第161話 面制圧

「ここがいいだろうね」


 王都から数十キロ進んだ先にある、見晴らしの良い荒野。遥か前方に上がる土煙を見つめながら、ガルドが馬を止めた。


「接敵までそう時間もない上に急増のチーム。複雑な連携は無理だろうから簡単に方針だけを話しておこう。まず私が防御と攻撃両方を担当する。リリーナは指揮とバックアップを、月とレオ、君達は結界を越えて侵入してきた者達の相手を頼む。悪いがラミアが潜んでいる可能性がある以上、戦闘中に君達を守れる保証はできない。限界を感じたら戦況を気にせず脱出するように。いいね?」


 ガルドは言うだけ言うと、俺達に背を向けた。


「え? おーー」


 おい。と出かかった言葉を呑み込む。


 ガルドの体から魔力が立ち昇る。それとは無関係に空気がピリついている。この一刻を争う緊張感。病院を手伝っている時に何度も味わったことがある。こんな時に補助士が治癒使いに意味のない質問をするなんて論外だ。


 いや、でも攻撃と防御を両方担当するってどうやって? そもそも結界ってなんだよ。今から張るつもりか? それで間に合うのか? そっちを手伝ったほうがいいんじゃないのか?


 早鐘を打つ心臓が疑問を次々と生み出す。もう少し心の準備ができる時間があるかと考えていたが、甘かった。


 土煙を見るに戦闘まで三十分とないかもしれない。敵の進軍ペースと出発前の王国軍の様子を考えれば、ここを通してしまったら王都から五キロ圏内での戦闘もあり得る。……何としてもここで止めなければ。


 すっかりと昇った陽がやけに眩しく感じられた。朝起きてドロシーさんを助けに行こうとあれこれ行動してただけなのに、何で俺は戦場にいるんだろうか。


 って、こんな時に現実逃避は止めろ。集中、集中するんだ。


 頭を払って雑念を払う。休んでた時に急患が来て治癒を手伝うことになった。要はそれと同じだ。意識を切り替えろ。


「ルネラード、それとドロテア。貴方達にこれを渡しておきます」


 リリーナさんが手渡してきたのは掌サイズの縦笛だった。


「すでに貴方達のことは二頭に覚えさせています。それを吹けばどちらかが貴方達の元にくるでしょう。戦場から離脱する際、もしくは魔法具が必要な場合は吹きなさい。ただし私とガルド様の笛のほうが優先されますので、そのことは頭に入れておくように」


 二頭に背負わせていた荷物、その一部を素早くおろすと、リリーナさんは馬にいくつかの魔法を施した。


「行きなさい」


 主の指示を受けて魔法に身を守られた二頭が俺達から離れていく。ガルドが纏う魔法の輝きが一層力強さを増した。


「光よ、唯一無二の始まりよ」


 それは詠唱というよりはまるで聖歌のようだった。


「その権能を行使せよ。汝、世界における唯一の不可侵。であるならば、あらゆるものを弾き給え。万物全て内包せし者。完成された世界。それらに他者は不要であれば、汝の加護が敗れ去る事は最早なし」

「これってまさか……」


 圧倒的な魔力の高まり。そして世界に広がっていく術式の範囲と完成度。見るのは人生で二度目だ。だがこれは最初の一度をあらゆる意味で完全に上回っていた。単騎で戦況を覆す、これこそが魔法使いの奥義。


「戦術級魔法?」

「バルドルル・シールド」


 瞬間、ガルドを中心に五層からなる光のドームが形成された。その大きさたるや、どれだけの範囲に及んでいるのか、すぐには理解できなかった。


「どんだけだよ!?」


 これが個人の魔法? 範囲だけなら何十人、あるいは何百人の魔法使いが協力して放つ連結魔法でも再現できるかもしれない。だがこの魔法の完成度。これは数が増えれば増えるほどに不可能になる。そんなレベルだ。


「魔法の範囲はガルド様を中心に五キロ程です。五層からなる光の防壁は一キロ間隔に配置されており、中心に近づくほどにその強度をあげます。光はガルド様が望む者だけを阻むので、私達は自由に出入りできます」

「スゲー……けど、こんな大技をいきなり使って大丈夫なのか? その、温存とかした方がいいんじゃ」


 至極真っ当なことを言ったつもりなのに、リリーナさんは何故か呆れ顔だ。


「な、なんだよ?」

「個が多数を相手にして勝つには面制圧しかありません」

「面制圧?」


 初めて聞く単語だ。学校の授業でもそんな言葉、出てきたことないよな?


「そうです。一対一の戦いであれば打撃や斬撃などその攻撃は点か線に限定され、ゆえに体術での回避が可能です。ですが相手が一定の数に達した場合、点や線は限りなく面に近付きます。点や線と違い面での戦闘は基本的に単純なパワー勝負です。なので個が多数に勝つ方法は主に二つ。S指定の魔物のようにそもそも面が触れることができないニッチを獲得するか、単純に相手の面、つまりエネルギーを上回るかのどちらかです。貴方が万に及ぶ魔物の攻撃を完璧に躱し切れるというのなら話は別ですが、そうでないなら温存など考えるのはやめなさい。何も出来ずに呑み込まれて反撃の機会などないまま終わりますよ」


 それだとすぐにバテてどっちにしろ終わりじゃないか? そう思ったがこの考えがすでに間違っているんだ。そこで息切れするやつは、そもそも個人で多数と戦う選択をするべきじゃない。


 ……俺にできるだろうか?


 土煙はどんどんと大きくなり、ついにはドームの先端に触れた。ここからでも光の壁を侵食しようと身をくねらせる大蛇の姿が確認できた。


「上等だ」


 炎の魔剣に手を伸ばす。


 ドロシーさん達はもっと困難な状況に直面しているかもしれないんだ。ここまで来て今更引けるかよ。


 あのおぞましき蛇の群れを片端から焼き付くす。


 信じろ。出来る。俺なら出来る。


「……よし。行くぞ!」

「光よ。世界の始まりよ。お前に続くものを許すな。自らの足に出来た影を貫け。『ホーリー•ランス』」


 直後、地面を穿った槍が光の大爆発を起こした。


「……へ?」


 光が止むと、結界に殺到していた蛇が残らず消えていた。そしてその代わりとばかりに地面に巨大なクレーターが出来ていた。


「ルネラード。意気込んでいるところ悪いのですが、私たちの出番はまだですよ。魔物が第三層に侵入するまでガルド様にお任せしなさい」

「あ、ああ」


 っていうかこれ……俺達の出番あるのか?


 頭に浮かんだ疑問を肯定するかのように、再び光の槍が地面ごと大量の魔物を吹き飛ばした。

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