能力か? いや違う。


 結界はちゃんと反応してた。単純に力で突き破ったのだ。最強の聖人の戦術級魔法を。


 疑う余地なくこの場の頂点。そんな二人は丁度第三層、少女が二枚目の結界を突破したところで出会い、互いに足を止めた。


「こんにちは。いい天気ね」


 女の顔に浮かぶのは成熟した淑女のようにも、あどけない幼児のようにも見える、そんな笑みだった。それに対してガルドは驚いたことに頭を下げてみせた。


「長き時を生きられた先達に敬意を。許されるのであれば、私の提案を聞いていただきたい」

「あら。困ったわ。貴方、とっても良い子なのね。そんな素敵な態度を取られると今すぐにバラバラに引き裂いて悲鳴を上げさせたくなるじゃない」


 ありきたりな威嚇の言葉。病院で働いていれば威勢のいい奴が死を連想させることをよく口にする。そいつらの放つ怒声に比べれば、少女の言葉はむしろ迫力に欠けていた。


 なのに恐ろしい。これだけ離れた場所にいるのに、全身が今すぐにアレから逃げろと命じてくる。


「楽しみは取っておいたほうが、得られた際の喜びは大きいかと」

「まぁ、お上手。いいわ。言ってみなさい」

「人間と魔物、互いに共存できない者同士ではあるが、互いの領分を守り、棲み分けることは可能。実際貴方達はそうして長き時を生きてこられたはずだ。生命の先達よ、どうか矛を収め、今までの関係に戻ってはもらえないかな?」


 少女は可笑しそうに肩を揺らした。


「見てよ、見なさい、周りを。貴方はすでに私の可愛い部下を何万と虐殺してるのだけど、その落とし前はどうつけるのかしら? 私たちに泣き寝入りをしろと? それとも貴方が私の玩具にでもなってくれるのかしら?」

「私がそうしなければ王国に住む何万という命が代わりに失われただろう。こちらの縄張りを先に侵したのがそちらであることを考えれば、この辺りが落とし所かと」

「ふ、ふふ。いいわね。貴方、とても良いわ。よく誤解されるのだけど、私はね、人間が好きよ。悪い子も、良い子も、みんな面白い。食べてもいいし、飼ってもいいし、バラバラにしても楽しいし、何なら抱いてみても良い。色々な生物で試したけど人間を超える玩具には出会わなかったわ。だから普段であったなら、きっと私は貴方の提案を聞き入れたでしょうね」

「では私と貴方で普段を取り戻すのはいかがかな?」


 まるでただの人間の少女であるかのように、女の子がキョトンとした顔をした。


「手を組むというの? 人間である貴方と魔物である私が。貴方、まだ何が『普段』を遠のかせているか、理解すらしていないでしょう?」

「察しはついているとも。私達で力を合わせてそれを排除し、しかるのち、元の気の置けない隣人に戻る。いかがかな? これこそが互いの最善だと信じるのだが」

「ふ、ふふ。アハハ!! いいわ。本当にいいわ、貴方。ねぇ、貴方、名前は? 名前は何と言うの?」

「ガルド・セインクリアテッド」

「ああ、貴方があの。なるほど、噂に偽りなしね。最強の聖人さん」


 少女の顔に浮かぶ好意的な笑み。


 ……あれ? ひょっとしてこれ、このまま終わるんじゃないのか?


 そんな甘い考えを嘲笑うかのように、ピシリ、と空気がヒビ割れた。

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