第146話 違和感

 どうしてここにアリアさんが? ドロシーさんと父親の関係が関係だから、このお店のことは話してない。……いや、アリアさんはドロシーさんの妹なんだし、ドロシーさんから直接聞いていても不思議じゃないか。でも何でこんな朝早くに?


 アリアさんは何かを探すように俺の後ろに視線を向ける。


「……姉さんは?」

「ドロシーさん? ドロシーさんは……」


 あっ、そういえば、この間一緒に帰った時にドロシーさんが冒険者の仕事で王都を出る予定だって話したっけ。


「え? ひょっとしてドロシーさんが心配でここにきたのか?」

「…………」


 銀の瞳がこちらをジッと見つめる。氷の美貌には何の感情も浮かんではおらず、最初に見たと思った動揺も今では見間違えに思えた。


 灰皿の上でキセルがトントンと音を立てる。


「それで? レオの坊や、私はまだ坊やがここに来た理由を聞いてないんだけどね。もちろん、遊びに来たってんなら歓迎するよ」

「あっ、その、現在王都には第一級警戒体制が敷かれてて」

「みたいだね。それで?」

「もしかしたらドロシーさん達が危険な目に遭ってるかもしれないんです。だから王都を抜け出して助けに行きたい。お願いだ。力を貸してくれ」


 頭を下げる。簡単な頼みじゃないことはわかってる。でも炎の魔剣を貸してくれた時のように、オオルバさんなら力になってくれる確信があった。


 吐き出された紫煙が、行き場を求めるように空気を揺蕩う。


「ドロシー嬢ちゃんの為とあれば私にイヤは無いよ。いいだろう。力を貸してあげようじゃないか」

「ありがとうございます。それで、早速で悪いんですけど王都を抜け出せる妖精のマントのような魔法具はないですか? 俺のマントはドロシーさん達が使えるよう馬車の中なんで、とにかく王都を抜け出せる手段が欲しいんだ」

「そんなもん、私の魔法で一発さね。ついでにドロシー嬢ちゃんの敵も倒してあげるよ」

「え? 本当にそんなことが?」


 だとしたら問題が一気に解決だ。


「えっと、それじゃあ悪いけど早速ーー」

「駄目」

「アリアさん?」


 予想外の横槍に思わず面食らう。


「私が行く。だから部外者は引っ込んでて」

「部外者って、それはオオルバさんに失礼だろ」


 実の姉妹に比べれば俺達なんてただの他人でしかないのかもしれないけど、少なくともオオルバさんは家族のようにドロシーさんと接している。それを部外者扱いは黙っていられない。


 だがアリアさんは俺の非難の視線など意にも介さず、


「その姿、既にペナルティーを受けているでしょう。貴方はもう、余計なことをしないで」


 そんな訳の分からないことを口にした。


「は? どういう意味なんだ?」

「神格種がこの世界で活動するには何らかの制限がある。私はこの説を肯定してる」

「いや、えっと……」


 常に結論から口にするからか、アリアさんと話してるとたまに何の話か分からない時があるが、今日のこれは今までで一番難解だ。


 だと言うのに、何故かオオルバさんは何処か楽しそうにキセルを吹かしている。悠然としたその仕草はまるで子供の成長を楽しむ親のようだ。


「悪い。何の話か分からないんだが、今はとにかく急いでるんだ。オオルバさんがドロシーさん達を助けられるなら助力を乞うべきだろ。アリアさんだってドロシーさんが心配でここにいるんだろ?」

「……別に」

「え? じゃあ何でここにいるんだよ?」

「…………」


 アリアさんの氷のような美貌がムスッとした子供じみた表情に変わる。その顔を見ていると、この子が俺より年下という当たり前の事実を実感した。


「ここには姉さんの居場所を聞きに来ただけ」


 そう言えばドロシーさんが仕事で王都を出るとは話したが、何処に行くとは伝えなかったか。


「それなら俺が知ってる。だからーー」

「そう。ならレオでいい」

「へ? おい、ちょっ!?」


 片手で首根っこを掴まれて、そのままズルズルと引きずられて行く。魔法を使ってるようには見えないのにスゲー力だ。


「ちょっと待ちな」


 美女が組んでいた足を解く。立ち上がったオオルバさんの手にはいつのまにか銀の杖が握られていた。


「持っていきな。娘が使っていた大型ロッドだ。ドロシー嬢ちゃんには小型ロッドを上げたから、アリア嬢ちゃんにはこれをやるよ」

「…………」


 その杖の切先には三日月の中心に座す鷹の飾りが付けられていた。


「魔力で指輪の形に変化できるから、普段はそうして持ち歩くといいよ。杖を変化させるにはちょっとしたコツがいるんだが、アリア嬢ちゃんなら問題なくーー」


 オオルバさんの説明が終わるか終わらないかという内に杖は指輪へと形を変えた。


 初めて触る魔法具をこともなげに操ったアリアさん。その顔はーー


「えっ!?」

「……なに?」

「あっ、いや、何でもない」


 ビックリした。なんだあれ。スゲー意外。あの杖、そんなに凄い魔法具なのか? まさかあのアリアさんがあんな分かりやすい笑みを浮かべるなんて。


 俺が余計な声を上げてしまったせいで、今はすっかり元通りだが、中指に嵌った指輪を見つめるアリアさんの顔には、たしかに年相応の微笑が浮かんでいた。


「引っ込んでいろと言うなら引っ込んでいるけどね。自分の手に余りそうだったら、ちゃんと私を呼ぶんだよ」

「必要ない」

「いや、だからそういう言い方は……」


 というか、何でアリアさんはオオルバさんの手助けを拒むんだ? オオルバさんの実力は分からないが、先程の口ぶりからするとかなり頼りになりそうなのに。……どうする? 俺からもう一度頼むか?


「あの、オオルバさん。さっきの話なんだがーー」

「レオ」


 突然冬が来たかのような寒気に言葉が止まる。


「止めて」


 抑揚のない、ゾッとするような声音に思わず一歩下がる。


「ど、どうしてだ? オオルバさんの力を借りた方が全員の生還率が上がるだろ」

「妖精が人に関わるのは基本的にはイタズラや気紛れ。コレは違う。だからダメ」

「……は? 妖精? 何で妖精がここで出てくる…………あれ?」


 そういえばオオルバさんってあんなに身長高かったか? 確か初めて会った時は俺より低くて、常に飛んでたような……飛んでた?


「え? あ、あれ?」


 違和感。違和感。違和感。記憶を辿れば辿るほど、次々と違和感が出てきて、でも油断するとそれを違和感と思えなくなることが、最大の違和感だった。これってーー


「認識操作の魔法?」


 ズキン!


「いたっ!?」


 脳を割るかのような頭痛に襲われた。その痛みが引くと同時に、違和感に塗り潰されていた頭がハッキリと冴え渡る。


 そうだ! 目の前にいる人は本当にーー


「ドロシー嬢ちゃんには内緒だよ」


 そう言って銀の髪に褐色の肌の妖精は静かに笑った。

 

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