第152話 依頼
「ア、アハハ。本当にごめんね。別に忘れてたわけじゃないのよ? ただ色々考えることがあってちょっと失念してたというか何と言うか、とにかくごめ~ん。許してドルドちゃん」
アリリアナは座布団に正座して黙々とご飯を口に運ぶ少女姿のドルドさんに抱きついて頬擦りする。その反対側では、
「ほら、ドルド。これも美味しいですわよ。あっ、コップが空ですわね。私が注いであげますわ」
イリーナさんがいつにない甲斐甲斐しさでドルドさんの世話を焼いていた。
き、気まずい。
いつもは喋り出すと止まらないドルドさんが無口なのが気まずさに拍車をかけてる。正直、用意してもらった部屋に逃げ込みたい気持ちはあるけど、誤解で捕まっていたドルドさんだけ一人で食事させるのは申し訳なさすぎる。
私は目の前にある湯気の上がる茶碗を無心で見つめることにした。
「食事中にすまない。今いいか?」
「メローナさん。はい。大丈夫ですよ」
他のエルフとの話し合いの為に席を外していたメローナさんが戻ってきて、安堵を覚えたのは多分私だけではないはずだ。
黄金色に輝くエルフの美しい瞳がチラリとドルドさんを見る。
「牢でも謝ったが、もう一度謝罪しよう。すまなかった。まさかドッペル族とは思わなくて」
「ドルドは魔物じゃないと否定しませんでしたの?」
「担当した者の話によると、よく分からない言い回しで煙に巻こうとする極めて怪しい奴とのことだった」
「「「………」」」
私達三人の視線を浴びてドルドさんの箸が止まる。
「自分が何者かと問われて果たして一体どれだけの者が誰もが納得する回答を出せるだろうか。いや、そもそもこれは回答のある問いなのだろうか。よしんばあったとして一体どのような形でそれを証明すればいいというのだろうか。ただでさえ猜疑の視線を向けて来る者を説得するのは難しいというのに。そもそもーー」
「それでメローナ殿。我々と一緒にいた少女の正体は掴めましたかな?」
ドルドさんが牢にいる間に食事を楽しんでいた申し訳なさ。そのせいで口を挟めないイリーナさんに代わってロロルドさんがドッペル族の無駄に長い言葉を遮った。
メローナさんはまだ喋り続けているドルドさんを見た後、私達に視線で問うてくる。
放っておいて良いのか?
私達は全員一斉に頷いた。
「まだ確かなことは言えないが、あの子はラミアの魔法で操られていただけのエルフの可能性がある」
「ということはまだ本物のラミアがその辺りにうろついている感じ?」
「その可能性は非常に高い」
深い森の中に潜む強力な魔物の姿に体がブルリと震えた。群れをなす魔物は珍しいわけじゃないけど、ラミアのような強力な魔物となるとその脅威度は桁外れだ。でも、それよりも気になるのは……
「あの子、ラーちゃんはどうなりますか?」
「まだ完全にラミアの変身した姿でないと確信が持てないので、厳重に封を施した上で地下牢に閉じ込めてある」
「そう……ですか」
もしも魔物に操られてるだけならあの子の家族はどうしたんだろ? 隣国の側にあるエルフの里が滅ぼされたって言ってたけど、もしかして……。
「ラミアは生きた齢にもよるが基本的には狡猾で、どの個体も優れた魔法使いだ。幼い子供に異常な執着を見せるという習性はあるが、それを使って正体を暴くのは難しいだろう」
「つまりエルフの方々でも打つ手がありませんの?」
エルフは魔法の扱いに最も長けた種族の一つ。そんなエルフでもお手上げならどうしようもない。
「いや、念には念を入れているだけで、あの子はただのエルフの可能性が高い。あの子にはそのつもりで解呪の魔法を中心に治療を施すつもりだ。同時にラミアが群れで行動している想定で里の守りを厚くする。申し訳ないが結界の構造上、そちらの都合に関わらず、当分の間里から出すことはできなくなった。できる限り快適に過ごせるように配慮するが、その辺り了承してもらいたい」
「私は全然オッケー。こんな状況じゃあむしろここにいる方が安全そうだし」
「そうですわね。ただの魔物ならともかくラミアが群れで動いているとなると、私達では手に余りますわ」
イリーナさんの護衛であるロロルドさんは当然として、未だに喋り続けているドルドさんも基本的にイリーナさんの方針に反対はしない。勿論私も文句なんてなかった。
「感謝する。それでここからは相談なのだが、里から冒険者であるアリリアナ組に依頼がある。報酬は花畑の使用権とは別に払うので受けてもらえないだろうか」
エルフの人達が私達に依頼? 一体何だろ?
「お世話になる身だし、できることなら受けるつもりではいるけど、まずはどんな依頼か教えてもらわないと答えられない感じ」
アリリアナの言葉にメローナさんはドルドさんへと視線を向けた。数ある種族の中で最も変身魔法と読心術に長けたドッペル族に。
「強力な外敵がそばにいると分かった以上、一刻も早く内部にいるラミアを退治しておきたい。そのために貴方の力を使わせてほしい」
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